第17話 日常とゾンビ
せっかく魔法樹についての情報を得ようと思ったのに、肝心のアボシという占い師はシェルターを出てどこかに行ったらしい。
しかたがないので当初の予定通り国道沿いにとりあえず北東を目指す。
「先輩の魔法って、どの程度の病気まで治せるんですか?」
小春がそんなことを訊いてくる。たぶん、ミコちゃんに治癒魔法を使ったことに気付いていたのだろう。
「そうだな。ガン患者くらいなら治せるぞ」
「チートじゃないですかぁ! 異世界って、やっぱりこの世界より居心地がいいのでは?」
「治癒魔法でも一般人が使える
割合としては1000人に1人くらいか。
「でも、王族貴族はお抱えの治癒魔法使いがいるんじゃないですか? めっちゃ長生きしそうですね」
「そうでもないぞ。平均寿命は60歳だ。病気で死ぬことはないが、人間同士の戦争で死ぬか、魔物に生きたまま喰われて死ぬか、政争で暗殺される」
「あ……それも嫌な死に方ですね。究極の選択じゃないですか」
「そういうことだ」
「まあ、いいです。先輩は治癒魔法がミコちゃんの病気を治療できることを知っていて、ユウタくんに『世界樹の樹液をとってくる』なんて嘘を吐いたんですよね?」
「まあな」
あの時は、どうやってユウタをシェルターに戻らせるかが重要だったし。
「ミコちゃんの身体が良くなれば『樹液』なんて必要なくなりますからね」
「そういうことだよ」
子供の成長は早い。妹が良くなれば俺たちのことなんて忘れてしまうだろう。
「でも、全てを話して魔法で治療してあげるってことはできなかったんですか? 誰も傷つかない『嘘』でしたけど……でも先輩には、ためらいがあったのでは?」
たしかに嘘を吐くよりは、本当のことを言う方が気持ちとしては楽だろう。
「そうしたら面倒事に巻き込まれるよ。奇跡を起こしたってことで、俺を『神』だと崇める奴らが出てくるだろう」
「教祖さまの誕生ですね」
小春が俺の言葉を皮肉って苦笑いする。
「それが嫌だから隠してるんだよ」
「でも、みんなから感謝されますよ。先輩の優しさが伝わらないのはちょっと悔しいです」
小春はそう言って俯く。
「いいんだよ。感謝よりもリスクヘッジをとるよ」
「そういうとこは昔と変わらないのかもしれませんね」
彼女は何か意味深な笑みを浮かべた。
**
「そういえば懐かしいな。俺、本八幡に住む前はここらへんにも住んでいたんだよ」
現在、歩いている辺りは船橋である。
まだ母親が健在だった頃である。ここに家があって、そこで暮らしていたこともあるのだ。
「そうなんですか。何歳くらいまで居たんですか?」
「小学校の低学年くらいまでかな。そんときは幼馴染みとかいたんだぞ」
「えー?! 先輩に幼馴染みですか? 気になります。アレですか? 結婚を誓い合った中とか?」
そんな、ベタなラノベ展開があったら良かったんだけどな。
「バカ、男だよ。むっちゃんとキッチっていう悪友に近かった関係かな。悪ガキ三人組みたいに言われていたよ。俺が面白いことを考えて、二人が実行部隊という、子供っぽい関係だよ」
「どんなことしてたんですか?」
「主に転売かな?」
黒歴史が甦る。
「小学生の時ですよね?」
小春が目を丸くし驚いていた。
「うちらの頃ってカードゲームとか流行ってたじゃん」
今も流行ってるか。
「あー、そうですね。わたしはやらなかったですけど、クラスの男子が夢中になってました」
「キッチって奴がその手のゲームが上手くてさ、勝負で入手したカードを高値で売りさばいたり、むっちゃんが自転車で遠くのショップまで赴いて買取金額を調べて、近くのショップとの差額の大きいカードを売りさばいたりしてさ」
「転売ヤーですね」
「まあ、そういうことだ」
「なるほど、先輩はその頃から悪知恵が働くタイプだったんですね」
「うるせえな、ほっとけや」
「その幼馴染みとは高校は違ったんですか?」
「家庭の事情で、4年生の時に引っ越し……というか、祖母の家に預けられたからな」
小学校3年の時に母親が死んで、父親はそれを忘れたいのか仕事にのめり込んで、挙げ句の果てに海外勤務に自分から名乗り上げて、逃げるように俺の元から去っていった。
「なるほど、先輩はいわゆる『おばあちゃんっ子』なんですね」
「やめてくれよ。俺は、ばあちゃんはあまり好きじゃなかったよ。古臭い人間でやたらと躾に厳しかったんだ」
よく怒られていたな。それでも、俺のためを思って叱ってくれたことは、今となっては理解できる。
「昭和の人ですもんね」」
