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「「「グラァァァァァァァァァァッァァァ!!!!!!!!!」」」


 洞窟内で反響したその声は、不思議と逃げたくなるような恐怖と不快感があった。

 おそらくこれが、ルルの言っていたまくしたてるための音なのだろう。何をしたのか後で聞こう。

 腰を落として暗闇を見つめる。暗い洞窟内でも俺の目なら見えるので、飛び出してきた一匹目に狙いを定めて拳を突き出す。

 

 当たるとは思っていない。防がれるかもしれない。なにかしら策があるやも?


 俺よりも頭がキレるらしいゴブリンどもだ。拳が当たるその一瞬まで油断は…………当たった。

 え? 当たるの?

 困惑する暇もなく、二匹目と三匹目が同時に飛び出してきたが、それも問題なく処理できた。


 あれ? ゴブリンって、そこまで強くないのでは?


 俺のその疑問は、波のように押し寄せるゴブリンたちを捌き切る頃には確信に変わっていた。

 

「お疲れ様です」


 駆けよってきたルルが濡らした布巾を持って駆け寄ってくる。受け取って、それで顔や手足に着いた返り血を拭う。

 その後ろからアンジーが歩いてくるのだが、その顔はどこか引き気味だった。


「死屍累々、とはこのことですね」


 俺の左右に山になっているゴブリンどもの死体を見やるアンジー。最初こそただ倒せばいいと思っていたが、それだと積もった死体が邪魔になって、ゴブリンの出てくる速度が遅くなることに気づいた。だから、なるべく左右に弾き飛ばしつつも、後ほど討伐証明部位をはぎ取ることを考えて一か所に集めるようにしてみた。

 その結果できたのが、赤緑色の小山が二つだった。


「全部、何匹くらいいた?」

「百匹前後だとおもいます」

「九十七匹でしたよ」


 アンジーがざっくりと答えて、それを補足するようにルルが正確に答えた。


「数えていたんですか?」

「はい。飛び出す速度が速かったので、数え漏らしているかもですが……あ、帰ってきました」

「ん?」


 ルルが洞窟の方を向いたので、そちらに視線を向けると三匹の猫、いや小さな虎か? 四足の獣が出てきた。

 アンジーが身構えるのが分かった。だが、俺には分かる。

 アレは俺の妹だ。

 

「『式神:寅』です」


 そう言って手を差し出すルル。それに、すり寄ってきてはゴロゴロと喉を鳴らし始める姿は、やはり猫にしか見えない。状況的に、唸り声の主なんだろうけど今は全く威圧感がない。おそらく、戦闘力もそこまで高くはないのだろう。

 俺も真似て手を伸ばすが、近づいてこなかった。アンジーも同様だが、すごく残念そうな顔をしていた。

 

「でも、中に入っていったのってネズミだったよな」

「はい。この術符は正確には『干支式神』と言って、『子』の式神を合体させることで様々な能力を持つ式神に変身できます」

「すごいですね。ということは、これ以上もあるんですか?」

「ありますよ。この『寅』の式神だたったら、『子』が四体必要ですが下から三番目です。全部で十二段階あるので、まだまだ弱いほうですね」 


 そんな凄い奴だったのか、俺の妹たちは。


「でも、万能ではなさそうですね」


 アンジーがそう言うと、ルルが恥ずかしそうに笑う。


「ははは、一番上の式神を召喚するために必要になる、『子』の数がすさまじくて」

「具体的には?」

「2048体ほど」

「にせっ!?」


 そんなにいるのかよ⁉


「その分、強力ではあるらしいです。この『寅』で4体分ですから。その512倍です」

「……後学のためにと思って聞きましたが、ちょっと数字の桁がおかしいですね」

「わたしも詳しいことは分かりません。本で読んだ程度なので」


 ルルが甘えていた猫から手を離すと、光の粒子になって消えていった。

 あぁ……俺も撫でたかった。


「じゃあ、討伐証明部位の回収をしましょうか」


 ポンと、ルルが両手を合わせる。

 忘れかけていたが、この死体の山の処理をしないといけないのか……。憂鬱になるな。

 

「数は多いですが、今から始めれば暗くなる前には終わるはずです。がんばりましょう」

「おう」

「はい」


 その後は、三人で手分けして討伐証明部位となるゴブリンの左耳を切り取る作業に従事する。


「これなら、戦いながら左耳だけ千切っておけばよかった」


 左耳を千切りながら愚痴る。


「冒険者になりたての頃はみんな考えることらしいですよ、ソレ」


 アンジーがゴブリンの耳を切り取りながら答えた。


「そう、なんですか?」


 ルルが切り取った耳をマジックバッグにしまってから聞く。


「戦いながら、必要な部位だけ切り落とす技術を磨いたら儲かるんじゃないかって考えるらしいです」

「でもそれって、普通に戦った方が早いんじゃないですか?」

「そうなんですよ。それを目指して戦っているうちに、腕が磨かれてきづいたら普通に倒した方が早いってなるのがオチらしいです。ゾンさんは今の状態でもできそうではありますけど」

「まぁ、言っといてなんだけど、できてもやらないぞ」


 耳を千切ったくらいではさすがに死なないだろうしなぁ。

 それで逃げるならまだいいが、激昂してむしろ苛烈に襲いかかってくることもあるはずだ。

 あと、討伐証明部位なのに、討伐せずに手に入れるのはダメな気がする。

 

 そんなことを話しながら、ブチブチサクサクとゴブリンの耳を集めるのだった。

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