第9話 スローライフという目的


「おい?」


 不機嫌な顔で黙り込んだ小春に問いかける。


「そうですね。こういう非常時だから仕方が無いってのもあるんですが、シェルターのルールが厳しすぎて息苦しかったんですよ」

「それっておまえのワガママじゃ?」


 人類が滅亡しかかっているのだから、互助精神も必要だろう。


「他のシェルターでは我慢してましたよ。食事やトイレの回数を制限されてようが、肉体労働に借り出されようが」

「災害にあったときだって、そういう我慢を強いられるよな。ましてやゾンビが徘徊する世界だし」

「言ったじゃないですか、それまでのシェルターは居心地は悪くはなかったです。だけど2つめのシェルターが壊滅して、本八幡もとやわたまで来たんですけど、逃げ込んだシェルターが最悪でした」

「最悪?」

本八幡もとやわたのシェルターはリーダーに権力が集中していて、彼に逆らう男は殺されるか、良くても身ぐるみ剥がされて追放。食糧も娯楽品も独り占めですよ」

「ある意味独裁国家だな」

「そうなんですよ。あげくの果てに、女性は自分のお気に入りの子だけ部屋に閉じ込められて毎日一人ずつレイプされてました」

「まさか……」

「あたしも閉じ込められてましたけど、あんな奴に触られるのも嫌だったんで、なんとか逃げ出したんですよ」

「……エグいな」


 終末世界ということで、法も秩序もなくなっている。弱肉強食の世界になりつつあるってのは予想がついたが、たかだか1年でそこまでする共同体が出てきたのか。


「わたしは絶対に戻りませんからね!」


 ワガママじゃなかったな。そりゃ逃げ出して当然だ。


「悪かった。軽率な発言だったよ。そうだな、シェルターはそこだけじゃないんだよな?」

「他の人から聞いた話では、全国に千以上はそういう場所があるって」

「じゃあ、別の場所を探すか。人が集まれそうな場所を探していけばいいんだろ?」

「そうですけど……わたし、しばらくはあんまり拘束されたくないですね」

「ゾンビが徘徊してる世界なんだから、一人は危険だぞ」

「わかってます。でも、先輩からもらったこの指輪があれば」


 そういや、彼女の指にあるのは物理防御のマジックアイテム。たしかに彼女一人でも危なくはないか。


 とはいっても、攻撃力は皆無であるから、ある程度鍛えてやらないと一人にするのは心配だ。


 でも、彼女に気持ちも考えず、無理矢理一緒にいようとするのもよくないか?


「どうする? 明日から別行動をとるか?」

「先輩はどうするんですか?」

「とりあえず、いろいろと情報が知りたい。その情報をもとに、安全な拠点を作ってスローライフでもしたいな」


 異世界帰りの俺に必要なのは休養だからな。当初の予定では、しばらく家に引きこもるつもりだったのだから。


「え? ゾンビ相手に無双しまくるんじゃないんですか?」

「そんなん疲れるだけだって。そういうのは異世界だけでいいよ。せっかくこっちの世界に帰ってきたんだから、ゆっくりしたいって」


 そもそも、失恋の心を癒すために戻ってきたのだ。


「ゆっくりですか」

「そう。スローライフに最適な理想郷でもあればいいんだけどなぁ」


 そんな場所はないだろうと思いつつも、言葉にしてしまう。


「あ、だったら、わたしのおじいちゃんに行きませんか?」

「え?」

「去年の9月に亡くなって、その土地を母が相続するはずだったんです」

「そうなんだ」


 その母親も逃げる最中で行方不明になったんだっけ。30代後半らしいので、ゾンビ化している可能性は低い。


「もしかしたら、母もそこに向かっている可能性もあります。自給自足の生活に憧れていたところもありますし」

「農家でもやってたのか?」

「ええ、祖父は甘藷かんしょ農園をやっていたみたいで、広大な畑があるんですよ」


 甘藷っていうとサツマイモか。初心者でも育てやすい作物だし、栄養価はそれなりに高いな。ゾンビの対策さえできれば、農園もうまくいくだろう。


「ちなみに、小春の祖父の家ってどこにあるんだ」

「大洗です。茨城県の」


 ふと、こんなことを思い出す。


 『常世の国のようだ』と言われた場所。それは茨城県にあったと聞いたことがある。奈良時代に編纂された『常陸国風土記』だったっけ?


