第15話 捜索
「いいんですか?」
「何が?」
俺は歩みを止めずに、視線を前に向けたまま小春にそう聞き返す。
「ユウタくんの捜索ですよ。先輩、あんまり面倒事には関わりたくないみたいだったし」
「そうだなぁ……昔の俺だったら関わってなかった。今だって、ついでの目的がなければ積極的に助けようとはしなかった」
「……先輩、もしかして『世界樹』の件で何か心当たりがあるんですか?」
「心当たりというか、小春も気付いただろ?」
「ええ、先輩が異世界の話をしてくれたときの『魔法樹』と似ていますね。でも、偶然では?」
「小春が想像する『世界樹』ってどんな感じだ? それこそ、ラノベやら漫画やらアニメで出てくることもあるだろ?」
「そうですね。バカでかい木って印象ですね。でも、黄金に光るってのはあんまり聞いたことないです……」
「そういうことだよ。世界樹ってのは北欧神話だけじゃない、モンゴル、中国、スラヴと世界中の地域で伝承があるものだ。占い師のばあさんがそういうのを囓っていたのなら、もうちょっと現実的な特徴を教えるだろう」
金のなる木じゃないんだから、黄金なんて非現実的な設定は行わないだろう。もし、彼女が実物を見ていないのなら。
「もしかして、アボシさんって人は魔法樹を本当にどこかで見たと?」
「ああ、そう考えれば俺たちが魔法を使える理由の説明が付くんだ」
「そうですよね。本来あるはずのない魔力が存在するのは、その魔法樹がどこかにあるってことですもんね」
「まあ、本当にあるかはわからないけどな。実際に俺たちはこの目で見たわけじゃないし、魔力は別な理由で存在しているのかもしれない」
「でも魔法樹があれば、魔力が存在する理由も納得できますね」
「そうだ。俺たちが茨城へ向かう理由が、また一つできたってことだよ」
これは『お遣いクエスト』とは違う『探求の旅』でもある。
「そこに魔法樹が本当にあるかどうかを確かめられると?」
「あったらあったで、また謎が深まるけどな」
存在してはいけない『異なる世界の植物』だからな。
「そうですね。異世界から誰かが持ち込んだってことですもんね」
「まあ、それは魔法樹が見つかってから考えればいい。今はユウタくんを見つけることのほうが先だ」
「あの子、10歳でしたっけ……方向音痴でなければ、大きな道を北上するルートを通りそうですけど」
俺は地図を取りだして確認する。いや、子供は地図を見ずに行動するはずだ。行き当たりばったりに歩き回る傾向にあるだろう。だとすると、正確なルートをたどるのはやめた方がいい。
「子供の気持ちになって考えよう。今どきの子供は、スマホ無しじゃ地図が読めないだろうし、占い師に詳細な道を聞いたとは思えない」
「だとしたら、どうやってユウタくんは世界樹を探しに?」
「占い師は世界樹のある方向を示しただろうな『あっち』と」
俺は適当に北を指差す。
「なるほど」
「地図を見ると北へ行く道はどれも細い道ばかりで幹線道路がない」
「じゃあ、お手上げじゃないですか?」
「そうとも限らない。ユウタくんは地元民だろ? あのシェルターが小学校として機能していた頃に、普通に通っていたと言っていたよな」
「そうみたいですね」
「だったら、学校のすぐ近くを鉄道が走っているのを知っているはずだ」
俺は地図を小春に見せる。
「武蔵野線ですか」
「土浦には行かないが、西船からだと北上している。それに新松戸で常磐線に乗り換えれば土浦まで行ける」
「まさか線路に入って、北へ向かってるんですか?」
「可能性は高いだろ? 車でも乗らない限り、下道で土浦まで行く方法なんて思い付かないはずだ。単純化した子供の思考なら電車での行き方を考えるよ」
「でも、ユウタくんが鉄道に詳しくない場合もあります」
「そうだな。でも、ユウタくんって、俺たちがシェルターに入る前に門番と揉めてた子だろ?」
「そうですね。見せられた写真と同じ子でした」
「顔は覚えてないが、あの子の着てたTシャツは『JRの東京近郊路線図』がプリントされたマニアックなものだ」
鉄道オタクの素養のある子かもしれない。
「偶然かもしれませんよ。救援物資の中に入ってたTシャツを着てたとか」
「そうだとしても、自分の着ている服装がどんなものかはわかっているはずだ。それをヒントに、線路沿いを進むという思考になるかもしれない」
やみくもに探しても見つかる可能性は低い。こういう時は、子供の気持ちになって思考してみるのが一番だ」
それが正解でなくても、可能性の高い部分を捜索する方が、見つかる確率は上がるだろう。
「そうですね。すでに捜索班は一つ出ていると言ってましたし、わたしたちは別方向から捜索をしても問題はありませんね」
「線路沿いに、北へ向かうぞ」
**
線路を進んでいくと駅を通過することになる。見えた駅名は『船橋法典』だ。
