第20話 謎の美少女加入?


「殺す!」

「死ね」

「ふざけんな!」

「タクの仇はとる!」


 連携もとれていなくて、皆が我先にと襲いかかるものだから、ちょっと躱しただけで襲撃者同士はお互いにぶつかってしまう。結果、全員が行動不能に陥り、地面に倒れることになった。


「それ、効率悪いだろ」


 俺、たいしたことやってないのに戦闘不能になるなんて、まるでコントだぞ。


「レベルが低すぎないか? これならまだゾンビの方が脅威だって」


 まあ、レイダーってのはそもそも、シェルターからも追い出された奴らだ。本八幡もとやわたのシェルターのように自らで拠点も作れないようなはぐれ者だからな。


「この人たち、よく今まで生きて来れましたよね」


 小春にも哀れみの目で見られていた。


「おまえら! 死にたくなかったら俺たちの前から消えろ!!」


 俺のすごみを効かせた声に、レイダーたちは震え上がる。


「失礼しましたぁ!」


 全員、蜘蛛の子を散らしたように、そのまま駆けだして逃げていく。


 そういや腕を折った奴、そのままにしてたけど、ま、いっか。複雑骨折じゃないし、若いから添え木して安静にしてれば治るだろう。


『……ぁああああああああああ』


 声にならない声、でも声に出したらそんな感じになるんじゃないかという雰囲気で奥にいた女の子がこちらに向かってくる。


 一瞬、敵なのかと思って身構えてしまう。


「し、し、師匠と呼ばせてください」


 女の子がひざまずき、俺を見上げる。


 俺らと同じくらいの年齢だと思う。左目に眼帯をしていた。あと、左手も包帯で巻かれている。ケガでもしているのだろうか?


 見た目は物静かそうな美少女っぽい。いや、見惚れるような感じで、口を開かなければかなりの美人に育つ素質を持つ子だった。長い髪を無造作に後ろで縛り、雑なポニーテールにしている。


「えっと」

「申し遅れました。我が名はクレナイヒメ。終末世界につどいし戦士の一人」


 どうしよう……変な人を助けてしまったようだ。


「あれ? ゴヤマさんじゃない。わたし小春。八田小春。覚えてない? 小学校の5年生の時に一緒のクラスだった」


 小春のその問いかけに、顔を背けるクレイナイヒメ……ではなくゴヤマさん。


 もしかして眼帯も手の包帯もいわゆる『ごっこ遊び』の一貫? レイダーさんたちとご同類じゃないか。


「小春は、この子と友達なの?」

「いえ、ただのクラスメイトでした。それも5年以上前のことですからね」


 なんだよ。親友との運命的な出会いかと思ったのに。


「じゃあ放置していい?」

「し、師匠! なにとぞ慈悲を」


 俺の足に縋り付くゴヤマさん。いちいち言動がオーバーだな。


「先輩。さすがに女の子を一人で『終末世界』に放りだすのはいかがなものかと」


 小春にも怒られてしまう。自分が強いと、ここが過酷な世界であることを忘れてしまうな。


「しかたがないな、近くのシェルターで引き取ってもらうか」

「シ、シェルターは勘弁してください。我はシェルターに馴染めなくて追い出されたんです」


 今度は泣き落としか。


 でもな、この子の性格とか考えると追い出されても仕方ないとも思えてくる。いわゆる中二病っぽいもんな。集団行動ができなくて、シェルターでも白い目で見られていたのだろう。


「先輩、この子も連れて行っちゃダメですか?」


 小春が幼子でも見るように、ゴヤマさんに目を向ける。同情しちゃったのか? いや、なんか捨て犬を拾った感じの軽い言葉だなぁ。


「まあ、いいか」


 妥協する。旅路は楽しい方がいい。そのためにも人は多い方がいいだろう。ゾンビも今のところ、それほど脅威とも思えないからな。


「ゴヤマさんだっけ、俺たちと一緒に行くか?」

「え? どこに行かれるんですか?」

「常世の国、理想郷だよ」


 ゴヤマさんに倣って、俺も中二病を発症させる。シンクロしたように、彼女の目が輝き、神を仰ぐような態度で反応する。


「お供します。我は師匠に一生ついていきます」


 大げさすぎだろ。一生って、ある意味プロポーズになっちまうって。


「まあ、一生じゃなくていいから、とりあえずよろしくな」

「はい。師匠」


 そう言って彼女と握手をしようとしたら、急に彼女の顔色が真っ青になる。


「ひ、左手が……左手がうずく」

「……」


 あー、はいはい。このパターンですか。


 これって、左手に何かが封印されているんだっけ? 俺は中二病はそれほど発症せずに高二病に移行したからな、ここらへんのノリにはついていけない。


「熱い……熱い」


 迫真の演技だなぁ。そんな風に思いながら彼女を観察する。だがそれは、予想外の方向に進んでいった。


「先輩! 彼女の手を見て下さい」


 包帯が巻かれたゴヤマさんの手の甲に、何か赤く光るものが浮かび上がっている。


 まさか?


