第3話 少女を助ける


 目の前にあるのは千葉県のJR本八幡もとやわた駅。


 川を越えて西へと一駅行けば都内に入り、東へ少し歩けば『中規模のショッピングモール』もある。


 どちらも人が集まる場所なだけに、どちらに向かおうか悩む。


 とはいえ、まずは駅周辺の探索かな?


 周辺の建物自体は、どれも壊れている部分もなく、単純に人がいなくなった不気味な街といったところだ。


 そのどこかに隠れている人間がいるかもしれない。だから、丁寧に探索していこう。


 今の俺にはゾンビ程度なら、やられることはないと思う。


 魔法が使えるのなら、とっさの盾の聖盾召喚ホーリー・シールドや、自身に魔法の鎧を纏う聖衣蒸着ホーリー・クロス、囲まれた時には聖光一掃ホーリー・ライトで敵を退散させればいい。


 グゥーと、お腹が鳴る。


「腹減ったな。そういや昼ご飯は食ってなかったっけ」


 そんな独り言で腹の虫を誤魔化しながら、駅近くのスーパーマーケットへと足を踏み入れる。


 と同時に、俺の勘が警鐘を鳴らした。


 魔物の気配?


「あ……あああぁああ!」

「うあああ……あうあうあ」


 60代くらいの男女が、奥の方からこちらへ向かってくる。


 さきほどのゾンビのような俊敏さはないようで、おぼつかない足取りで歩いてくる。まさに、ゾンビ映画で見かけるようなスローな動きをしていた。


 最初に見た奴もそうだが、こいつらは俺自身が持っているゾンビのイメージである『腐った死体』とは違っていた。


 肌の感じは生きている人間と変わらない。動きだけがおかしいのだ。


 高齢ではあるが、痴呆症というわけでもなさそうである。


 さて、ゾンビであるなら倒すのに遠慮はいらない。他の魔法の方を試してみるか。


 といっても、俺が使えるのは神聖魔法とわずかな攻撃魔法のみ。異世界では後衛で回復役だったから、ソロでの行動なんて久々だ。


聖槍ホーリー・ランス!」


 呪文を唱えると金色に輝く魔法の槍が現れ、狙った方向へと飛んでいく。そして、男のゾンビの胸を貫いた。


 だが、ゾンビは手足をバタバタさせながら、その場でもがくように動いている。


「やっぱりゾンビというと弱点は頭かな? 聖槍ホーリー・ランス!」


 今度は頭に向けて魔法の槍を放った。


「ぐあ!」


 呻き声を上げて、男ゾンビの動きが止まる。そして、その瞬間にジュワーっという音とともにゾンビが粒子化して崩れた。


 なるほど、倒せば遺体は残らないのか。……いや、もうすでに死んでいるんだったな。


 さて、残りの一人の女ゾンビに、別の魔法を試してみよう。


高等治癒ハイ・ヒール!」


 これは、本来なら仲間にかけるような回復魔法だ。ガンすら治せる治癒系の上位魔法である。だが、一部のアンデッドにはダメージを与えるというのが、俺の元いた異世界での魔法効果だった。


「あう……あああああああ?」


 女ゾンビはクビを傾げるような素振りをしながらも、こちらへの歩みを止めない。


 さすがに、そんなに単純じゃないか。


「だったら、聖衣蒸着ホーリー・クロス!」


 自身に魔法をかける。これは魔法の鎧で、物理攻撃を一定時間無効化するもの。もし、ゾンビに噛まれて感染するタイプであっても、俺自身は傷を負うことはない。


 聖盾召喚ホーリー・シールドの方が防御力は高いが、近接戦闘をしながらなら、こちらの方が使い勝手は良い。


「ガォオ!」


 女ゾンビが右腕に喰らいつく。が、俺にはまったくダメージがない。


「回復系を、もう一つ試させてもらうよ。解毒治癒キュア!」


 それは毒を排出する魔法。一部のアンデッドには効いたことがあったので、物は試しだった。接近しないと使えないのが短所ではある。


「ぐぇえ?」


 どうせ効かないだろうと思っていたら、ゾンビの動きが止まった。そして、急に鼻血を垂らし始める。


「え? どういうこと?」


 魔法をかけた俺が驚いてしまう。


「ぐああああああああ!!」


 女ゾンビが頭を抑えて叫ぶと同時に、完全に停止した。


 そして鼻から血のようなものたらりとこぼれ落ちる。それは床に血だまりを作り、その血は奥の方へと流れていった。


「倒したのか? いや、男ゾンビは倒したら粒子化して崩れたよな?」


 状況を把握できずに困惑する。



解毒治癒キュアの魔法がダメージを与えて、女ゾンビを倒したわけじゃないのか?」


 何か違和感を抱き、床を観察してみる。


 鼻から流れ出た血液がなくなっていた。奥に流れていったのではなく、これは逃げたと言った方がいいのだろうか?