 『土地広く、土が肥え、海山の産物もよくとれ、人びとと豊かに暮らし、常世の国のようだ』という記されていたと思う。


 まあ、昔の話だけどな。


 都市部で旧世界の遺物を漁って暮らすのも限度がある。生産もせず、消費だけの生活なんて破滅するだけだ。


 これから生きていくのであれば自給自足を見据えて農業もやっていかなくてはならないだろう。だったら、スローライフには最適な土地ではないか。


「常世の国かぁ。俺の理想郷計画にいい場所かもな。付いてっていいのか?」

「え? いいんですか?」


 小春は驚いたような、まんまるな目で俺を見返す。


「おまえが誘ったんだろうが?」

「まさか、一緒に来てくれるなんて思いませんでした。昔の先輩だったら『一人で行けよ』ってあしらわれたでしょうから」


 それは否定しない。だけど、今の俺はあれから12年も成長した大人でもある。この子を一人で放り出すのは、さすがに心が痛むよ。


「いくら指輪の力で頑丈になったとはいえ、おまえ攻撃力はないだろ。ゾンビに囲まれて逃げ損ねたら防御魔法の魔力切れで詰みだ。そうならないように俺が守ってやるよ」

「やったー! 実は先輩にお願いしようと思っていたんですよ。わたしのボディーガードを」

「ゾンビなんて、コツをつかめば素手でも倒せそうだけどな。無敵の防御チートがあるんだから、小春には一人でも戦闘ができるようになってもらうぞ」


 いつまで俺が一緒に入れるか、わからない。彼女には一人でも生きていけるすべを教えるべきだ。


「あーん、かわいい女の子に戦わせようとするんですか?」

「そこは『かわいい』じゃなくて『かよわい』じゃないのか?」

「いいじゃないですか。女の子は自分をかわいいと思いたいものですよ」

「そうなのか? なんか話ズレてるような気もするが」

「先輩はわたしのこと……どう見ているんですか?」

「どうって?」

「だから、わたしに対する……その評価です」


 質問の意味がよくわからなくて適当に答える。


「普通だろ?」


 俺のその答えに、小春は落ち込んだように肩を落とす。


「まあ、そうですね。先輩に言われると腹も立ちますが、そこは認めましょう」

「おいおい、なんか話がズレまくってるぞ」

「なんの話してましたっけ?」


 すっとぼけた顔で、小春はそんなことを言う。


「小春を鍛える話だよ」

「痛いのは嫌いです」

「その指輪があれば痛くないって」

「そうでしたね。でも、だったら鍛える必要ないのでは?」

「だから、そのアイテムは防御しかできない。攻撃手段がないんだ。あとは、おまけでテイムスキルが付いてるけど……」

「テイム? 動物とかを手懐けられるんですよね?」


 ラノベ好きの小春なら、詳しく説明をする必要はないだろう。


「まあ、そうだが」

「それなら、わたしを守ってくれる動物をテイムすれば」

「おまえ、熊でもテイムする気か?」

「熊なんて千葉にはいませんよ。そこは、せめて犬じゃないですか? あ、でも、わたし猫派なんですけど」

「そんな小動物、役に立たないだろ。そんなことより、俺が鍛えてやるよ。囲まれたら戦うしか選択肢はないからな」

「スパルタですね」

「異世界帰りだからさ」

「関係あるんですか?」

「それだけ人の死を見てきてるんだよ。俺より強かった仲間が、ちょっとした油断で殺される。そんな世界なんだよ」

「でも、戦うなんて、ちょっと怖いです」

「怖いのは仕方ないよ。誰だって死ぬのは嫌だ。でもな、戦わなければ無条件で死が待っている」


 あれ? 今の言葉は俺がヘレンから言われた言葉だ。まさか、自分がこれを言う立場になるとは。


 とにかく、北上するという目的もできた。そして、叶うなら理想郷を作りたいものだな。


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