「包帯をとっていいか?」

「え? 包帯? 師匠がそういうなら」


 彼女の包帯をゆっくりと解いていく。そして露わになる手の甲。そこには文字が浮かび上がっていた。


 それはラマスカル語で『ラハヅメル』という読む、俺しか知らないはずの文字がなぜ?

 日本語に訳するなら『忠』。つまり、主君に対して裏表の無い態度を意味する。


 小春の時のようにその文字に触れてみた。俺の予想が正しいのなら……


 視界がブラックアウトする。




◇◇◇◇



 また懐かしい人に再会した。


「攻撃魔法を習得するには、さらなる修練が必要だからね」


 目の前にいたのは、同じ冒険者パーティーの仲間であるカトリナだ。


 僕より5歳くらい上の、まだ二十代前半の銀髪の魔法使いである。童顔ということもあってか、僕より若く見られることもあった。本人もそのことを気にしているのだが。


「でも俺は、いざという時に仲間を守りたい。治癒魔法が少し使えるだけじゃ、お荷物でしかないんだ」


 当時、修練度の低かった俺は、使える魔法が限られていた。だから必死になっていたのだろう。


「だったら魔法を覚えるまで、これを使えばいいよ」


 カトリナから古ぼけた指輪を渡される。


「これは?」

「アグニの指輪だよ。あたしがまだ、魔法使いとしての能力に目覚める前に使っていたお守りなんだ」

「お守りですか」


 お守りというと『気休め』というのが、現代社会を生きていた俺の常識だった。だが、彼女は違う意味で言ったようだ。


「それは呪文を習得しなくても『炎系の基本攻撃魔法』を繰り出せるアイテムだよ」


 イメージ的には炎球ファイア・ボールという魔法に近い。それを繰り出せるのなら、たしかに攻撃手段は増える。


「これを俺に?」

「ええ、手数が増えればあなたにも余裕ができるでしょ?」

「……あ、ありがとう」

「でも、無条件じゃないよ」


 彼女はかわいらしい笑顔で、茶目っ気たっぷりに言った。俺はそれを真面目に捕らえてしまう。


「対価なら払うけど」


 マジックアイテムは高額な値で取引されることもある。仲間とはいえ、そう簡単に他人に譲れないのだろう。


「そうだね。『無茶はしない』と誓いなさい。それが対価よ」

「え? どうして? 戦いは無茶しないと勝てないよ」


 ここは俺が元いた世界とは違った過酷な世界。必死で戦わなければ生き残れない。


「キミは無茶をし過ぎなんだよ。焦りすぎなんだ。誰だって初めは弱い。急には強くなれない」

「それはわかっている。でも、今のままじゃ」

「あなたのその『強くなりたい』って、自分のためじゃなくて『誰か』のためなんでしょ?」


 彼女の瞳は、俺の本心を見抜いていた。


 思い出すのはあの笑顔。あの子のために強くなろうと誓ったのだ。


「……そうです」

「うん。わかるよ。誰かのために強くなろうとする気持ちは。でもね、だからこそ無理はしちゃダメ。死んだらすべてが無駄になるの。守りたいその人を守れなくなる」


 カトリナは、真剣に俺の悩みに向き合ってくれていた。


「それはわかっている。でも……」

「焦っちゃダメって言ったでしょ?」

「……うん」

「その指輪は、あなたが攻撃魔法を何か覚えるまでのお守り。まずは、あなた自身を守るために使いなさい」

「わかった」

「指輪が必要でなくなる頃には、あなたはもっと強くなっている。そうなってから、次を目指すべき。最初っから完璧超人を目指してもいいことはないよ」

「……カトリナはどうして優しくするんだ? 俺は全然使えない新人なのに」

「自分を卑下するのはやめなさい。あなたを受け入れた私たちまでバカにすることになるのよ」


 強い口調でカトリナが咎める。


「……ごめんなさい」


 俺がシュンとなって俯くと、彼女は陽気に笑い出す。


「うふふ。そういうとこは、昔の私に似てるかもね。だから、自分のことのようにあなたが気になるのかも」

「え?」


 カトリナは後衛であり、最強の魔法使いである。そのため、時々戦術的に指揮を執ることもあった。そんな彼女と俺が似ているだと?


「だから悩みなさい。でも、その悩みは戦闘以外の時に限定しなさいね」


 その言葉で俺は変われたのかもしれない。


◇◇◇◇


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