第8話 小春のサバイバル・クッキング
中は2LDKの間取りの部屋だ。玄関は入ってすぐにリビングダイニングが見える。部屋の中は綺麗な感じだった。ミニマリストが住んでいた感じがする、物の少ない部屋であった。
ベランダはかなり広い。これなら、そこでたき火もできそうだ。ベランダというか、ルーフバルコニーと言った方が正確である。最上階なので屋根のない作りだ。
「鍵はかけておけよ。誰かが入ってくるかもしれないから」
後ろから来る小春に、そう指示をする。まあ、ゾンビより今は人間の方が怖い。
「そうですね。先輩の方が信用できそうですから」
小春はそう返事をして苦笑いする。
「少し早いけど夕食にするか?」
「ええ、先輩、ガスコンロとか見つけてきたんですか?」
「いや、さすがにそういう類のは無くなっていたよ」
「じゃあ、乾物系ですか?」
「いちおう米持ってきたし、たき火でも起こそうかと」
「ここでたき火ですか?」
「ここのバルコニーなら、いけそうだろ?」
床はコンクリだし、天井はないし、屋上に似た感じの作りだ。
「ああ、なるほど。それもいいですね」
「異世界じゃ、たき火なんて日常だったからな」
俺は荷物を置くと、ナタを持って一度マンションの外に出て、適当な木材と石を取りに行く。
そして、数十分かけて簡易的な石かまどを作りあげ、火をおこす。
「
「……」
小春がなぜかジト目で俺を見る。
「なんだよ?」
「いやぁ、先輩のそれってある意味チートなぁと思いまして」
「チート? ただの基本魔法だぞ」
「だって、火起こしっってけっこう手間で、失敗すること多いんですよ。シェルターでも火起こし当番とかあって、億劫でしたから」
そう言われても……。
「これが異世界の日常だったからなぁ」
「先輩の行ってた異世界って、もしかして平和な頃の現代社会より便利だったんじゃないですか?」
「いや、それはないだろ。水洗便所はなかったし、風呂だって王都以外じゃ入れなかったよ」
「じゃあ、今の終末世界であれば、異世界の方が便利ですよね? わたし異世界に移住したいなぁ」
「あっちはあっちで大変なんだよ。未だに封建社会だし、多くの貴族は特権階級意識が強いよ。それに、こっちはゾンビだけかもしれないけど、向こうは普通に魔物がうろうろしているからな。危険度は高いって」
「わたしも魔法が使えればなぁ」
小春のその言葉を、即座に否定できない俺がいた。
「……」
「あれ? もしかして使えるんですか?」
「それに関してはなんとも言えない。本来なら俺も、この世界では魔法を使えないはずなんだよ」
リリア姫にそう言われて送り出されたんだ。
「使えてますよね」
「うん。それが謎なんだ」
「異世界で使えていたのに?」
「そもそも、この世界には魔力は存在しないはずなんだよ。それがなぜか存在している」
「異世界に居たときの魔力が体内に残っているんじゃなくて?」
「それだけなら減る一方で魔法は使えなくなる。けど、感覚的にわかるんだよ。魔力は回復しているって」
「うーん、不思議ですね」
情報が圧倒的に不足しているのが現状。
「まあ、今、それを考えても仕方ないよ。とりあえず飯でも作ろうか」
俺はバックパックに入っていた『米』と『2リットルの水』と『メスティン』を取り出す。メスティンはアウトドアで米を炊くのに使う、アルミ製の箱型の飯ごうだ。
「あ、先輩。メスティンで炊くのはやめた方がいいですよ」
せっかく飯盒炊きしようとセッティングしている俺に、小春がそんなことを言い出す。
「どうしてだ?」
「あとで洗う時に水が必要じゃないですか。終末世界では水は貴重ですからね」
そういや異世界では調理用の器具は川で洗っていたっけ。ここらへんの川は汚いし、飲み水どころか食器類を洗うのにも向いていない。
蛇口をひねれば水が出る世界ではなくなったのだ。
「じゃあ、どうするんだ? メスティンは使い捨てか?」
「それはもったいないですよ。こういうときのために、これを持ってきたんですから」
そう言って小春はポリ袋を取り出す。
「袋? それで米を炊くのか?」
「そうです。これに米1合入れて、水は200ccよりちょっと多いくらいかな。炊飯器なみにとはいきませんが」
「災害飯って感じだな」
俺がそう感心していると、小春が指示を出してくる。
「先輩はメスティンじゃなくて、この鍋に水をはって沸騰させておいてください」
小春が指差す場所には、いつの間にか大きな鍋が置いてあった。たぶん、俺が木を切りに行っているときに台所あたりで見つけたのだろう。
「お、おう」
「あと、ご飯だけじゃ物足りないんで、おかずは缶詰ですけど、せっかくお湯を沸かすんで暖めましょうか」
「爆発しないのか?」
「沸騰状態でなければ大丈夫ですよ。米が炊けたあとに鍋を火から下ろして、そのお湯の中に缶詰を入れておけばいいんです。モールでサバ缶を見つけましたし、冷たいままよりはおいしくなりますよ」
