第2話 変容した元の世界
扉を抜けて向こうへと出た瞬間、立ちくらみで倒れてしまった。
そういえば、帰還魔法はかなりの魔力を消費するということだ。二人分の魔力を使っても、かなりぎりぎりだったのだろう。
気付くと俺は玄関前で寝ていた。それも素っ裸で。
本当に異世界の物を持ち込むことができないのだと、変な意味で感心する。
「早く着替えないと」
そんな独り言を呟きながら自分の部屋へと向かう。自室は玄関から入ってすぐ左手にあった。
家の中とはいえ、裸というのはいろいろヤバいので即行で着替える。
季節がわからなかったので、とりあえずジーンズにTシャツを着た。少し肌寒かったので、タンスにあったフランネルシャツをさらに羽織る。
そして鏡の前に立って、自分の姿を確認。
そこに映るのは10代の俺である。リリアの言った通り、若返っているな。
とりあえず、机の上にあったスマホを手に取る。高校はスマホの持ち込み禁止だったから、部屋に置いておいたのだが……。
「充電切れか」
日付と時間を確認しようと思ったのだが……しかたがない、居間に行くか。
「ばあちゃん! ばあちゃん?」
年金暮らしの祖母が家に居たはずなのだが、そういえば人の気配が全くない。
いつものように、ご近所さんの家で世間話でもしているのか?
家の中を探し回るも、誰もいない。というか、なんだか、家の中が少し荒れているような気がするのは思い過ごしか?
全体的に埃っぽくなっているのと、テーブルの上にあったみかんがカビが生えて真っ青になっている。やはり、何かがおかしい。
コタツの上には新聞があった。大見出しで衝撃的な事が書かれている。
『都内で変死体が多数発見される』
日付は……えっと……微妙に破れて読めないんだけど。
そういや今、何月何日の何時なんだ?
タンスの上にあったデジタル時計の表示を見る。『13時27分』を示していて、日付は『2023年7月7日』となっていた。
俺が異世界に行く前は、たしか……2022年の8月の終わりだったと思う。
あれから1年も経っているのか。
俺はコタツの上にあったテレビのリモコンを取り、電源ボタンを押す。だが、画面は真っ暗のままだ。
居間の電灯と付けるために壁にあるスイッチを入れるが、こちらも灯りはつかない。
「停電っぽいな」
それとも、この状態がずっと続いているのか? 違和感を確かめるために家の中を歩き回り、台所に来たところで微かに腐敗臭がしてくる。
冷蔵庫を開けると鼻をつく匂い。
中の物が腐っているようだ。電気が止まって冷蔵機能が働いていなかったのか。
「そもそも、いつから電気が止まっているんだ?」
その謎を解くために、扉を開けて外に出る事にする。部屋の中では、情報は限られるからだ。
とりあえず、居間にあるタンスの引き出しの中に入っていた腕時計を取る。
これは海外勤務である父親が置いていったものだ。ブランドものらしいが、今の俺にはどうでもいい。時間を知ることに意味がある。
玄関に戻る。
目の前には、先ほど異世界から帰還したドアがあった。だが、もうあの世界には繋がっていない……はず。
躊躇しながらも扉を開けてみた。
そこは異世界ではなく、紛れもない現代世界だった。目の前には、懐かしい見慣れた住宅街があるだけ。一軒家やらマンションなどの日本の住宅が連なっている。
だけど……。
「静かすぎる」
ここは駅まで5分ほどの立地だ。すぐ近くを幹線道路も走っている。それなのに、物音もせずに静まりかえっていた。
とりあえず駅の方向へと向かおうと、大通りに出る。だが、そこにあるのは見慣れた道路ではなかった。
あちこちで車が止まっている。中には事故を起こしてクラッシュしたような車も見られた。
「何があった?」
不安が襲ってきて、思わず独り言を連発してしまう。
いちおう一台一台、車の中を確認していった。そして数台目でギョッとする。中にはバラバラになった白骨死体があったのだ。
異世界で死体を見慣れているとはいえ、平和な現代社会で死体なんて、そうそうお目にかかれるものじゃない。しかも白骨化している。
「おかしいな?」
土の中でもないのに死体が簡単に白骨化するのか?
仮に、この事故車両が俺が異世界に行った次の日にあったとしても、放置されて1年程度。死体は腐乱するかミイラ化するくらいだろう。
骨をよく観察すると、割れたり折れたりしている痕がある。これは事故を起こしたときに損傷したのか?
いや、何かに囓られたような痕も……これは、ネズミかなんかの小動物だろうか? 違う……歯形はそれよりも大きいような。
この大きさだと……犬……いや、この形だと猿か何かだろうか?
動物園から逃げ出して野生化した『猿』ってのもありえるだろう。
さらに、車の中にあった週刊誌には『ユーロ圏壊滅か? 日本への影響は?』と、なんだか不穏な見出しがある。まさか、海外で大きな戦争があったのか?
