第6話 ゾンビ化の謎
「なるほど、鍵は活性酸素か」
「活性酸素? ああ、もしかして抗酸化作用が低下すると感染しやすくなるってことですかね?」
さすが創作仲間。雑学は適度に仕入れているようなので、頭の回転は速い。
「年をとるほど抗酸化作用が低下するからな。50歳以上の感染率が高いのも頷ける」
「なるほど、いろいろと納得いきます」
「でも、若いからって不摂生してたら感染するんだから、気は抜けないぞ」
「そうですよね。シェルターでの食事って、インスタントとか多いですしヤバいですよね。わたし3箇所くらい見てきましたが、どこも食糧事情は厳しいですから」
「そうなると、ゾンビがいないところで自給自足で暮らすのが一番だよな」
やはり、どこか人の少なそうな土地でスローライフをするのが最善だろう。ここまで壊滅的な状況じゃ、国に助けを求めるのも絶望的なのだ。
「シェルターも食糧問題は、かなり余裕がないみたいですからね」
「そういえばシェルターってのは、どういうところなんだ?」
3箇所のシェルターを渡り歩いたみたいな言い方だったけど、こいつの性格から馴染めない場所が多かったってことか?
「基本的にはゾンビから逃げてきた人たちの避難所ですね。よく災害が起きたときに、学校とかがそういう場所になるじゃないですか」
「まあ、ゾンビみたいな危険な奴ら街をうろうろしているのなら、避難所に固まって暮らす方がいい」
「最初はわたしも自宅で様子を見ながら暮らしていたんですよ。その時は母もいましたし。けど、食べものとか無くなってきて、近くのシェルターで避難民を受け入れるって聞いてそこに移動したんです。浦安のシェルターですね。ビッグブリッチって呼ばれてました」
「ビッグブリッチ?」
「なんか、シェルターの名前には法則性があるみたいで、リーダーの名前を英語読みするんですよ」
「もしかして、大橋さんがリーダーってことか?」
「はい。面白いですよね」
「前のシェルターは居心地が良くなかったのか?」
小春と会ったのは本八幡で、浦安からは少し離れている。何かトラブルでもあったのかな?
「いえ、快適でしたよ。リーダーの大橋さんも頼もしくて優しい方でしたし、母も側にいましたからね」
「でも、そこを出る事になったんだろ? 何があったんだ?」
「半年くらいは平気だったんですよ。けど、ある日、ゾンビの大軍が襲ってきたんです」
経験はないが、その状況が目に浮かぶのは、その手の創作物に触れているせいであろう。
「大軍? どれくらいの規模なんだ?」
「そうですね。千……いえ、その倍くらいかな。学校裏は金網だったんで、大量のゾンビになだれ込んできて、あっという間にみんな襲われました」
「小春はどうしたんだ?」
「運動部の部室に逃げ込んで、そこにロッカーがあったから隠れたんです」
「母親も一緒だったのか?」
「いえ、もうみんなパニック状態で、訳がわからず逃げ出した感じですから。気付いた時には、はぐれていました」
「小春はゾンビには見つからなかったのか?」
「一晩息を殺して隠れて、朝になったらゾンビの数も少なくなっていて、隙を見て逃げ出したんです」
「すげえな」
悪運が強いというのか、それとも単純にかくれんぼが上手いのか。
「そこから母を探しながら行徳のシェルターに辿り着きました。ここはビッグマウンドって呼ばれてましたね」
「リーダーは大丘さん……いや、大塚さんか」
「当たりです。ここには1ヶ月ほどいました。けど、またゾンビの襲撃にあったんです」
「おいおい、まるで百鬼夜行かスタンピートみたいな感じだな」
どちらも大量の魔物が列をなして同じ方向へと進んでいくというものだ。
「大塚さんは『ホード』って言ってましたよ」
ホード? そういや、ゾンビを題材にしたゲームにそんな感じのイベントがあったな。
7日ごとにゾンビが襲来してくるというギミックだ。正確には『フェラルホード』と呼んでいた。