「左ききだったのも、無理矢理矯正させられたからなぁ。箸の持ち方も食事の度に怒られてた」
一般的というより、古臭い常識を押し付けられたものだ。そのおかげで性格はひねくれ、他人の言動にいちいちムカついたりもした。
「先輩って、他の部員の人に箸の持ち方を注意してませんでしたっけ? たしか、部長の山口先輩でしたっけ」
「目の前でめちゃくちゃな箸の持ち方をされるとムカツクんだよ。自分は苦労して直したのに、他人がそれをするのが許せなかったんだな」
過去の自分は、いろいろな意味で痛々しい。
「八つ当たりですね。あれ? でも、わたしも箸も持ち方おかしいって言われますけど、先輩何も言いませんでしたね」
昨日の夕飯の時に、俺は小春に何も言わなかったからな。
「さすがに俺も成長したし、他人の事にいちいち難癖つけようなんて思わなくなったからな」
「それは賢明なことです」
「まあ、それ以前に異世界じゃ、手づかみで食うのがデフォだったからな。箸で食ってるだけ文化的だよ」
「まさかのそんなオチとは」
と緊張感のない会話をしていたら、ゾンビが現れる。
視認できる数は4体。これくらいなら余裕だな。
「ファイア……と、今日は魔法節約デーにするか」
せっかく手に入れた『得物』もあるから、それをメインに使っていこう。
「魔法使わないんですか?」
「とりあえず、俺はこれで戦ってみるよ」
大型のマチェットを取りだして、それを構える。魔法以外の戦闘にも慣れておかないと。
「頑張ってくださいね」
「おまえはモデルガンを試して見ろよ。いちおう、ゾンビが忌避する弾ってのをもらったんだから」
「そうでしたね。では」
ゾンビはゆっくりとこちらへと向かってくるので余裕はある。こういう時に試せるものは試して見た方がいいだろう。
小春はモデルガンを取り出すと、ぎこちない構え方で弾を発射する。
プシュップシュッと小さなガス音が鳴って、弾がゾンビの頭部に命中する。射撃能力だけはチートだよな、小春は。
「ぁあああ」
ゾンビが一瞬、動きを止めて呻くが、すぐに動き出す。
「ぜんぜん効いてませんね。先輩」
「気休め程度にしかならんな。騙された……ってわけでもないか」
BB弾くらいの大きさの薬剤で、そこまで効果があると思ってはいけないだろう。
「まあ、わたしもこんなんじゃ、ゾンビに太刀打ちできると思ってませんでしたし」
小春は半笑いしながらそう答える。
「とりあえず全部の弾を頭部に撃ち込んでみろよ」
「全部ですか? メンドクサイですね」
「こういうのは実験と検証が大事だよ」
ゾンビは動きが遅いので、まだ俺たちには近づいてきていない。忌避弾の威力の検証をする時間はあるのだ。
「えいえいえいえい!」
小春が連続で弾を一匹のゾンビに当てる。初めは、一瞬だけ動きが止まるだけだったが、数十発、いや、百発以上撃ったところでゾンビの動きが止まり、鼻血を出す。
あれは俺が
「先輩、あれは?」
「小春は見るのが初めてか? 俺が
小春に撃たれたゾンビは、ばたんと倒れる。そして、赤い血液はゆっくりと俺たちから離れていく。
「いちおうモデルガンでもゾンビを倒せますね」
「時間かかりすぎだけどな」
一匹相手ならいいけど、多数に囲まれたら効率が悪い。
「残りのゾンビは俺がやるよ」
「左一文字斬り!」
左から右へとマチェットを振り切り、ゾンビの首を落とす。そして、その隣にいるゾンビの頭に刃先を突き刺す。
「諸手突き!」
そこまで流れるような感じの動作だ。さらに近づいてきたゾンビの足を右足で払って転倒させ、身体が傾いた瞬間に右下から左上へ斬り上げる。
「左逆袈裟斬り!」
ほぼ一連動作で3体を倒すことができた。筋肉のない身体ではあるが、異世界の技はそれなりに使えることに安心する。
「うわ! 話では聞いてましたけど、先輩ってクレリックなのに本当に武闘派なんですね。というか、適性は剣士じゃないんですか? 剣捌きが達人ですよ」
そういやユウタを助けた時は一瞬で終わったから、小春はちゃんと見てなかったか。
「
「でも、誰かを守りたくて強さを手に入れたんですよね? はぁー……わたしもそんなこと言われてみたいですよ。リリアさんみたいに」
「……っ!」
古傷が痛む。特に心の傷が……。
「あはは。その件に関しては触れない方がいいんですよね?」
ニヤニヤと笑う小春の顔が、なんかムカツク。
「行くぞ」
俺はマチェットを仕舞うと歩き出す。
「先輩! まだゾンビが」
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