第14話 世界樹?
この周辺の状況や、稼働しているシェルターのこと。気をつけた方がいい『ならず者の集団』を教えてもらった。彼らのようなどこのシェルターにも所属しないやりたいの集団を『レイダー』と呼んでいるらしい。元ネタは海外産の世紀末RPGだと言っていた。
そういや俺も聞いたことがあるな、そのゲーム。
「レイダーも危ないが、所詮、シェルターを追い出された無法者だ。それよりも気をつけなければならないのは『グール』だ」
「グール?」
初めて聞く単語であった。いや、異世界ではよく聞いた名だ。知性を持ったゾンビと言ってもいいだろう。残虐性があり、人を喰らう化け物である。
「ゾンビよりも知能が高く、その残虐性は人間を逸脱している。彼らとの話し合いは通用しない。奴らは人間を食糧としか思っていないらしい」
まさにグールじゃないか。
「ソンビではないんですよね?」
「ああ、ゾンビに知性はないが、グールは人間と同様に喋れるし、きちんと考えて戦う」
グールっていうと、ゴムのような弾力のある緑がかった皮膚に、ヒヅメ状に割れた足、犬に似た顔、そしてかぎ爪を備えているってのが、俺の知っているグールだが。
「どんな見た目なんですか? かなり化け物っぽいのでは?」
「いや、見た目は人間と変わらないらしい。ぱっと見では、ゾンビとグールと人間の区別はつかないってことだ」
そういや、この世界のゾンビも身体は腐っていないし、見た目だけなら普通の人間か。でも、ゾンビに対しても初見で思った事はある。
「単純に頭のおかしい人間って可能性は?」
カニバリズム。つまり食人という行為は『クールー』というプリオン病を引き起こす。これは精神機能に急速な悪化と協調運動障害をもたらすのだ。
「私は実際に見たことがないので、なんともいえない。でも、噂話と一蹴できないんだ」
「なぜですか?」
「ここに逃れてきた人たちの何人かは、自分の知り合いや肉親が、グールに変異した姿をその目で見ているという。変異したその人たちには、食人の習慣はなかったそうだ」
となると、ゾンビ化のようになんらかの外的要因があるわけか。
「なるほど。気をつけるに越したことはないですね」
ゾンビだけならまだしもグールという新たな敵まで登場か。とはいえ、そこまで心配することはないだろう。
相手が人間を食おうが、目撃者が逃げてこられる時点で俺の敵ではないだろう。なにしろ、魔法が使える俺たちは無敵だからな。
「いろいろとありがとうございました」
俺と小春は立ち上がると、応対してくれた五十嵐さんに深くお辞儀する。
「そうだ。もし成田のシェルターに寄ることがあるなら、そこのリーダーの
「成田ですか……」
俺はポケットに入っていたミニサイズの地図を取りだして確認する。
「まあ、たしかにそのルートで北上することもありますね」
「寄れなければ構わない」
「いちおう、その伝言をお聞きしてよろしいですか?」
「伝言はこうだ『ヒロトは死んだが、マキエは元気にやってる。彼女がHRPのタスクフォースを受け継いだ』これだけでいい」
やや暗号っぽいものもあるが、俺たちにはあまり関係ないので、根掘り葉掘り聞かない方がいいだろう。言われたままを伝えればいいのだ。
「わかりました。寄れることがあったら伝言しておきますね」
立ち上がって、そろそろおいとましようと思った時だった。
扉が乱暴に開かれて一人の男が入ってくる。それは先ほど門の所にいた彼だった。
「どうした? シンカワ」
彼の顔には焦りの色が見えている。何かあったのだろうか?
