第18話 蘇生魔法
振り返ると、小春の右手の方から一体のゾンビが歩いてくる。
再びマチェットを構えようとして、その手が止まった。
「……ばあちゃん?」
12年間会っていないとはいえ、育てられた肉親の顔を忘れるはずがない。
「え? 先輩のおばあちゃんなんですか?」
小春が口に手をあてて、どうしようか迷うように固まっている。彼女もモデルガンを向けることを躊躇しているようだ。
「ゾンビ化した人間は亡くなっているんだよな?」
「ええ、どう見ても別人……いえ、別の生物になってしまっていますから」
祖母ゆえに自分で手にかけるのはつらい。たとえ口うるさい肉親であっても、そこまで嫌っていたわけではない。
躾が厳しかっただけで、良いことをすれば褒めてくれたし、誕生日も祝ってくれた。数々の想い出が頭を駆け巡る。
「ファイアボ……」
魔法を撃つのでさえ、ためらってしまう。
できれば祖母にはゾンビ化してほしくなかった。いや、そもそも死んでほしくないという想いがあった。
いや、待てよ。方法はあるか?
俺は祖母に近づくと、その身体を抱き締めて魔法をかける。
「
祖母の身体ががくんと力が抜ける。こうすれば粒子化して崩れないはずだ。俺は祖母そっと寝かせると、鼻血が出てくるのを待つ。
しばらくすると、赤い血が身体から出てきて、それは地面を伝って俺たちから逃げるように遠ざかっていく。
「
その血を焼いた。それは一瞬で灰となる。
「先輩……どうするんですか?」
近寄ってきた小春が、俺の顔を見て心配そうに問いかけてくる。
「蘇生魔法を使う」
「蘇生魔法? あ、そっか、先輩ってクレリックなんですもんね」
「ただし、蘇生魔法の成功率は低い」
「どれくらいなんですか?」
「そうだな。1000回かけて、一度成功するかどうかだ。しかも、亡くなってから24時間以内じゃないとダメだ」
「でも先輩、おばあさまは…………いえ、なんでもありません」
小春が何か言いたげだったが、俺に気を遣ったのか言葉を濁す。
「じゃあ、始める。小春は周りを警戒しておいてくれ。蘇生魔法は集中するのに時間がかかるんだ」
「わかりました」
俺は両手を祖母の身体にかざし、蘇生魔法の術式を思考の中で組み上げる。
異世界で蘇生魔法を使ったのは10回ほど。そして、一度も成功したことはなかった。
だが、確率はゼロじゃない。
なにがなんでも俺が生き返らせたかった。
だって俺は、ばあちゃんに別れの言葉も告げずに異世界へと行ってしまった。俺がいなくなった後のばあちゃんの事を考えると、いたたまれない気持ちになる。
孫が急に失踪して、必死で探し回っただろうな……。
あの異世界転移が己の意志じゃなかったにせよ、せめて一言謝りたい。
集中して、集中して、集中して……そしてトリガーとなる言葉を唱える。
「
かざした両手から光が溢れた。だが、それは数分で光を失う。
「くそ! ダメか。もう一度」
身内ということで、心に余裕がなくなっていたのだろう。俺は肝心なことを失念していた。
そんなことはお構いなしに、蘇生魔法を発動させるための術式を組み上げる。
そして、発動。
「
魔法が発動する。
だが、そんなに簡単に蘇生は成功しない。
もう一度……。
と、そこで俺の意識は途切れた。
**
「……ぱい。せんぱい!」
目覚めると小春の顔があった。彼女に膝枕されて寝かされているようである。
「あれ?」
「あれ? じゃないですよ。心配したんですからね! 急に倒れてしまって」
「あれからどれくらい経った?」
「1時間……くらいですかね。わたしの日頃からの行いが良いせいで、奇跡的にゾンビが寄ってきませんでしたけど」
小春はそう言ってドヤ顔をする。
「そうか、少し休憩したらもう一度蘇生魔法を」
俺は起き上がるとそう呟く。
「先輩……おばあさまを生き返らせたいのはわかりますが、大丈夫なんですか?」
「なにがだ?」
「魔力ですよ。蘇生魔法って、先輩の言ってた魔法ランクだとかなり上級のものなんじゃないですか? 『サンクチュアリ』だって1日5回までって言ってたですよね。成功確率が0.1%しかない『リザレクション』って、それよりも上じゃないんですか?」
小春の推測は正しい。
「蘇生魔法はレア魔法だ。使える人も少なければ、成功する確率も低いという使い勝手が悪い魔法だよ。1日に2回使えればいいほうかな」
「だったら今日はもう使えませんよね?」
「……そうだな」
小春の言いたいことはわかった。もしこれで1日休んで魔力が回復したとしても、ばあちゃんの身体は時間が経って、蘇生魔法の成功確率がゼロになってしまう。
いや、ゾンビ化した時点でばあちゃんは死亡していたのだとしたら、俺が頑張って魔法をかけても意味はない。
