第19話 レイダー


 その日は船橋から大して進まずに休むことになる。


 1日ゆっくりと休んで魔力を回復させた。


 昼食は非常食だったが、夕食は小春がまた何か作ってくれるということだ。


 しばらくソファーで寝ていると、なにやらいい匂いがしてきた。


 上半身だけ起き上がると、キッチンの方を見る。そこには卓上コンロを使って料理をする小春の姿が窺える。


「先輩は寝てていいですよ。夕食はもうちょっとかかりますから」

「カセットコンロがあったんだ? ガスが使えるのはいいな」

「夜はまだちょっと冷えますからね。温かいものを食べたいじゃないですか」

「何作ってるんだ?」

「西船橋のシェルターでジャガイモを少しだけわけてもらいましたよね。それと先輩が下総中山で見つけたビーフジャーキーとコンソメを使って、ポトフを作ります」

「おお、なんか本格的だな」

「本格お手軽料理です」


 小春は腰に手を当ててドヤ顔をする。


「本格なのにお手軽なのかよ!」


 思わずツッコミを入れたくなるではないか。


「洗い物を出さないために、基本は使い捨てのラップやビニール袋を利用してますからね。でも、味は本格的。調味料の分量さえ間違わなければ、なんとかなるんです」


 そりゃそうだ。料理は科学だからな。


 二度寝とはいかないが、ソファーの上でしばらくくつろいでいると小春から声がかかる。


「先輩、できましたよ」


 テーブルの上にはラップを敷いたスープ皿にポトフが注がれている。人参があれば色合いが良かったが、そこは災害飯なゆえに妥協するしかないだろう。


「うまそうだな」


 それでも食欲をそそる良い匂い。


「炭水化物は乾パンでいいですよね?」


 そういや、かさばる米は西船橋のシェルターでほとんど交換してきたのだった。


「そうだな。ご飯は昨日食べたし、非常食の乾パンは単体で食うと味気ないからな」


 「いただきます」と軽く手を合わせてポトフに手を付ける。


「うまいなぁ」


 塩加減がいい感じだ。


「そうですか。お手軽本格料理ですからね。あ、今日はデザートも作りました。あとで一緒に食べましょう?」

「デザート? それも作ったのか?」

「モールで調味料探してたときに見つけたんですよ。寒天を」

「寒天……あ、それでゼリー作ったのか?」

「ええ、無糖のコーヒーがありましたから、そのまま飲むよりはいいですよね? ちゃんと珈琲クリームとシロップも確保してきましたから」

「コーヒーゼリーか……懐かしいなぁ」

「わたしも久々ですよ。前に食べたのはゾンビがはびこる前だし」

「俺の場合は12年ぶりくらいになるよ」

「あ、そういえば先輩、異世界に行ってたんでしたね」


 小春とのあまりにも違和感のない台詞のやりとりに、異世界に行っていたのが「ちょっと海外に行っていた」程度の軽さになってしまっている。


「……ふふふ」

「あ、先輩、何笑っているんですか」

「いや、あまりにも平和なやりとりだなって」

「そりゃ、今の先輩とは険悪な関係ではありませんから」

「そうじゃなくて、今ってゾンビアポカリプスな世界じゃん」

「そうですね。国家は崩壊して、人類は滅亡するかもしれない危機に陥っていますね」


 軽い言い方だ。感覚が麻痺しているのもわかるが。


「そうだよなぁ、それゆえに、俺が『異世界に行ってた』なんて大した事に思えないのかもしれないな」

「そうですね。わたしも『異世界』に行けるものなら行きたかった……というか、今からでも異世界に移住したいですよ」

「言ったろ、異世界よりこの世界の方がまだマシだって」

「でも、魔法が使えるなら、この世界で過ごすのも悪くないですかね」


 戦士の休息。


 平和な夜は穏やかに過ぎていく。




**




 朝食を摂ったあと、すぐに出発する。


「先輩。土浦に行くには、県道8号を北上したほうが近いですよね?」


 大洗に行くには成田から香取を経由して海岸沿いに辿るルートと、霞ヶ浦を迂回して土浦から回るルートだ。


「その前に成田に寄りたいからなぁ……」


 魔法樹の存在を確かめるために土浦ルートをとるのが正解だ。だが、成田には確実に寄ることのできるシェルターがある。それだけでも心強いものだ。


「あ、そういえば五十嵐さんに伝言頼まれてましたっけ」


 西船橋のリーダーの名を出せば、確実に入れてもらえるだろう。


「行けたら行くって言ったけど、やっぱり行った方がいいだろう」

「そうですね。すべてのシェルターが部外者を受け入れてくれるとは限りませんからね」