 そうなるとあれは血液ではなく……スライムのような魔物か?


 さっきまで異世界にいたので、そんな考えが頭に浮かんでしまう。


「これって、ゾンビというよりは『死んだ人間に寄生しているナニか』だよな」


 もしかしてあのスライムが『本体』で人間に寄生しているのか?


 背筋がゾクリとする。


 いや、まだ答えを出すのは早い。圧倒的に情報が足りないのだ。


 魔力が存在している事に関しても、まったくわかっていないのだから。


 とりあえず、危機を脱したのでスーパーの中で物資を漁る。ここも、棚の半分以上の商品はなくなっていて、生鮮食品等は腐るか干からびて変色していた。


 唯一の食糧のチョコレートバーを一本見つけて、それを頬張る。


 久々に広がる甘さに、疲れが癒されるようだった。そういや、異世界って甘い食べものは少なかったからな。懐かしい味でもある。


 改めて周りを確認する。


 棚から食品類がなくなっているということは、生きている人間がどこかに避難していて、時々漁りにきているといったところか?


 生存者の痕跡なら希望が持てる。


 この廃墟の街を探すよりは、避難所を探した方がいいかもしれない。


 動きがトロいゾンビがほとんどなら、一般の人間にも対処しやすいだろうし、固まって暮らす方が安全なはずだ。


 探すとしたら避難所として機能しそうな場所だが……どこにある?


 あの程度のゾンビなら、周りを高い塀で囲まれている場所でも大丈夫だろう。動きは鈍いし、知能も低そうだからな。


「となると、災害時の定番な避難所としては『学校』か」


 歩いて10分くらいのところには、俺が卒業した中学もある。そこへと向かうことにした。




**



 目的地である中学校へと向かう途中で、人の悲鳴のようなものが聞こえる。


「いや! 来ないで!!」


 やはり学校のある方へと向かって正解だ。


 交差点の角を曲がると、そこには集団に囲まれている一人の少女がいた。


 一瞬、半グレ連中に絡まれているのかと思ったが、よく見れば動きが人間のそれではない。つまり、ゾンビだった。


 追い詰められている少女は10代くらいで、白いフレアの花柄スカートに、レースの付いたトップス。黒髪のボブカットの、少し華奢な感じの子だ。


 あの子を助けて話を聞けば、この世界の異変の事情がわかるだろう。


聖槍ホーリー・ランス!」


 彼女に一番近づいていたゾンビに魔法槍を飛ばす。もちろん、一発で弱点である頭を狙った。


 奇妙な音を立てて崩れ落ちるゾンビ。


 他のゾンビは、振り返るように俺のことを見る。残りはあと4匹か。


 そういや、まだ試していない魔法があったな。余裕があるときに使うべきだろう。


炎球ファイア・ボール!」


 これは神聖魔法ではない。異世界での仲間の一人から教わった属性攻撃魔法の一つだ。


 当たったゾンビは体中が燃え上がり、そのまま膝から崩れ落ちて黒焦げとなる。さらに身体が粒子化して崩れていった。


 この魔法もゾンビには有効なわけか。


「ならば、炎球ファイア・ボール炎球ファイア・ボール炎球ファイア・ボール


 残りのゾンビにも3連続で攻撃する。


 炎球ファイア・ボールは魔力と発動の仕方さえ覚えれば、異世界の人たちは誰でも使えるものだった。そして何よりも、魔力消費が少なくて済むという利点もある。


「大丈夫か?」


 俺は呆然としている少女に声をかける。


「えっと……あ!」


 振り返った少女と目が合う。わりと可愛い子だった。


 そして、驚きの表情で俺の顔をマジマジと見る。というか、なんか俺もこの子を知っているような……。


「せんぱい? 布瀬ふせ先輩ですよね?」


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