「先輩。教えて下さい。魔力が足りないのにランクの高い魔法を使ったらどうなるんですか?」
「そうだな。魔力が足りない分は生命力から奪われる。それが一定以上になると、魔法行使者は死ぬよ」
小春が俺の腕を掴む。
「……先輩。無理はやめてください。先輩が死んだら、おばあさまが生き返っても悲しむだけですよ」
「……ああ」
それは反省すべきだ。
「少し休みましょうか? どっかの建物……ちょうど目の前に一軒家がありますけど、この中のゾンビを追い出せれば……あ、でも先輩、魔力が足りないから『サンクチュアリ』は使えませんね」
「いや、この程度の狭さなら低ランクの
結界になるような大規模のものでなく、狭い空間のアンデッドを追い出す程度でいいのだ。
「でも、まだ休息して1時間ですよ。魔力は足りますか?」
俺の魔力の回復量を心配しているのだろう。
「そうだな。念のため、魔力共有を行おう」
「魔力共有?」
「魔力のシェアだよ。魔力の足りない分を他の人間から魔力を借りて、魔法を発動させるんだ」
「へー、そんなことできるんですか……って、まさかわたしですか?」
驚いたように小春は自分を指差す。
「小春しかいないだろうが」
「でも、わたし一般人ですよ。異世界行ったことないし、魔法も使えません」
「いや、魔法は使えているだろ?」
俺は小春の付けている指輪を見る。
「もしかして、この指輪の防御魔法ですか?」
「その指輪は、付けているものの魔力を自動的に使うんだよ」
「あ、そうか。魔力は存在しているんですものね」
「理由が魔法樹であるかどうかは、まだわからないけどな」
もしあるのだとしたら、その魔法樹が大気に魔力を放ち、俺たちはそれを体内に取り入れている。
「けど、理由がわからないのは怖いですよね。いつ魔法が使えなくなってもおかしくないってことですし」
「まあ、そんときはそんときだ」
攻撃手段は魔法以外にもある。12年も異世界で鍛えられたのだ。
「先輩、そういうポジティブ思考も昔はありませんでしたよね」
「……あはは、黒歴史だな」
昔はひねくれ者でネガティブ思考の塊だったから。
「そんな先輩だから一緒にいられるのかもしれませんね」
小春はそう言って、優しく微笑みかけてくる。まあ、素直にその言葉を受け止めよう。
「そういうわけで、魔力を貸してくれ」
「ええ、わたしでいいのなら。で、どうすればいいんですか、先輩」
「まあ、力を抜いていてくれ」
俺は小春の両手を掴み、目を瞑って集中する。
「え? ええええー!」
小春は驚いて声を出すが、手を振り払われることはなかった。なので、さらに集中。
まずは魔力回路を繋げるイメージを組み上げる。
そして、自分の身体に流れてきた魔力で魔法を発動させる。
「
目の前の家が光輝く。だが、しばらく経ってもゾンビは出てこなかった。まあ、そういうこともあるだろう。そもそも、
俺は、辺りを見回すと、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「小春、もう一回共有させてくれ」
「どうしてですか?」
「ばあちゃんをあのまま置いておいたら、野良のゾンビに食い散らかされてしまう。個人的にそれは嫌なんだ。だから、せめてもの火葬をしてやりたい」
そうしないと後悔することになりそうだ。いくら神を信じないからといって、身内の遺体を雑に扱うようなことはしたくない。
「先輩。いちおうクレリックですもんね」
「関係ないけどな……俺は死者のために祈りを捧げたことなんてないよ」
「……」
何か言いたげだった小春は、その言葉を呑み込むように両手を差し出す。さっきのように魔力共有をしていいということだろう。
今回はそれほど大量の魔力を共有しなくていいので、片手を繋ぎ、さきほどと同じく魔力共有を行う。そして、発動すべき呪文はこれだ。
「
ばあちゃんに向けて、魔法を発動する。
遺体が炎に包まれて焼かれていった。
「……」
「……」
俺たちはそれを無言で見守る。
魔法の炎は骨すらも燃やし尽くし、後に残るは灰のみ。
それを綺麗に集め、土のあるところに埋めて簡単な墓を作る。
そして手を合わせる。それは死者のためのものではなく、自身の心の整理のためのもの。
「今まで俺を育ててくれて、ありがとう」
祈りではなく、感謝の言葉。そして、言えなかった別れを告げる。
「さよなら、ばあちゃん」
それは自己満足でしかない。でも、生きている人間が、これからも生き続けるために必要な儀式でもある。
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