第22話 防衛拠点


あるじ。どうされますか? 雨具でしたら持っておりますので、このまま雨の中を進むこともできます」


 道世がバッグから100円ショップで販売しているような雨具セットを取り出す。


「そうだなぁ。別に急いでないし、雨の中だと視界が悪くなる。想定外のことも起きそうだから、ここは天気が回復するまで待つか」


 大洗に行くといっても急ぎの用事でもない。のんびりと行動するのがいいだろう。


 ちょうど雨宿りに利用したマンションに聖域サンクチュアリをかける。ゾンビを追い出した後は、本日の宿泊場所とした。


 鍵のかかっていない、入ることができた部屋にはダブルベッドが一つあるだけ。


 まあ、俺はまたソファーで寝ればいいからな。道世と一緒に寝かせれば、小春も一人で寂しいと夜中にリビングに来ることもないだろう。


 道世が加わったのは旅路が賑やかになって楽しくなる反面、小春と二人きりというドキドキ感がなくなるのは、ちょっと寂しい。


 まあ、リリア姫にフラれて、元の世界で後輩に相手にしてもらおうなんて虫が良すぎる話か。


 恋愛なんて当分いい。


 というか、こんな終末な世界で恋愛なんかできるのだろうか? 異世界に残っていたほうが平和だったなんて、考えもしなかった。


 その日は早めに就寝する。次の日の朝、窓を開けると雨は止んでいなかった。


「食べながらでいいから聞いてくれ」


 リビングのテーブルで非常食をボリボリと食いながら、これからのことについて話し合う。


「俺たちの目的地は大洗だ。距離は100キロ以上ある。本当なら車か電車で行くような場所だ」

「車は無理なんですよね。だから自転車をどこかで調達しないと」


 小春とは、すでにそういうことを話していたな。


「自転車ですか、でも大変じゃないですか?」


 道世が、首を傾げながら問いかけてくる。


「歩きの方がもっと大変だろ?」


 俺は普通に返したつもりだった。だが、道世とは根本的な何かがズレてるような気がする。


「でも、自転車で3人乗りは大変じゃないですか? コハル殿も自転車に乗れぬのでは?」


 すぐにその違和感に辿り着く。


「え? 3人乗り? いやいやいや、俺と小春が二人乗りで走るから、道世は一人で乗って欲しいんだけど」


 俺がそう言うと、道世は首を傾げてこう返答する。


「え? でも我は自転車に乗れませぬ」

「え?」

「え?」


 さすがのポンコツっぷりだ。予想を裏切らないといってもいい。


 だとしたら普通の自転車で3人乗りはキツい。特に漕いでる俺が疲弊する。そういうオチか。……筋力強化ホーリー・マッスル高等治癒ハイ・ヒールをかけながら行けば……って効率が悪いな。


 魔力は何かあったときのために温存しておいた方がいいだろう。


「自転車は諦めよう」

「そうですね」


 俺と小春は状況を把握して決断する。


「あと『ホード』についてなんだが」


 議題を変える。


「先輩。あと3日ですよね?」


 その夜に、大量のゾンビに襲われる可能性が高いのだ。


「道世もホードは経験があるだろ?」

「はい。我も隠れてるだけでしたけど」


 ホードを生き抜いたってことは、二人とも悪運に強いタイプなのだろうか。


「このまま先に進んでどこかの場所で隠れてやり過ごすって方法も考えたのだが、念のため、ここで防衛準備をしようと思う。雨も止んでないからな」


 懸念事項があるのに、先に進むのは危険だろう。


「まあ、そうですね。雨の中を歩くのは憂鬱です」

「主。防衛準備とは、どのようなことをなさるのですか?」

「そうだな。バリケードを作ったり、ゾンビが攻め込んでくるルートを一箇所に絞って、そこで防衛戦ができるように準備したり、あとは撤退戦の場合に備えて退路の複数確保だな」