 小春は本八幡のシェルターを思い出したのだろう。少し声色が暗くなる。


「土浦はもう少し余裕ができてからでいいよ。大洗で拠点を構えて、車を手に入れられれば楽に移動できるからな」

「そうですね」

「となると、成田街道を行く方がいいかな」

「はい……」


 歩き出したばかりだというのに、小春は疲れたような顔で苦笑する。


「徒歩はきついか?」

「早く車に乗りたいですね」

「道路に放置されてる車はほとんど乗れないからな」


 ガソリンがなかったり、バッテリーがあがっていてエンジンがかからないものが多い。放置されて整備もされていないから、燃料があってバッテリーが生きていても走らないだろう。


「それに、そもそも二人とも免許持ってないじゃないですか。基本的なことも理解してないから、もし乗れても運転は危ないと思いますよ」

「そうだよなぁ、せめて自転車でも見つけるか?」

「あはは、わたし実は自転車乗れないんです」


 小春は得意のドヤ顔を俺に見せる。


「え? マジで」

「マジです。いちおう文芸少女であるわたしは運動音痴なんですよ」

「そんなことで文芸少女を気取るなよ」

「あははは……」

「まあ、見つけたら二人乗りすればいいか」

「乗せてくれるんですか?」

「歩くよりはいいだろ?」

「やったー」


 小春は嬉しそうに両手を上げる。


「そんなんで嬉しがるなよ」

「大丈夫ですよ。わたしチョロインじゃないですから」

「チョロインじゃなきゃ、なんなんだよ」

「ただの後輩ですよ。優しい優しい先輩の『甘い汁を吸う』だけの」

「そこは『甘える』じゃないのか?」

「あはは、バレました?」

「バレたとかじゃなくて」

「……」


 軽いノリの会話が続いたと思ったら、小春が急に真剣な顔になる。そして、これから向かう道路の先を見つめ始める。


「小春?」

「……」

「おーい、どうしたんだ?」

「……先輩。なんかあっちに誰かいる?」

「へ?」

「なんていうか、勘とは違うんですけど、あっちの方角にわたしと同じ誰かがいるんです」

「おまえと同じって……どういう意味だよ」


 謎かけなのか?


「行ってみましょう」


 小春が早足でそちらへと向かう。


 すると、前方の方に5、6人ほどの20代くらいの若者の集団が見える。一人は10代の女の子のようだ。


「どこかのシェルターの食糧調達部隊か?」


 俺がそう予測したものの、先を歩いていた小春が振り返ってそれを否定する。


「あれって、前に寄ったシェルターで聞いた『レイダー』ってやつじゃないですか?」


 もし終末世界でなかったら『半グレ』と呼ばれていたであろう『ならずもの』の集団か。でもまあ、相手が人間なら余裕だろう。


 小春を先に行かせて、俺はゆっくりとその後を付いていく。彼女の指輪の魔法は、銃弾ぐらいは跳ね飛ばせるし危険度は低い。


 いちおう俺自身にも、防御と筋肉増強の魔法をかけておくか。


「お、かわいこちゃんがまた増えたぞ」

「いや、余計なおまけが付いてるじゃん」


 あきらかにレイダーたちは俺のことを怪訝な目で見ている。まあ、あいつらの目的を考えたら男の俺は邪魔だよな。


「やっちゃう?」

「やっちゃおうぜ」


 レイダーの集団は20代くらいの男たちだった。髪の毛を赤や紫に染め、耳や鼻に大きなピアスをしていたりと外見は派手な連中である。


 中には麻薬中毒患者なのではないかってくらい、目の下にクマができて「げへへへへへ」と奇妙な笑い声を上げている者もいた。


 よく観察すると、彼らの仲間だと思っていた黒のパーカーを着た10代の女の子は、男たちに囲まれて怖がっているようにも思える。


 俺が近づこうとすると、一人の男がナイフを持って俺に襲いかかってきた。


「ケケケケケ! 男は邪魔だ!」


 さすがにゾンビよりは早いな。とはいえ、異世界で対人戦もこなした俺の敵ではない。


 ひょいと躱して相手の後ろをとり、片腕を掴んで容赦なく折る。


「いでええええええ!」


 状況によっては完全回復の高等治癒ハイ・ヒールをかけてやろう。今の段階では、奥の方にいる囲まれていた女の子が悪人ってパターンもあるわけだから。


 異世界にいた時は、そのパターンで死にかけたこともあるから慎重にならざるを得ない。


 だが、レイダーらしき集団の残りの奴らが一斉に俺に襲いかかる。


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