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 バレている? それとも鎌をかけられているだけ?

 この女、アンジーがおっとりとした見かけに似合わず、鋭い人間であるということは、ここ数日一緒にいれば分かる。それだけに、この言葉がどこまで本心なのかも読めないでいる。


「私がお二人を見守るきっかけになった理由を説明してませんでしたね」

「…………」


 そういうことは、ルルがいるときにしてほしい。

 あとで俺から説明するのは二度手間になってしまうし、完璧に伝えられる自信がない。


「冒険者登録をした日に、盗賊の首を大量に持ち込みましたよね?」

「…………」

「別に、そのこと自体が悪いわけじゃないんです。量は確かに多かったですけど、だからと言ってそれで咎められることは冒険者組合ではしません」

「…………」


 冒険者組合『では』、ねぇ。教会の人間から見たらどうなのやら。自分の所属する組織の基準でしか、他組織のことを測れないとは……。


「問題になったのは、そのやり方です」

「…………」

「生きたまま、首がねじ切られていたらしいです」


 …………。


「それをルルさんが使い魔に命じてやらせたということで、監督者がつくことになりました」


 …………。


「強大な力を持ちながらも、倫理観の欠如した存在。それはとても恐ろしい。時として、予測のできない動きをして周囲に甚大な被害を及ぼします」


 …………。


「でもですね。私は、ルルさんがそんな子に思えないんです」


 ………………。


「魔物の解体だって、死体を弄ぶような真似はしてませんでした」


 ……………………。


「人一倍の教養と、なによりも優しい心を持っている子のように思えてならないんです」


 ……………………。


「ねぇ、ゾンさん。ルルさんは誰かを庇ってはいませんか? やってもいない罪を自分がしたことにしようとしてはいませんか?」


 …………………………。


「もし私の言葉が分かっているのなら、ルルさんを守るお手伝いをさせてはくれませんか?」


 あぁ、だめだ。


 立ち上がって、アンジーに向き合う。


「ぞ、ゾンさん?」


 焚火で揺らめく影に照らされて、アンジーの髪が金と白を行き来する。

 彼女の碧眼を見つめる。

 視線で捕らええ逃がさないために。

 そして、今だと思えば即座に動くべきだ。ちょうど、今のように。


「すみませんでしたぁぁ!!!! 全部、俺が一人でやりましたぁぁぁぁぁっ!!!」


 膝をついて、その勢いのままに額を地面に叩きつける。

 この際だから、アンジーの脚に縋りつくことも辞さない。そんな覚悟で、彼女の爪先すれすれでの土下座を敢行した。


「え⁉ えぇ⁉ えぇぇぇ⁉ しゃべ、しゃべれ……えぇぇぇ!!??」

「だから! ルルは! うちのルルは何も悪くないんです!!」

「わっ⁉ なんで⁉ 弾かれているのに、近づいてくるのぉぉ⁉」

「ルルは! いい子なんです!! 魔物も殺せないような、心優しい子で」

「ひやぁぁぁ!!??」


 ずりずりと大きなお尻の跡を地面につけながら、引き下がるアンジー。コイツっ! 逃げる気か!!

 取り押さえるべく、押し倒して馬乗りになる。反発されるが、それを上回る力で、押し込めばアンジーを地面に押さえつけることができた。


「全部、俺が悪いんです! なんなら、盗賊を襲ったときだってルルはいなかったし」

「え? 盗賊を襲った⁉ しかも、単独で⁉」

「首だって一度、見ただけで、そのときもチビりそうになったくらいで……だから、ルルは盗賊の首には何の関与してなくてぇ!!!!!」

「お、おち、おちち、」

「お乳? ルルは、胸もあの通り、ペタンコな子供だから、そういうのを見せるのもどうかと思って!!」

 

 そんな立派なものを持っているアンジーなら、ルルがまだ子供だということも分かってくれるだろ! なぁ!!


「落ち着いて、下さい!!」

「落ち着いてる!」

「落ち着いてませんよ⁉」


 正常な話し合いができるようになったのは、焚火の火が消えかかってからだった。


 散々、地面で暴れたアンジーは衣服は乱れ、土に汚れていた。なんかルルに見せちゃいけない気がする。


「おい、早く服着ろよ」

「酷い⁉ ゾンさんが、こんな風にしたんですよ⁉」


 人聞きが悪い。

 焚火を前に二人で並んで座る。

 もう少し、離れろよ。さっきは気にならなかったけど、近づかれるとなんかピリピリする。


「俺はアンジーが逃げないようにしただけだ」

「だからって……いや、もういいです。これ以上はルルさんが起きてしまいそうですから」

「あぁ、ルルなら起きないぞ」

「え?」

「寝る子は育つんだよ」

「まぁ、それはそうですけど」

「で、ルルが倫理観の欠如した異常者だと思われているって、話は本当なのか?」

「えぇ、まぁ」


 気まずそうな表情で、曖昧な返事。それは殆ど完全な肯定と変わらない。


「うわぁ……俺のせいだぁ……」

「そ、そんな落ち込まなくても大丈夫ですよ」

「そうなの?」

「そうですって。ゾンさんが単独行動ができるくらい知能が高いことを説明すれば、疑いも晴れるはずです」

「でも、こんなヤバい奴が使い魔って」

「完全に御せていると思うので、問題ないです。話せることを隠していたのも、隠し事は冒険者の切り札とも呼ばれますから、大目に見てはくれますよ」


 うぅぅぅ…………だといいなぁ。

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