120 ~side アンジー~

「ルルなら、寝たぞ」


 テントから這い出るなり、ゾン君がこちらを見もせずに声をかけてきた。その言葉通り彼の背後のテントからは、灯が漏れていない。


 今は野宿中で、ゾン君はまた火の番をしながら見張り。月灯り以外は何も無い、漆黒の森の中で彼の前で燃え盛る火だけが強い光放っていた。

 ゴブリンの耳を全て剥ぎ取り終える頃には日暮れが近くなりつつあった。その結果野宿をすることになった。

 せっかく昨日、ルルちゃんの宿をとらせることに成功したのに……このままではいずれルルちゃんが野生児になるんじゃないかと、心配だったりする。


「少し、お話ししませんか?」


 焚き火の中で爆ぜる薪を突く、ゾン君に声をかける。すると、少しだけ横に動いてくれた。聞いてくれるつもりらしい。


「ゾン君は、なんというか……普通のゾンビって感じがしないですね」

「特殊個体らしいからな」

「そうでは無いんですけど…………あの、答えたくなかったら答えなくていいんですけど」

「なんだ?」

「ルルちゃんと旅を続けてどれくらいになるんですか?」

「答えたくない」


 即答だった。質問を予期していたのかもしれない。

 使い魔を相手にしている気がしないなぁ。


「じゃあ、次はゾン君の番で」

「は?」

「聞きたいこと、あるんですよね」


 なんとなく、私のことを気にかけている? ような視線を時折、向けて来る事があるのには気付いていた。少しの間だけだったけど、悩める人は多く見てきた。

 彼の視線は、それに似ている。


「どうして教会を辞めた?」

「……そうですね」


 なるべく答えてはあげたいんですが、答えられないことが多いのは事実。どうしたものか。


「答えたくないなら、答えなくていい」


 ゾン君が、そうぶっきらぼうに吐く。

 なんとなく、本当になんとなく、そちらに目が行ってしまった。

 揺らめく炎をぼんやりと見つめる横顔は、火に照らされて生きている人間のように見える。そして酷く悲しげに私の目には映った。


「答えられることだけ、答えましょう」


 私が教会を辞めるに至った経緯をゾン君に話した。

 よく考えてみれば、部外者に話したのは初めてかもしれない。別に口止めされていた訳でも無いのに。

 無意識の内に教会の印象でも気にしていたのだろうか?


「……そうか。辛いか?」


 相変わらず、こちらを見もせずにそんなことを聞いてきます。

 

「辛い、辛いですかぁ。考えたこともありませんね。自業自得ですから」

「寝れていないのに?」


 お見透しらしい。


「次は私の番です」


 質問しすぎ。


「お二人の旅には何か目的があるんですか?」

「さぁ? ルルに聞いてくれ。俺はルルと容れればそれでいい」


 たしかに、使い魔から主人の情報を引き出そうとするのは不躾だったかも。反省。

 次はゾン君の番だけど、どんな質問が来るかは想像に容易い。


「寝れていないのは、大丈夫なのか?」

「普段の行動に支障が無いかという意味でしたら、大丈夫です。光魔術での回復は得意なんです」


 多少の不調なら起きて自分に魔術を使えば、どうにでもなる。まぁ、いずれコレも誤魔化しが効かなくなるのかもしれないけど。


「師匠とかいますか?」

「一応、弟子と読んでくれた人はいる。その人も治癒魔術が得意だった」

「治癒魔術ですか。珍しいですね」

「ん? アンジーも使えるんじゃないのか?」


 あら? ここらへんの知識はあまり無いのかな?


「私が使えるのは、光魔術での回復です。治癒魔術は特化している分、より高度な治療が可能なんです」

「じゃあ、凄い人だったんだなぁ」

「というか、その人がゾン君に体術を仕込んだって本当なんですか?」


 治癒魔術を使える人材は貴重だ。それこそ、小さな国では教会や王族が身柄を保護することもある。

 それ故に、戦いの場に出ることなんて滅多に無い。


「その人だけじゃないさ。いろんな人に、いろんなことを教わった」


 少し懐かしげに遠くを見つめる。

 いろんな人に師事していたのかな?


「あれ、どっちの番だったっけ?」

「いや、それはもういいです。やっぱり、普通にお話ししましょう」

「お前が言い出したんだろうが……」


 そう言いながらも、話しはしてくれるみたい。

 きっと今までも、夜は暇していたのだろう。


「ルルちゃんとは、普段どんな話を?」

「魔物とか術符のことについて、ルルが話すのを聞いている」

「あぁ……ルルちゃんは、研究者気質ですもんね」


 道中、ゴブリンの生態についてゾン君にレクチャーしていたときのことを思い出す。

 百聞かせて一を覚えさせるような言葉の津波を、ゾン君は涼しい顔して相槌を打って聞いていた。ただ、私には分かる。

 絶対に、殆ど聞き流していたはずだ。


「でもゾン君は、言葉を教わるときにルルちゃんに似なかったんですね」

「まぁ。別に似ても良かったけどな」

「ふふふ、そうですね。ゾン君にも、『魔王姫と勇者』とか、『竹鶏物語』とか読み聞かせされていた時代があったと思うと、感慨深……」

「ッ!?」


 ゾン君が私の方をバッと、勢い良く見る。

 何かマズいことを言っちゃった?


「その話、詳しくは聞かせろ」

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