121

「『竹鶏物語』は、地面から生えた竹の中に卵が入っているのを見つけた若者が……」

「そっちじゃない」

「…………『魔王姫と勇者』ですか?」


 魔王、姫?

 黒髪がこの国で疎まれる原因の話。興味自体はあった。たとえ胸糞悪いとしても、知っておくべきことだ。

 だけど、ルル本人にこの話について聞くのはあまりに酷な気がして、今日まで誰にも聞けずにいた。


「いいですけど……有名な話ですよ?」

「有名かもしれないけど、俺は知らない」


 少し反応が露骨すぎたかもしれない。アンジーは若干、不思議そうには思ったようだったが、それでも話してくれた。



 それは、この国が成り立つ前のこと。

 ここには豊かな自然と、それを尊ぶ人類が手を取り合って生きていた。

 人類は皆、光の星獣を主として、他の星獣たちに教えを請い、平和に暮らしていた。

 しかし、ある日、一人の女が現れて人々の暮らしは一遍した。

 その女は真っ黒い髪と美貌を持って、強力な魔物を誘惑し、人々を支配しようとし始めたのだ。

 後に『魔王姫』と呼ばれる存在の誕生である。

 それに心を痛めた光の星獣は、自らの力を分け与えた『勇者』と『聖女』を引き連れて、魔王姫の討伐に乗り出す。自身がいな間の人類の守りは、他の星獣たちに任せていたため、戦いに専念することができた。

 だが、戦いは苛烈を極めることになる。

 魔王姫はその美貌と引き換えに酷く、貧弱であったが卑怯にも手下の魔物を使い光の星獣一行を追い詰める。しかし、勇者の勇気ある行動と、聖女の純真な心に打たれた魔物たちの裏切りによって最後は討たれることとなった。

 

「……その後、光の星獣様の加護の元で国が起こされて今に至ります」


 アンジーがそう締めくくった。

 嫌にすんなり話が入ってきて、少し気分が悪い。


「それは、だれでも知っている話しなのか?」

「えぇ。……ルルちゃんのことが心配ですか?」


 ⁉


「どういうことだ?」

「使い魔を使役する召喚魔術師も、悲しいことに魔王の手下なんて呼ばれていた時代もありました」


 あぁ、そっちか。

 よかった。ルルの黒髪がいつの間にか露呈していたのかと思って焦った。


「ですがとある冒険者が召喚魔術の有用性を実力という形で示した結果、差別意識はかなり薄れました」

「すごい奴もいたもんだな。会ってみたいな」

「なんでも、凄い人格者で大変慈悲深い心の持ち主らしいですよ」

「なぁ、使い魔の俺だけが戦うのは、卑怯、なのかな?」


 ナユタ先生の言葉。

 リッキー先輩の戦い方。

 たった今、アンジーから聞いた物語。

 それらを加味すると、戦えないルルは今後、酷い謂れを受けるのではないだろうか?


「そうですねぇ……人による、としか」

「そうか。悪い、変なことを聞いた」

「いえ。答えたくなかったら、答えなくていいんですけど」

「あぁ」

「ルルちゃんは、生き物を攻撃することが苦手なんでしょうか?」

「…………」

「そうですか」

 

 沈黙は肯定にしかならなかった。

 ルルの弱点を勝手にさらすような行為に忌避感はありつつも、知ってもらっておくべきだとも思った。ただ、ルルなりの考えがあって黙っていたのだとしたら、悪いことをしたかもしれない。


「そういう方は一定数います。そして、みんな心優しい方ばかりです。ですから、ルルちゃんもしょうがないかと」

「克服、させたほうがいいのかな?」


 授業でルルが魔物を殺した時の光景が脳裏を過る。

 赤い血。

 それに染まっていく抑え込んだ獣の毛。

 血の滴るナイフと、それを怯えたように握るルル。

 

 あれに、慣れさせる? 無理だろ?


「現状であれば、問題はないでしょう。血が怖いという訳でもなさそうですし」

「魔物の解体はルルだからな」

 

 それは、本人が自分の役目だと言って譲らないので基本は任せている。


「でしたら、攻撃的な行動をとることが嫌なだけで防御反応は取れています」

「そうか」


 なんで、こんなことを聞いているんだろう。

 するすると話を引きだされている感が否めない。


「詳しくは聞く気はありませんが、ルルちゃんの幼い頃って」

「俺はまだ生まれていない」


 咄嗟に言葉を切ってしまった。

 どこか苛立ちめいたものが自分の中にあるのが分かる。


「すまない」

「いえ。こちらこそ、不躾でした」

「ただ、その、ルルにはなるべく優しくしてあげたいんだ」

「ふふふ、私も同じですよ」

「だから、ルルが嫌がるなら魔物の相手だってさせたくない」

「ゾン君の今の強さなら、その必要は無いですよ。進化も控えているでしょうし、ますますその心配もないでしょう」

「進化?」

「私も詳しくはないので、明日、ルルちゃんに聞いてください」


 まぁ、それがいいだろう。


「そうか、心配ないのか……よかった」

「なんだか、ゾン君はルルちゃんのお兄さんみたい」

「ちなみにルル本人は、自分はお母さんだと思っているらしいぞ」

「ま、まぁ、そこはお二人の関係性次第ですから……」

「今のままでルルは、旅ができるかな?」

「何事も変わらないものなんてありませんよ……ほんとうに」


 それからは、特に何かを会話をするでもなく二人でならんで朝日が昇ってくるのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る