第16話 奇跡と予言
「ユウタ!」
俺たちを迎えたのはシンカワという門衛だ。
「シン兄ちゃん……ごめんなさい」
ユウタはシュンとして俯きながら彼に謝る。
「いいさ、戻ってきたなら。それから君たちもありがとう。まさか、こんなに早くユウタを見つけてくれるなんて」
「いえ、これくらいは大した事じゃないですよ」
「何かお礼をしたいのだが、あいにく物資に余裕はないんだ」
「構いませんよ。ですが、一つだけお願いがあります」
「お願い?」
「ユウタくんと一緒でいいんで、妹さんに会わせていただけますか?」
「……」
シンカワは俺たちの意図を読みかねているのだろう。部外者がわざわざ、ユウタの妹に会おうとする目的がわからないのだと思う。
「ユウタくんが『二度とシェルターを抜け出さないため』にも必要なことなんです」
「……そういうことか。わかった許可するよ」
彼は何かを察したのか、門を開けて俺たちを入れてくれる。本来ならユウタのみ入れて、俺たちとはここで別れることになったはずだ。
俺は何か理由を言ったわけではないが、都合良く勘違いしてくれているとありがたい。
彼が再び無線で本部に連絡すると、今度はリーダーが直々向かえに来てくれた。
「ユウタを助けてくれてありがとう。言葉だけですまないが、本当に我々はきみたちに感謝している」
「いや、俺はいいですって、本当に大した手間じゃなかったんですから」
「ミコに会いたいのだったな。具合はあまりよくないんだ。あまり話はできないぞ」
「構いませんよ」
俺たちは五十嵐さんについて行く。
「ね、先輩」
途中で小春が小声で話しかけてきた。
「なんだ?」
俺もそれに遭わせて小さく返事をする。
「アレを使うつもりですか」
小春は俺のやることを理解していたようだ。
「そうだ」
「なるほど、それであんな約束をしたんですね」
彼女はそれで納得したかのように沈黙する。あまり長く話していると五十嵐さんやユウタに気付かれてしまうからな。
少し歩くと、校内にある保健室とプレートがある扉が見える。その前で五十嵐さんは立ち止まった。
そして扉を静かに開けて中に入る。
そこには一人の女の子が寝かされていた。髪が長くで、泣きぼくろが特長的な子だった。
「ミコ……」
ユウタがそう声をかけると、女の子の顔がわずかにこちらを向く。
「おにいちゃん」
顔色はよくない。そりゃそうだ。薬の入手もできないし、医者がいたとしても適切な処置のできる状況ではないのだから。
「ミコちゃん。はじめまして。俺はサトミ、こっちの子はコハルだ」
「ミコちゃん。コハルよ。そうね……はじめましてってことで、握手でもしたほうがいいかな」
そう言って彼女はベッド脇の椅子に座ると、布団の中に手を入れて相手の子の手を握る。
男の俺がやったら
今この部屋にいる五十嵐さんもユウタも、小春の方を微笑ましく見ていた。
なるほど、俺のやりたいことを彼女は理解していたようだな。
皆の視線を確認しつつ俺は小さな動作で、ミコちゃんに魔法の照準を合わせると、小声で「
呪文の詠唱が終わると、わずかに魔力の輝きがミコちゃんのベッドを包んだ。だが、この魔力の光は普通の人には見えない。
小春は優しく語りかける。
「ミコちゃん。世界樹の話は知っている?」
「うん、アボシさんが話してくれたやつだよね?」
「そう。わたしたちはね。世界樹を探しに行こうと思うの」
「そうなの?」
「万病に効くって樹液を手に入れたら持ってきてあげるわ」
「いいの?」
驚いたような、それでいて嬉しそうな顔をする。彼女の顔色はだんだんと良くなってきている。感情を表に出しても、身体に負担が掛からなくなってきているのだろう。
「わたしたちはね。もともと茨城まで旅をする予定だったの。だから、ついでだよ」
「ありがとう。お姉ちゃん」
彼女の身体はみるみる元気になっていく。その違和感にユウタくんは気付いたようだ。
「ミコ?」
「ん? なに? おにいちゃん」
病室に入って初めて見たときのような、明らかな顔色の悪さは消え去っている。
「小春。病室だ。あま長居しても悪い」
俺は頃合いを計って小春に告げる。
「そうでしたね」
彼女は立ち上がると、もう一度ミコちゃんに視線を向けてこう告げる。
「また会いましょう。今度は樹液を持ってくるからね」
「うん。楽しみにしてる」
俺たちはユウタを残して、部屋を後にした。
外に出ると五十嵐さんが独り言のようにこう呟いた。
「ミコがあんなに元気になるなんて……」
俺は予め用意していた言葉を告げる。
「プラシーボ効果みたいなものですよ」
「プラシーボ?」
「偽薬効果に近いですかね。人間、『希望』を前にすると自然治癒能力は上がるんですよ」
適当に俺は呟く。魔法を使ったとは言えないからな。
「すまなかったな……きみたちにあんな嘘を吐かせて」
五十嵐さんは俺たちがユウタを安心させるために『世界樹の樹液を持ってくる』と嘘を吐いたと思っているのだろう。
「これでユウタくんもシェルターを抜け出そうとは思わないはずです」
「そうだな。本当に君たちには感謝しかない」
「ついでといっては何ですか。一つお願いがあるんですが」
「なんだね? できる限り、きみたちの願いは叶えよう」
「占い師の方に会うことはできますか?」
一瞬、五十嵐さんの顔が曇る。
「……アボシのばあさんか。そうだな。我々にとやかく言う権利はない。わかった。案内しよう」
俺たちは五十嵐さんに付いていった。
階段を上がって3階まで行き、多目的教室というプレートがある扉を開ける。
「アボシのばあさんはいるか?」
中には10人くらいの人間がいた。だが、何か様子がおかしい。皆がざわついて不安そうな顔をしている。
「あ、五十嵐さま」
「山本さん。アボシさんを見かけなかったか?」
「それが……」
山本さんという20代の女性は顔を両手で覆って嘆き出した。
「どうしたんだ?」
五十嵐さんが怪訝な顔で聞き返す。
「五十嵐さま……アボシさまが、こんな書き置きをしてどこかに行かれたみたいなのですが」
別の女性が彼へと差し出した便せんには、こんな文章が書かれていた。
『紅き月が熟れ、絶頂を迎える木草弥生い茂る頃。異教徒の軍勢が現れ、我らは侵略を受ける。そして、大地は紅き月と同様と化すだろう』
なんだこれ? ここで確実に意味がわかるのは『木草弥生い茂る頃』、つまり弥生月である3月を示す。となると、今が7月だから8ヶ月後か。
あとは異教徒が何を示すかだ。終末世界で新興宗教が拡大するってのはよくある話だが……いや、それ以前にこの占い師の予言は信用できるのか?
「くだらない!」
五十嵐さんは、予言のようなものが書かれた紙をぐしゃりと握りつぶした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます