第5話 異世界からのマジックアイテム返却


「先輩! 先輩!」


 目の前の小春がなにか騒いでいる。


 そうか、彼女の手を握ったままだったからな。まあ、10代の女の子だし、そういうのを気にするのだろう。


「悪い」


 そう言って手を離すが、彼女はその左手をこちらに向けて、こう告げる。


「先輩、これどういうことですか? いつの間にか指輪がはまってるんですけど、これも先輩の手品……いえ、魔法なんですか?」

「え?」


 彼女の手には、俺が異世界に置いてきたアイテムの一つがあった。


 もう一度、彼女の手を掴んで指をマジマジと見る。それはたしかに、俺が所持していたヴァジュラの指輪だった。


「これは俺が異世界で使っていたアイテムだ」

「どういうことですか?」

「いや、俺にもわからん」


 何が起きているのかは、俺が一番知りたいところだ。


「先輩は意図的に、わたしの手にはめたんじゃなくて?」

「これに関しては魔法でもなんでもない。俺にも専門外の出来事だよ」

「なーんだ」


 彼女は、俺の手を振り払うように左手を引っ込めるとこう呟く。


「婚約指輪でも、はめられたのかと思っちゃいましたよ」


 小春はこちらを見上げながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「な、そんなわけないだろ!」


 思わず強く反論してしまう。


「ま、いいんですけどね。そもそも、この世界は、ゾンビが出現しておかしくなっています。先輩が魔法使えたり、先輩の常識をも超える出来事が起こっても不思議じゃないですよ」


 その時、ふいに地面が揺れ始めた。


「地震か?」


 異世界では、ほとんど地揺れというものを経験してこなかった。なので、久々の感覚に焦ってしまう。わりと大きめか?


「震度4くらいですかね? 先輩、地震怖いんですか?」


 そういや地震なんて、日本じゃめずらしい事じゃなかった。動揺した顔を見られたのか、小春が笑ってる。


「そんなわけないだろ? とりあえず移動するぞ。またゾンビが寄ってくるかもしれないからな」


 たかだか地震で焦った自分が恥ずかしくなって、彼女に背を向けてさっさと歩き出す。


 だが、数歩歩いたところで小春の小さな悲鳴が聞こえる。


「あっ!」


 異変に気付き振り返ると、彼女の頭上にはビルに備え付けられていた大きな看板が落下するところだった。


「ホーリーク――」


 物理防御の呪文が間に合わない。


「キャー!」


 頭を抑えてうずくまる小春に、看板が直撃した。


小春こはる!」


 急いで近寄る。ケガぐらいなら俺の治癒魔法で回復できる。けど、即死だったら……。


「あれ? 先輩。痛くないです」


 そこには、何事もなかったように平然とした顔でこちらを見る彼女の姿があった。


 そういや彼女の指にはヴァジュラの指輪がはまっていたっけ。


 あれは本当に俺が異世界に置いてきたものと同じものなのか?


 たしか自動で発動して、一定時間物理防御の魔法がかかるはず。


小春こはる、大丈夫だよな?」

「ええ、まったく衝撃も感じませんでした。血も出てないみたいだし」


 彼女は自分の頭を触って、その手のひらを確認していた。


「その指輪のおかげだな」


 俺はほっとして緊張感から解放される。


 こんなところで唯一の知り合いを死なせるのはトラウマものだからな。


 異世界に居たときは、助けたくても助けられない仲間がたくさんいたのだ。


「そういえば、これって何なんですか?」


 小春が指輪をこちらに向けて聞いてくる。


「俺が異世界に置いてきたはずだったマジックアイテムだよ。効果は物理防御魔法が自動で発動するやつだ」

「おお、チートアイテムじゃないですか」


 感心したかのように目を丸くする彼女。


「あの世界じゃチートでもなんでもないけどな。永久に魔法が持続するわけでもないし、あくまでも一時的な効果だよ。本来は前衛が使うものなんだ」

「それでもすごいです。けれど、これ、先輩の物だったんですよね? お返しした方がいいですか?」

「いや、俺はすでに神聖魔法で同等の効果の魔法を習得している。それは小春こはるが持ってろ。その指輪があれば命拾いすることもあるはずだ」

「ありがとうございま-す。先輩からの指輪大切にしますね。あ、左手の薬指に付けた方がいいですか?」


 過剰に演技がかった物言いに、俺は即座にツッコミを入れる。


「婚約指輪じゃねーからな!」

「あはは。別にそれでもいいですけどね」


 好感度マックスのフリはやめろ。そもそも、おまえは俺のことを嫌っていたはずだ。


「何言ってるんだ?」

「あはは、冗談ですよ。今の先輩って、なんだか『からかいたくなる』感じなんですよね」


 やっぱりな。こいつの性格は昔と変わらない。まあ、変わったのは俺の方か。


「勘弁してくれよぉ」

「あはははは。先輩の顔、面白いです」


 からかわれているというのに、不思議と怒りは沸いてこない。昔の俺だったらめちゃくちゃ不機嫌になってキレまくっていたと思う。


「一度落ち着こう。そういや、俺は小春こはるに聞きたいことがあったんだ」

「なんですか?」

「俺がいなくなっている間に、この世界で何があったんだ?」




**



 公園を見つけてベンチに座る。今のところ周りにゾンビの気配はなかった。


 小春はゆっくりと、この世界のことを話し始める。


「始まりは去年の9月にでした。アメリカのアリゾナ砂漠で隕石が見つかったんです。10メートルほどの巨大なものでした」


 小春の言い方に、何か引っかかりを感じる。


「見つかった? 落ちたじゃなくて?」


 隕石というのは地球外からやってくるものだ。大気にさらされ、熱を帯びて燃えることもある。そうなれば流れ星として認識されるのが一般的だ。


「落ちてくる様子も、落下の瞬間も誰も見てないんです。今ならスマホで映像も残せるってのに、不思議ですよね」


 誰も見てなかったとしても、落下時の衝撃波で周辺にだいぶ被害がでるはずだ。場所が誰もいない砂漠だったのが幸いしたのか?