温かい飯が食えるというのはそれだけでテンションが上がる。昼はチョコレートバー一本だったからな。
「そうだな。お腹空いてきたよ」
「沸騰したお湯の残りは紙コップにインスタント味噌汁を入れて飲みましょう。見つけてきた奴は粉末タイプなんで、賞味期限が多少切れてても平気ですからね」
まあ、あくまで『賞味』の期限だからな。そもそも異世界では食品が食えるかどうかなんて、見た目や匂い、あとは勘で判断していたっけ。
そうして俺たちの夕食は出来上がった。
炊きたてご飯に暖めたサバ缶にインスタントの味噌汁という、チープな食事だがそれでも現代のものを食べるのは12年ぶりくらいになる。
「うまいなぁ」
しみじみとそう感想を漏らす。特に炊きたてのご飯は涙が出るほど美味い。炊飯器で炊けばもっと美味しいのだろうけど、それと遜色ないくらいの味である。
「そ、そうですか?」
「ありがとな。俺一人だったら、こんな食事は作れなかった」
「……」
小春が意味深に黙ると、俺の顔をじーっと見つめる。
「どうした?」
「そういえば、先輩って優しくなりましたよね」
「へ?」
「昔は、なんか変にトガってたっていうか、イキってたというか。絶対お礼なんて言わないタイプでしたよ」
「まあ、そういうお年頃だったんだよ」
過去の自分が恥ずかしくなる。黒歴史は苦笑いしか浮かばない。
「でも、たった1年で性格は変わるもんなんですね」
「……」
そういえば、異世界に行ってたと言っただけで、きちんと説明はしていなかったか。
うーん……本当のことを言うべきか?
「え? なんでそこ、黙るんですか?」
小春が不思議そうな顔でこちらを見上げる。
「いや、こちらの時間では1年だけど、向こうにいたのは12年なんだよ」
「12年……先輩、中身はアラサーのおっさんだったんですか?」
瞬時に俺の年齢を計算してツッコミを入れる小春。こいつ、頭の回転だけは速かったよな。
「まあ、いろいろあったんだよ」
「そのわりには老けてませんね」
俺の顔をマジマジと見つめてくる小春。近いな……思わず顔を逸らしてしまう。中身がおっさんの俺にとっては、この子は10歳以上離れた子供なんだよなぁ。
「戻ってきたこの時間軸に、身体を合わせたんだとよ」
「誰がですか?」
「俺を帰してくれた大魔法使いさまにだよ」
リリアの顔を思い出す。そして、少し胸が痛くなる。想いを告げられなかった片思いの相手でもあるからな。
「へぇー、律儀に帰還させてくれる異世界召喚もあるんですね。先輩、その話聞きたいです」
「大魔法使いの話か?」
「それだけじゃなくて、異世界の話を聞かせて下さいよ」
「小春は異世界ものが好きだったからなぁ」
食事をしながら、俺は異世界での思い出話を語った。多少、話を盛ってしまったが、だいたいは合ってるはずだ。
小一時間ほど語り、元世界へと帰還したというオチまで話す。
「あはは。先輩の話、面白かったです。『事実は小説より奇なり』って言いますよね。というか、ほとんどラノベみたいじゃんって思って聞いてましたけど」
「まあ、たしかにそうなんだけどな」
異世界召喚の時点でライトノベルレーベルの中高生向けファンタジーだよな。最終的には魔王討伐だから、これも否定できない。
「先輩って、その手の異世界ファンタジーってお嫌いじゃありませんでしたっけ?」
「う……」
そういや、こいつとはその話題で衝突したこともあったよな。俺は昔、ガチガチの文芸派で高二病だった。それで嫌われていたのを覚えている。
「どうでしたか? 異世界は」
そう言われても一言じゃ言い表せない。
「……」
「楽しかったんじゃないですか?」
そう詰め寄られて、本音を漏らす。
「まあ、楽しかったよ」
「あれ? 簡単に認めちゃいましたね」
「俺も大人になったんだよ。それに、あの世界は創作じゃないからな」
苦しい言い訳だ。
「いいなぁ、わたしも行きたかったなぁ」
「おまえが行ったら、雑魚魔物に即行で殺されるぞ」
「えー!? 先輩みたいなチート魔法使えるんでしょ?」
「話しただろ。俺は最初は魔法すら使えなくて、先輩の冒険者からもらったマジックアイテムで、なんとか身を守っていたんだから」
その一つが、小春の持っているヴァジュラの指輪だ。
「そういえばそうでしたね。適性がクレリックだっただけですもんね。わたしが異世界に行ったら、どんな適性があったんでしょうか?」
「知らねーよ。それよりもだ。俺はきちんと話したんだから、今度はおまえの事情を聞かせてくれ。シェルターで何があった?」
「……」
何か嫌な事を思い出したかのように、小春の眉間に皺が寄っていく。
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