110 〜side アンジー〜

 酷い話だ。

 盗賊の首の話を聞いたときは、そう思った自分がたしかにいたはずだ。

 なのに、いざルルさんを目の前にしたら、そんなことはとてもじゃないが思えなかった。

 

 また。

 

 まただ。


 どうして、私ばかりこんな目に。


 


「今日は、どんな依頼をうけるんですか?」

「ゴブリンと、少し脚を伸ばして森でウルフの討伐をしようと思います」

「わかりました。何か手伝った方がいいことはありますか?」

「いつも通り、わたしのそばにいてください」


 こんなやり取りにも随分と慣れた。

 最初の頃は、『自分たちだけでやるから部外者は黙っとれぇ!』ということかと思った。だけど使い魔のゾンさんの戦いっぷりを何度か見れば、それは仕方のないことだと理解できた。


 強い。あまりにも強すぎる。

 ルルさんのランクで受けられる依頼で討伐許可が下りる魔物では、まるで相手になっていない。

 昼間だというのに、日光をものともせずに暴れ回る姿はとてもではないがアンデッドとは思えない。

 流石に、スライムの被膜を素手で押し破ったときはビックリした。戦士職の人ならできる人もいるらしいけど、あんななんでも無い様子でされると、スライムが脆いと勘違いしてしまいそうになる。

 あんなのと共闘とか……光魔術での回復には自信があるけどアンデッドにそんなものを使えば、光魔術と回復の二重の痛手にしかならない。光魔術での攻撃もできるけど、魔術を構築して狙いを定めている間に戦闘が終わっている。


「なんだか、私まで楽させてもらっているみたいですみません」

「いえいえ。わたしは、アンジーさんと一緒にいれて嬉しいですよ?」

「ふふふ、ありがとうございます」


 そうは言っても、ルルちゃんの手はがっちりとゾンさんの手を捕まえている。警戒、されているよねぇ。

 基本的にずっと掴んでいるのだけど、それをゾンさんが嫌がっている様子はない。

 私の知っている使い魔と言うのは、もっと主従が明確なものだ。少なくとも、こんな縋り合うような関係性ではない。




「はい。お疲れ様でした。」


 そう言って、ルルさんがゾンさんが持ってきた魔物の死体を前に腕まくりをしながら言う。

 移動時間の方が長い依頼と言うのも珍しくはない。地方の依頼からの依頼を受けたらほとんどがそうなる。

 でも、それは最低でも半人前と呼ばれるDランクから。間違ってもEランクのルルさんが受けるような常設の依頼で、そうなることはない。無いはずなんだけど。


「今日も、早く終わりましたね」

「そうですね。そんなに警戒しなくていいですよ? ゾンさんが警戒してくれているので」

「……みたいですね」


 ルルさんの傍に立つゾンさんがあたりをきょろきょろと見渡している。

 でも、あれはフェイク、もしくは補強程度の意味合いしかない。見えないところに隠れている魔物を、見つけているところを何度も見ている。

 マナの流れを読んでいる、んだと思う。魔力は自分では練れないようだし。ルルさんに聞いてもいまいち要領を得ないので、確信はない。

 知っていれば、知っていると答えるであろう彼女がそう言うということは、教えたのはルルさんではないのだろう。だとしたら、自分で習得したということになる。恐ろしい知能の高さだ。

 下手をしたら、そこらの冒険者よりも賢いなんてことも十分にあり得る。

 それに、再生能力。初めて会ったときに、私が魔術で作り出した壁に顔からぶつかったときも、意識を保ったまま頭を再生させていた。あれは……ちょっとよく分からない。


 警戒しながらも、ローブの裾や袖に血が付かないように持ってあげるゾンさん。

 ルルさんを世話する様子は、まるで本当に自分で考えて行動しているようにするら見えた。つまり、それほどまでにこの凶悪極まりない魔物を使いこなしているということになる。なるのかぁ?


「ゾンさん、それ広げてください」


 血と内蔵を抜いたウルフの死骸を大き目のマジックバッグに放り込む。

 

 そうそう。ルルさんの奇妙な点として、装備が充実してることもあげられる。

 マジックバッグも、素材を入れる用とルルさんの荷物を入れる用の二つ。さらに、今使っているような魔石を反応させることで水が出る水筒。この様子だと、他にもすごいものを隠し持っているかもしれない。


「今日はどうしますか?」

「このまま帰ろうかと」

「ルルさん」

「はい?」

「宿に泊まりませんか?」


 ルルさんの表情がピシリと、固まる。

 やっぱり。


「街に戻ってから、もう一度街の外にでていますよね?」

「……すみません」


 今日まで、毎日野宿とは、凄いことをする。しかも、それで疲れた様子を一切見せないのは、みかけによらず体力があるのかも?


「でも、やっぱり、ゾンさんと離れるのは、少し、その……」


 俯かせてしまった。

 これだけ頼りになる使い魔だ。傍に置いておくだけで安心感がある反面、離れるのが怖くなるのも無理はない。

 

「別に組合を介さないで、自分で使い魔の同伴が大丈夫な宿を借りればいいんですよ?」

「え? いいんですか、それ?」

「お金さえ払えれば、問題ありません。なんなら、私の止まっている宿と同じ宿を紹介しましょうか?」

「でも、今日からは無理、ですよね」


 たしかにそれはそう。宿屋の予約は大抵、昼過ぎまで。それ以降になると、よっぽどの安宿でないと受け入れてはくれない。

 だったら、仕方がない。


「じゃあ、私も野宿しましょう」

「え”?」


 嫌そうだ。


「監督者という立場上、野宿しているのに見逃し続けるのも外聞が悪いんです」

「はぁ」


 やや強引だったけど、納得してもらえた。

 気づいてしまった以上、見逃してもしもなにかあれば寝覚めが悪い。




「ルルさん寝ましたよ」

「…………」


 焚火の火が消えないように、薪の位置を調整していたゾンさんの隣に座る。

 これは一種の賭けだ。

 主不在の使い魔に無暗に接触するのは、褒められたことではない。

 

「本当に寝なくていいんですね」

「…………」

「これなら、ルルさんが野宿の方が安全というのも納得できます」

「…………」

「あの、ゾンさん」

「…………」

「私の言葉も理解していますよね?」

「……、……」


 ふむ、反応は無しか。

 ただ、どうしても納得がいかない。周囲の状況を見ているだけではなく、会話も理解できていないと取れない行動をゾンさんは取っている。

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