第23話 今日の夕飯は?


 『同じ釜の飯を食う』という言葉がある。


 行動を共にする者たち同じものを食べることによって、同体としての帰属意識を持つことらしい。


 新しく入った道世は性格的なものもあって、小春とは合わないだろうと思ったのだが、二日目にしてわりと馴染んできているようだ。さながら合宿のように、顔を合わせて飯を食う効果が現れているのだろう。


 そして小春は、いつの間にか道世のことを『ミッチー』と呼ぶようになっていた。


 朝食後、俺たちは近場へと探索に出かける。ホードのことを考えて、この拠点へと再び戻ってくる予定である。


「スーパーはたしかに食材を入手するにはいいんですけど、匂いがキツいですよね」


 そりゃ、生鮮食品が適切な温度で管理されなくなっているからな。腐敗臭は確かに慣れるものじゃない。


「ホームセンターに寄って防臭マスクでも手に入れるか」

「そんなのあるんですか?」

「職人さんも来る大きめのホームセンターなら置いてあるだろ」

「じゃあ、まずはそれですね。これで食品売り場の物資漁りが楽になります」

「そうだな。とはいっても、無事なのは乾物と缶詰だけだし、そろそろ賞味期限切れの食材も出てきそうだよな」

「缶詰以外で肉が食べたいですね」

「さすがに無理だろ」

「どっかから牛とか逃げ出してませんかね?」

「ここらへんだと佐倉あたりまで行かないと牧場はないんじゃないか?」


 人間の手を離れて野生化しているとはいえ、こんなところまでは来ないだろう。


「北総花牛ですよね。ああ、ステーキが食べたいです」

「さすがに牛はハードル高いって」

「豚ですか?」

「養豚場もここらへんにはないぞ」

「じゃあ、せめて鳥肉ですね」

「あ、我は唐揚げを所望します」


 道世も食べものの話に釣られて話に乗ってくる。


「ニワトリか……まあ、アレなら個人で飼ってたりする可能性もあるか」

「あと学校で飼育されてる場合ありますよね。先輩」

「そうだな。でも、逃げられなくて檻の中で餓死してるのがほとんどじゃねーのか?」


 そんなぼやきをした時だった。


「……ヶコッコー!」


 一同が顔を見合わせる。


「ニワトリ」

「鳴き声です」

「我にも聞こえました」


 皆が耳を澄まし、第二声を待つ体勢となる。


「コケー!」


 最初にアクションを起こしたのは小春だった。


「先輩、あっちです」


 鳴き声のする方へと駆け出していく。


 俺たちはそれを追う。


 しばらく小春を追っていくと、茶色い姿が見えた。まさかの名古屋コーチンか? だとしたら肉が美味しいんだよなぁ。


 これは、誰か趣味で飼っていたのが野生化した可能性が高い。


「道世。右手から回り込め、俺は左から行く」

「御意!」


 俺たちは3人がかりで、ニワトリを追い詰めることにする。


 ちょうど丁字路があり、3方向から挟撃が可能な状態となった。


 ニワトリの姿がしっかりと確認できる。身体の色は茶だが、わりと濃いめの茶色だった。名古屋コーチンというよりロードアイランドレッドか、それとも交配種か。


「焼き鳥!」

「ローストチキン!」

「唐揚げ!」


 3人がそれぞれに思い浮かべる鳥肉料理を挙げながらニワトリを追い詰める。


「詰みだな」

「ええ、鳥肉確保ですね」

「し、神妙にしろ!」


 だが、俺たちの一瞬の隙をついて、道世の股の間を通って逃げていくニワトリ。


「に、逃げられる! インフェルノ!」

「あ、道世ダメだ」

「ミッチーそれだめ」


 俺たちが言葉は道世には届かず、無慈悲な魔法は発動される。


 後に残るは黒焦げ……いや、灰となったニワトリの姿。


 合掌。いや、俺は死者には祈らないのだった。




**



 別に怒ることでもないので、道世の失敗は不問にした。


 もともと偶然に見つけたニワトリだったので、獲物として捕らえられなくてもなんら問題はないのだ。


 予定通りホームセンターで防臭マスクを入手して、スーパーで良さげな物資を漁って拠点へと帰ってくる。


 帰り道でニワトリの巣らしきものを見つけ、そこで産みたての卵を手に入れる。といっても、1個だけだ。3人で分けるには少なすぎるので、小春はどう調理しようか悩んでいるようだった。


 拠点に帰ると夕方だったので、小春が夕飯の支度を始める。俺は魔法で火起こしをして鍋で湯を沸かしていた。


 道世はニワトリの件でだいぶ落ち込んでいて、一時期は「何か罰を与えてくれ」とまで懇願していた。


 「気にするな」といっても、俯いたままだ。


「先輩。ミッチー。夕飯できたよ」


 小春に呼ばれてダイニングルームへ行くと、そこには美味しそうな料理が。


「タコスか。これはハードシェルってやつだな」

「これなら、多少賞味期限過ぎてても大丈夫ですからね」

「中身はなんだ?」

「ツナ缶とコーンです」

「なるほど、うまそうだな」


 タコスの場合、具は挽肉をチリで味付けするのがオーソドックスだが、別にこれでも美味しいだろう。


「ほら、ミッチーも」

「うん」


 皆が席について食事を始める。


 食事の内容は、ハードシェルのタコスにツナとコーンを挟んだもの。そしてフリーズドライのミネストローネをお湯で戻したものだった。


 まずはタコスを一口。


「あ、うまい。薄味と思ったら、意外とコクがあるな。あれ、これって」

「はい、マヨネーズ和えです」

「でも、マヨネーズはわりと全滅してなかったか?」


 賞味期限が切れていたり、明らかに変色しているものが多かった。結局、マヨネーズは入手しなかったはず。


「これは自作マヨネーズですよ。さっきの探索で卵を入手したじゃないですか」

「あ、そういうことか」

「スーパーでお酢も見つけたので作るのは簡単ですって」


 そうか、これなら一個の卵を3人で分けられるな。


「マヨネーズか。俺も異世界で作ろうとしたんだけどな、すでに地元民が考案していたというオチだったわ」

「まあ、わりと単純な作り方ですからね。でも、先輩。思考がすでにラノベですよ」

「うるせーな」


 たしかに異世界で『元の世界の料理』を発明したかのように流行させるのは安直だよなぁ。


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