駅前にあるコンビニに入るが、ここにも人の気配はなく、中の棚は荒らされていた。半分以上の商品がなくなっていたと思う。
マガジンラックに残っていた新聞には『国内に戒厳令!』との見出し。これはそこそこヤバいことがあったのだろう。
この異様な状況から、この国も戦争に巻き込まれたのではないかと疑ってしまう。
でも、車の事故以外にこれといった破壊の跡はない。建物も崩れた様子もなかった。
少なくとも戦時中のような都市の姿ではなかった。
だとしたら何らかの理由で、住民たちはこの地域から逃げ出したのか?
そのとき、コンビニの奥の方からなにやら怪しい気配が……。
「魔物?」
口に出してから『そんな馬鹿なことはあるか』と考えを改める。
ここは異世界ではない。
元いたファンタジーな世界とは無縁の現実世界なのだから。
「ぐゅるるるるるるるる」
呻るような奇妙な声。
猫や犬の声には聞こえないし、人間にしては獣っぽすぎる。
「がぁあああああああああ!!」
コンビニ奥の暗闇から、何かがこちらへと飛びかかってくる。
「
思わず魔法を発動させてしまう。異世界で暮らしてきた経験が、脊髄反射で危険を回避しようとしたのだろう。
同時に心の中で「しまった」と呟く。
魔力が存在しないこの世界で、魔法など使えるわけがないのだ。
ガン! と何かが目の前でぶつかる音がする。
目の前には直径一メートルほどの半透明の金色に輝く盾が展開されていた。
あれ? 魔法が使えるのか?
「ぐああああああああ!!」
起き上がってきたそれは、人間の姿をしていた。年齢は50代くらいのおっさんだ。
多少髪が乱れて、無精髭が汚く伸びているが、サラリーマンのようなビジネススーツを着た、ただの人間にも見える。
「あのぉ? 何かご用でしょうか?」
魔法で軽く防げるほどなので、それほど驚異的な存在でもないだろう。
こういうのは異世界では慣れていた。だから俺は、緊張感のかけらもなく声をかけてみる。
「がるるるるるるる」
相手はかなり猫背になりながらも、こちらを睨むように歯をむき出して呻っているだけ。
これは会話が通じなさそうだ。
何かで変異した人間といったところか? この世界の異変の一因でもあるのだろうか?
「知能を失っているのか、それとも人間ではないものになってしまったのか?」
声に出して考える。いや、ただの麻薬中毒患者という可能性もあるか。
人間であるならば、むやみに殺すのはよくない。でも、そうでないなら……。
「ぐるるるるる……」
そういえば、さきほどから感じる違和感。いや違和感ではない、懐かしい感覚だ。これは己の身体の中に満ちている魔力。
ゲームのマジックポイントのように『数値化』できればすぐわかるのだが、俺のいた異世界では『魔力残量』は感覚でしかなかった。
だから、本当に魔力が存在しているのか確信がもてない。
けど、もし魔法が使えるのであれば試してみればいい。
「あんたが人間でないのなら、この魔法が効くだろう。
それは異世界にて『アンデッド』を退けるために用いられる神聖魔法だ。魔法行使者を起点として半径50m以内に効果がある。
呪文が単純なのは、個人的なアレンジであった。
本来ならば長ったらしい呪文を唱えなければならない。だが、魔法のイメージを創りあげればいいとわかってから、この方法を使っている。
イメージのトリガーを作り出せばいいので、ファンタジー系のゲームや物語に馴染みがあれば、この言葉で十分なのだ。
そう、『神聖魔法』を使える俺の職業は
異世界でそれほど信仰心が高かったわけでもないのに、この職業としての適性が高かったんだよな。
魔法が発動すると、俺を中心に眩しいほどの光が四方へと発せられる。
「ぐああああああああ!」
俺を襲った奴は、その光を恐れるように逃げ出していった。
なるほど、あれは生きている人間ではないのか? ならば『アンデッド』……いや、ここは異世界ではないのだから、『ゾンビ』と言った方がしっくりとくる。
ということは、あの車の白骨化した遺体は、こいつらゾンビが食い散らかしたと考えた方がいいだろう。
つまり、今の現状は『ゾンビによる終末世界』ってところか。
背筋がゾッとする。
「せっかく異世界から帰還したってのに、平和に暮らせないのか?」
冷静でいられるのは、俺が異世界帰りであり、もっと凄惨な状況を経験したことがあるからだ。
そして、何よりも『魔法が使える』というアドバンテージがある。
まあ、考えていても仕方が無い。街もそれほど破壊された様子もないし、生きている人間から情報を得た方が早いと思う。
「いったい、この世界に何が起きたんだ?」
そもそも、魔法が使えないと思えた元のこの世界で、魔力が存在しているのがおかしい。
ここは本当に、俺が居た世界なのだろうか?
その答えを知るべく、俺は街の探索を行うことにした。
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