「この駅を過ぎれば、次の『市川大野』まで直線だよ」
それまでは左方向にカーブしていて、線路の先の方を視認しにくかった。
「直線であれば遠くまで見渡せますね。わたしオペラグラス持ってますよ」
「用意しておいてくれ」
「らじゃです。先輩」
ノリノリで敬礼してくる小春。こういうところはオタクっぽい文学少女なんだよなぁ。
「先輩、児童心理学とか勉強してたわけじゃないですよね?」
「経験だよ。勇者パーティーに入る前に、冒険者パーティーで修行してたって話しただろ? その時に行方不明になった子供の捜索ってクエストもよくやったんだよ」
「なるほど、それで子供の行動に詳しいと」
「まあ、役に立たないと思っている知識でも、意外と役に立つこともあるんだよな」
その時、遠くの方で叫び声が聞こえた。甲高い子供の声だ。たぶん、何かから必死で逃げているのだろう。
小春がさっそくオペラグラスで覗いている。
「小さい子がゾンビに襲われてるみたいですね」
「よし当たりだな。助けに行くぞ」
「はい」
俺たちは走って声のする方へと走っていく。すると、そこにはゾンビから逃げてくる子供がいた。
ゾンビは全部で2体。子供は10歳くらいの男の子だ。
「先輩、ユウタくんです」
まあ、こんなひとけのないところで子供が一人でいるなんて、シェルターを抜け出した子供以外にいないだろう。
「ファイア……いや、魔法はやめておくか」
俺はマチェットを鞘から抜いて構える。そして小春にこう指示を出す。
「小春はそのままユウタくんを捕まえてゾンビの攻撃から守ってやれ、指輪があるから多少噛まれても平気だぞ」
「噛まれたくはないですけど、了解しました」
「ゾンビの駆除は俺がしてやる」
俺はゾンビへと突っ込んでいく。
流れるような刀捌きをイメージし、無駄のない動きでマチェットで連続攻撃していく。その動きは演舞のようだと仲間に言われたこともあったっけ。
「……師匠、まだ元気かなぁ」
そんな独り言をこぼしながらも、2体だけだったので、ほぼ一瞬ですべてが片付いた。
「終わったぞ」
「え?」
小春が驚いている。ユウタを捕まえようとしている間に終わってしまったからだろう。
「まあ、2体だけなら余裕だろう」
相手がゾンビでなく、人間であってもそれくらいは対処可能だ。
「もう大丈夫よ。あっちのお兄ちゃんが全部やっつけてくれたから」
「……うぐ……うぐ。ごわかったよぉ……ごわかった……」
男の子は恐怖でボロ泣きしながら小春にしがみついている。
「さてと、あとはこいつをシェルターまで連れて帰ればクエスト終了だ」
冒険者パーティーにいた頃のように、大したクエスト報酬は貰えるわけではないんだけどな。
「ユウタ。歩けるか?」
男の子は恐怖で膝がガクガクと震えている。
「え? 歩く? あ……」
ユウタが何かを思い出したかのように、小春から離れて北へと向かおうとした。
「あ、ユウタくん待って」
小春がそれを引き留めようと、子供の腕を掴む。
「……行かなきゃ。ミコが……ミコが……」
涙を拭って、震える足で前へと進もうとする。健気な姿ではあるが、それを許すわけにはいかない。
「シェルターのみんなが心配して居るぞ」
「そうよ。五十嵐さんとか、シンカワさんとか、危険な外にあなたを探しに行った人たちもいるのよ」
「……でも……でも……せかいじゅのじゅえきが」
子供は大局が見られない。視野が狭い。ゆえに強情になる。でもそれは、単純なワガママではない。妹を助けたいと願う兄としての行動だ。
そういえば五十嵐さんに「見つけても叱らないでくれ」と言われていたっけ。
「なあ、ユウタ。俺たちは、訳あって大洗まで旅をするんだ」
「オオアライ?」
「茨城県にある場所だ。ちょっと寄り道になるが土浦にも行けないこともない」
「え? 土浦に?」
「ああ、おまえの代わりに世界樹の樹液を持ってきてやってもいいぞ」
「……本当に? でも、どうして?」
それは優しい嘘に入るだろうか。
「大洗に行くついでだからな。北へ行く予定は変わらない」
「いいの?」
「大した手間じゃない。ユウタがシェルターに戻るなら約束をしてやるぞ」
「……う、うん。シェルターに戻る」
ユウタの顔に笑顔が灯った。震えていた足もすっかり治っている。
「歩けるか?」
「うん」
「じゃあ、帰ろっか」
俺たちはそのまま逆戻りして、西船橋のシェルターへと向かう。
とはいえ、まだやることはある。
隣にいる小春もその懸念事項に気付いていて、ちらちらと俺の顔を見て何か言いたそうであった。けれど、ユウタがいるからそれを口に出せない、といったところか。
まあ、考えはある。
俺の吐いた嘘が、ユウタに負担をかけないようにしなければならないのだから。
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