「い、五十嵐さん。ユウタがどこにもいないんです!」
「ん? 子供たちはミナセ先生の所で授業を受けているはずだが」
「あいつ、仮病を使って授業を抜け出して、診療室行くふりをしてシェルターを抜け出したみたいなんです」
彼の言葉に、五十嵐さんの顔色が変わる。
「なんてこった! すぐに捜索隊を組織しろ」
「わかりました。非常召集をかけます」
シンカワという青年が部屋を出ようとしたところで、五十嵐さんは彼を引き留める。
「いや待て」
「はい?」
「捜索隊は2人組の1グループでいい。おまえが編制しろ」
「でも、どこに行ったか見当がつかないし」
「見当は付いている。どうせ『占い師のばあさん』がそそのかしたんだろ? だとしたら向かうのは土浦だ。そっち方面に向かわせれば見つかる」
「でも、そんなに少人数で……」
「わかってるだろ? ゾンビのいる街を平気で歩ける人材はここにはそんなにいないんだ」
「ですが……」
「前回のホードでかなり怪我人も出ている。捜索に避ける人員は少ない」
「……わかりました。ヤマダとニシノに声をかけてみます」
「ああ、頼んだ。子供の足だ。すぐに見つかるさ」
そう言って彼を送り出すと、五十嵐さんは大きくため息をついた。そして、こちらを向くと苦笑いをしながらこう告げる。
「すまないな。話の途中で」
「いえ、人捜しでしたら俺たちも協力しましょうか? 絶対に見つけられるかどうかはわかりませんが」
こんな申し出をしたのには理由がある。
「それは助かる。今、シェルター内は動ける人員が少ないのだ」
「協力はしますので、教えて欲しいことがいくつかあります」
「何だね?」
「探す子供の姿が映った写真か何かありますか? 俺たちは子供の顔を知りませんからね」
「おお、そうだったな。ヒグチユウタの写真は……そうだな、これくらいかな」
彼はそう言って、懐からスマホを取り出す。そして何かタッチ操作をしたあと、こちらへと画面を見せた。
「これがユウタくんですね」
画面に映るのは小学生くらいの男の子の顔。少し垂れ目がちな丸顔の子だ。
「ヒグチユウタくんは、現在10歳だったと思う」
「スマホはお借りできませんよね?」
「ああ、すまない。これは携帯電話としての機能は失っているが、それ以外のタスクで必要となるものだ」
「俺、人の顔を覚えるの、あんまり得意じゃないんですよ……」
俺が困っていると、小春が助け船を出してくれた。
「わたし、人の顔を覚えるの得意ですよ」
そう言って彼女は画面の男の子をマジマジと見つめると、ドヤ顔で「覚えました」とこちらに視線を向けた。
「文学少女のくせに人の顔を覚えるのが得意とは、なかなかやるなぁ」
本好きの子はコミュ力のない子が多いが、こいつはちょっと毛色が違うからなぁ。そういう意味では嫌味ではある。
「むー、なんかバカにされているような気がしますが……」
「気のせいだろ?」
「まあ、いいですけどね」
俺たちのやりとりを微笑ましそうに見てる五十嵐さん。すぐに気付いて気恥ずかしさを押し殺しながら、スマホを彼に返す。
「すみません。画像ありがとうございました」
「まあ、こちらがお願いする側だからね。それよりも、他に訊きたいこととは?」
「ユウタくんは他からの避難民でしょうか? それとも地元の子でしょうか?」
「あの子がここらへんの地理に馴染みがあるかどうかで、捜索方法も変わるか……たしかユウタはもともとの地元民で、今シェルターとして使っている小学校に通っていたよ」
「ありがとうございます。あと、さきほど五十嵐さんがおっしゃっていた『占い師の話』もきかせてください」
その言葉を出した瞬間、彼が眉をひそめる。
「アボシのばあさんの話はうさんくさいからなぁ」
「ユウタくんは、そのおばあさんの話を聞いてシェルターを抜け出したんですよね? 彼の足取りの手掛かりとなるかもしれないですよ」
それもあるが、俺が本当に訊きたいのは『世界樹』の情報。ここに入る前に門衛と子供が揉めていた時に、そんな言葉が出ていたと思う。
「アボシさんは、北からの避難民なんだよ。茨城から来たと言っていた。世界がこんなことになる前は占いで生計を立てていたらしい」
「そのアボシ……さんはユウタくんに何を吹き込んだんですか?」
「彼女は北で『世界樹』を見かけたと言っていたよ。すべてが黄金色に輝く、巨大な樹木だそうだ。その樹液を持ち帰れば万病に効くと」
もし俺が異世界帰りでなければ「そんなバカな話はあるものか」と切り捨てただろう。だが、俺の記憶にある、それと似た樹木を思い出す。
『魔法樹はこの世界でも七不思議の一つに数えられる存在ですよ』
リリア姫がそんなことを言っていた。あの樹木は、あの世界では確かに存在していたのだ。
「まるでお伽噺ですね」
小春がそんな感想を抱く。だが一瞬、こちらに視線を送った彼女。もしかしたら俺が話した魔法樹のことを覚えていたのかもしれない。
「その世界樹……ってのが、茨城の方にあるってことですか? その樹液を取りにユウタくんはシェルターを抜け出したと?」
「そういうことだ。子供だから信じてしまうのも仕方がないが……あのばあさんにはキツく言っとかないと」
リーダーとしては、住民を惑わす頭の痛い存在なのだろう。
「ちなみになんですが、ユウタくんの妹さんの病気ってどんな具合なんですか?」
「リンパ腫だそうだ。きちんとした設備のある病院で治療すれば生存率7割だというが……」
ここが終末世界でなければ助かった可能性が高い。しかしながら、このままシェルターにいたら長くはないのかもしれない。
「そうですか。だからユウタくんは……」
奇跡に頼るしかない。それがどんなに非科学的で、くだらない妄想であっても。
「そうだな。我々もユウタを責められない。見つけたら怒らないでやってくれないか」
「それはわかっています。妹思いの優しい子みたいですね」
「ああ……本来ならシェルター総出で捜索したいのだが……」
「わかっていますよ。ユウタくんはきっと見つかりますよ」
「頼んだぞ」
俺たちはそのままシェルターを出ると、行方不明の男の子を探しに行く。とりあえず大通りを北上した。
しばらく歩いていると、小春が遠慮がちに訊いてくる。
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