「先輩の魔法でこのマンションは聖域設定されて、ゾンビが寄りつかないんじゃないですか?」


 小春がお気楽にそう問いかけてくる。


「たしかに魔法効果は持続するはずだ。だけど、どんな不測の事態が起こるかわからない」

「そうですね。ホードのゾンビって、いつもと違うというか、動きも速いし、勢いがなんか違います」


 押し寄せてくる数千の敵に対して、聖域という結界がどの程度通用するかは未知数だ。


「ゾンビが押し寄せてきた場合は、迎撃しなきゃならない。俺も道世も攻撃魔法は使えるが数が数だから魔力切れも心配だ」

「魔力切れ? 我たちには『MP』とかあるのですか? それはいくついくらいなのです?」


 そういや道世には、ゲームみたいなマジックポイントはないって言ってなかったな。


「魔力は数値化できないんだよ。道世は自分の体力がどれくらいって数字で言えるか?」

「なるほど、感覚ですか」


 本当は数値として見られれば便利なんだよな。


「俺だって『ステータスオープン』とか使ってみたいよ」


 俺が昔、さんざんバカにしていたラノベにはそういうご都合主義的な能力があった。


「そういえば先輩は、どの魔法が何回使えるとかは、感覚で覚えているって言ってましたよね?」

「そうだな。基本的には、魔法の等級によって使える回数はだいだい決まっているんだ」


 俺のその反応に、道世が遠慮がちにこう聞いてくる。


「魔法には『等級』があるのですね。我の『インフェルノ』はどのランクなのでしょう?」

「あれは初級魔法だよ。魔力消費が少なくて低コストなのが利点だ。1日30回くらいは使える」


 興味を持ったのか、道世が乗り出すようにこちらに顔を向けてくる。


あるじのホーリーライトやサンクチュアリはもっと上ですか?」

聖光一掃ホーリー・ライトは中等魔法だ。1日15回程度。聖域サンクチュアリは高等魔法だから、1日5回くらいだな」

「きっかり回数制限があるわけじゃないんですか?」

「魔力は自然回復するんだ。連続使用では等級によって回数制限はあるが、時間を空ければ連続回数以上の魔法が使えるってことだ」

「数値としては見えないんですよね?」

「そうだな。疲労が数値として見えないのと一緒だよ。


 感覚でしか魔力を測れないのが、なんとも歯がゆい。


「先輩。わたし、わかっちゃいました!」


 小春が悪戯めいた笑みで茶々を入れる。


「なにがだよ?!」

「マジックポイント方式が、いかに便利かわかりました。ステータス表示はチートなんですね」


 小春がうんうんと頷いているが、それは創作論での納得だろう。


「そっちで納得するんかい!」


 俺はツッコミを入れる。


「だって、物語を書くなら、そんな読者にわかりにくいような設定は使い勝手が悪いじゃないですか。数値でドン! って見せた方が、読者の頭に残りやすいですよ」


 この期に及んでまだ文学少女……もとい『ワナビ』でいようとするか。まあ、いいんだけど。


 俺は無視して話を続ける。


「まあ、そんなわけだ。魔法はなるべく温存しておきたい」

「わかりました。主」

「しかも、『ホード』でのゾンビの動きがよくわからない。聖域サンクチュアリの聖域設定がホードのゾンビに効かなかった場合は、個別に聖光一掃ホーリー・ライトで対処するかない」

「先輩。ホーリーライトは範囲が狭いですよね?」

「しかも数時間しか持たないから、ホードが終わるまで何度かかけ直さなければならない。もちろんこれは、聖光一掃ホーリー・ライトの効果があるってことが前提だが……」


 俺が憂慮しているのを感じとったのか、小春の顔も暗くなっていく。


「あ、なんか不安になってきましたよ」

「そもそも『ホード』で、俺たちの拠点が狙われなければ問題はないんだよ」


 全ては運っていう言い方もある。


「ランダムで選ばれた拠点を襲うっていうメカニズムがわかりませんからね。何が起きるかわからないってのも不安要素ですか」

「とくかく不測の事態に備えることは大切だ」


 それは異世界で嫌と言うほど経験してきている。準備を怠るな、退路は一つだけでなく多数用意しろ、勝っても油断はするな。


 散々言われてきたことだ。


「あと道世。おまえは攻撃魔法の練習をしておけ」

「はい、主。我がインフェルノを研ぎ澄ましておきます」


 微妙に噛み合っていないので、彼女にも理解しやすいように説明してやる。


「わかってると思うが、実戦じゃ、長ったらしい詠唱は邪魔なだけだぞ。そもそも、そのマジックアイテムは短い詠唱で魔法を発動できるんだから」

「え?」


 そこ、初めて聞いたような驚いた顔をするな。説明したはずなんだけどな。


「イメージ湧かないようなら、せめて俺みたいにゲームの魔法を想像出来るようにしておけ」

「えー、でも、せっかく考えた優雅な詠唱が――」

「7文字以上の詠唱は禁止だ。それを破ったら追い出すぞ」

「ひぇー、それはご勘弁を」


 これで道世はなんとかなるだろう。あとは、小春だが。


「小春。おまえ、なんか格闘技とかできるか?」


 ホードでの、こいつの役割をどうするかだ。


「先輩。わたし、自転車にも乗れないような運動音痴なんですけど!」


 彼女は腰に手を当ててニヤリと笑う。


「そこでドヤ顔すんなよ!」

「お荷物にならないように、部屋で待機してま-す」


 そういえばこいつを鍛えるとか言っておいて、まだ何も始めてないからな。だからといって、改造モデルガンじゃ、押し寄せてくるようなゾンビには焼け石に水状態だ。


「部屋で待機も実は危険なんだよな。ゾンビの動きがわからないって言っただろ」


 閉鎖空間で、攻撃力がない者を一人にするのは危険である。部屋で待機は不測の事態に対応できない。


「心配性ですね」

「心配するのはタダだ。対策を怠ったら命を失うだけだ」

「そうですね、すみません。では、どうするのがいいんですか?」


 俺が真面目に話しているのを理解したのか、茶化すのをやめてまっすぐに俺を見る。


「ゾンビは人間だけなんだよな?」

「そういえばゾンビ犬とか、ゾンビハゲワシとか、そういうのは見かけていませんね。でも、人間以外のゾンビの噂話もありませんよ」


 空からの攻撃を考えなくていいなら、わりと楽勝だな。異世界だと、飛行できる魔物は多いから、防衛プランを立てるのもかなり厄介だった。


「それなら小春は屋上で待機。というか、俺らは階段に防衛ラインを作るから、屋上からマンションに入ってくるゾンビの様子を知らせてくれ。こないだ、ホームセンターを漁った時に、トランシーバーを見つけただろ。それを使おう」

「見張りみたいなもんですかね」

「そういうこと。まあ、ゾンビが襲ってこないなら部屋でくつろいでいればいいし」


 説明も終わったところで、俺は資材の確保に向かう。


 何も起こらなければそれでいい。


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