「それで?」

「さらに、スペインのタベルナス砂漠と、中国のゴビ砂漠でも同様の隕石が見つかったそうです。こちらも落下の瞬間は捉えられていません」

「……」


 不可解だな。それはまるで落下ではなく、瞬間的にどこからか転移したかのようにも思える。


「それから1ヶ月して、世界中で感染症と思われる病気が増え始めたんですよ」

「感染症?」

「当初は致死率80%のウイルスだって言われてました。急速に広がりだしたことで、各国がロックダウンするまでの緊急事態に陥ったんです」

「その隕石に関係あるのか?」

「さあ、よくわかりません。感染症患者が増え始めたのは隕石が落ちた近くってわけでもないんですよ」

「ん? でも……待てよ。致死率がそれだけ高いなら、感染する前に宿主を死に至らしめる。急速に広がるなんてことはありえないはずだが」


 感染が拡大しやすいのは致死率が低い場合だ。一般的に毒性が強いと患者が死ぬため、ウイルスの感染が広がりにくい。


「そうなんですけどね。でも、実際はすごい勢いで全世界に広がっていったんです。だって、その感染症は死ぬと、かなりの確率でゾンビになるんですよ」

「ゾンビって、さっきいた奴らか?」

「はい。身体が腐らないんで、若干ゾンビ感は薄いんですけど。会話ができないどころか、動きは完全に人間ではありませんからね」


 つまり、そのウイルスは宿主を殺してもその場に止まらず、移動するということか。


「ワクチンは作られなかったのか?」

「各国で頑張ってたみたいなんですが、完成する前に国自体が崩壊しちゃったんですよ。この国だけじゃなく」

「アメリカもヨーロッパも?」

「ついでいえばアジア圏も中東もです。ワクチンを作れそうな大国は壊滅状態ですね」

「それだけ致死率が高いのに、小春、おまえは大丈夫なのか?」


 心配になってくる。もしかして、俺たちは既に感染しているのではないか?


「そのことについては、1つわかっていることがあるんです」

「わかっていること?」

「感染者の9割以上は50歳以上の大人です。まあ、これがたぶん、それぞれの国の政治体系を壊滅させた原因とも言えるでしょう」


 そうか、政府中枢の人間はほとんど50歳以上だ。特に政権与党で役職についている政治家は高齢である。


 先進国ほど壊滅的なダメージを受けているということか。逆に、平均寿命の短い小国ほど、生き残っている可能性が高い。



「となると、世界全体では、それなりの人数は生き残っているのか?」

「ええ、人から聞いた話ですが、人類の4割くらいは残っているのではないかと」


 それでも4割か。これだけ世界が混乱すれば、感染以外での死亡なんてこともありえるのだろう。


「ゾンビ……その感染症患者の末路について、他にわかっていることはないのか?」


 例えば俺が見たゾンビは、赤いスライムのような寄生生物に身体を乗っ取られていた。


「ゾンビは人を襲いますね。たぶん、食糧として見ているんじゃないですか。襲われて逃げ損ねた人たちはみんな食われてましたから」


 そこは予想通りというか、ゾンビにありがちなテンプレ的な事象であった。


 ここに来る途中の車にあった死体が、綺麗に白骨化していたのはそれが原因か。たぶん、ゾンビに肉を食べ尽くされたからなのだろう。


「ゾンビに噛まれて、そこから感染ってのは?」


 空気感染しないのなら、直接患部にウイルスを仕込まれるって場合もある。


「ありますね。感染したら傷口が真っ赤に膨れあがり、その後24時間以内にゾンビ化します。ゾンビ化直前には身体が痙攣し始めて、白眼を向くのでわかりやすいですね」

「かなり危険だな」

「けど、基本的には50歳以下の人間は、かかりにくいって言われていますよ」

「100%感染しないわけじゃないんだろ」

「そうですね。若くても、不摂生で感染症にかかってゾンビになったって方がよく聞きます」

「不摂生?」

「たばこやアルコールを大量に摂取したり、スナック菓子とかインスタントラーメンばかり食べていると感染しやすいって話です」


 ん? 不摂生? 感染症とどんな繋がりがあるんだ?


 いや……昔、創作に使えればと漁った雑学に、これと合致する事例があったはず。


「紫外線、過度の運動とかもか?」

「そうです。日焼けするのもよくないし、適度に身体を動かすのはいいですけど、身体に負担がかかるような運動はよくないって。それで身体が弱っていると、若くてもゾンビ化するんです」


 今のヒントで俺の中で答えが合致する。


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