「まさか、ホードの日は月が赤くなるとかそんな状態じゃないよな?」
ゲーム内だと、そんな設定だ。
「よくご存じで。そうなんですよ。気持ちの悪いくらいに月が真っ赤になるんです。そして、22時になると、どこからともなくゾンビたちが集まって一斉に襲って来るんです。でも、朝の4時になると活発化したゾンビたちの動きは鈍くなります」
時間もぴったりゲーム通りじゃねえか。
「大塚さんっていうリーダーがその事を知っていたということは、そのシェルターはホードをやり過ごした経験があったってことだよな?」
「いえ、避難してきた人の情報からそう名付けたそうです。その時点でビッグマウンドは、襲撃を受けてなかったそうです」
「でも、小春が来たら襲撃が起きたんだろ?」
俺は半分冗談っぽい口調で疑いの目を向ける。
「言っておきますけど、わたしがゾンビを引き寄せているわけじゃないですからね。襲撃を受けたことがある他所のシェルターからの避難民もいましたし、500メートル以内にシェルターが2つあったのに、片方にしか来なかったって証言もありました」
「つまり襲われるのはランダムなのか?」
「そう考える方が正解かと」
「結局、ビッグマウンドも襲われたんだよな?」
「ええ」
すげえな、二回の襲撃を生き残ってるのか。
「今はどこにいるんだ?」
「
リーダーは岩上かな。
「そこはまだ襲われていないんだろ?」
「ええ」
「じゃあ、なんで一人で行動していたんだ? 物資の調達でもしていたのか?」
女の子一人でやらせるってのも不自然なんだが。
「いえ……」
俯いて、元気が無くなる小春。
「シェルターまで送ってやるよ」
そこに行けば食糧を分けて貰えるし、小春が知っている以外の情報も手に入るだろう。
「……」
俺は立ち上がると、無言のままの小春に声をかける。
「よし、行こう。俺もこの世界に戻ったばかりで情報が欲しかったんだ」
俺の言葉に、小春は自分の身体を抱えるように腕を組み、真っ青な顔になりながらこう答えた。
「わたしは行きません。先輩一人で行ってきてください」
「でも、さっきみたいにゾンビに囲まれたらヤバいだろ。それに小春が住んでいるシェルターじゃないのか?」
「わたしはもう、あそこには戻りたくありません!」
強い拒絶の口調。恐れているというより、彼女は不機嫌な顔をしていた。
「何があったんだ?」
**
話を聞こうと思ったが、ゾンビが集まりはじめたので場所を移動する。
それに、シェルターに行けなくなったので2人分の食糧をどこかで調達しないとならない。
「たしか東に行けばモールがあったな」
本八幡駅から下総中山駅へと行く途中に、中規模のショッピングモールがあったはずだ。これだけゾンビの危険性もあるのだから、隅から隅まで漁られているわけでもないだろう。
何かしら残っていればいい。
「あー、それなら、ショップで新しい服に替えようかな。これ、もう2週間くらい着ているやつなんで」
小春がそんなことを呟く。緊張感のない台詞だな。
「食糧品ならまあ、緊急事態だから持ち出すのはわかるけど、日用品を勝手に持っていっていいのか?」
「経営者なんて、すでにゾンビ化しているかお亡くなりになっていますよ。それに、もう国家自体が崩壊して法律が通用しない無法地帯になりつつあるんです」
小春の言うことも納得できる。
盗みはしたくないから、借用書みたいなのを書いて店に置いておくという方法もあるが、ほとんど自己満足でしかない。
一部の地域の災害と違って、崩壊した国家がサポートしてくれるはずもなく、遺物と化した日用品は朽ち果てる前に利用するのが賢い方法だ。
必要な分を必要なだけ拝借する分には問題ないという考えは、生き残った人類には共通の事なのだろう。
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