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「ぐぅぇっ⁉」


 ルルの首根っこを引っ掴んで、ドアに向かって駆け出す。変な声を上げたが、今は緊急事態だ。許せ、ルル。


「ま、待ちなさい⁉」


 お姉さんが声を上げるが気にしている余裕はない。というか、教会の人間と引き合わせようとした時点で

アイツの信頼は地に落ちている。聞いてやる義理はない。

 扉に急接近からの、急停止。その際の反動そのままに取っ手を引いて、勢いよくドアを開け放つ。

 だが、その一瞬の停止が命取りだった。


「『聳えろ』『プロテクション』!!」


 扉を開いてすぐのところに金色に輝く半透明の壁が出現した。

 ぶ、ぶつかる⁉


「ぐげぇへぇっ⁉⁉」


 何とかルルを、壁から遠ざける事には成功したものの、反対に俺は衝突してしまう。

 ぐしゃりと頭部が潰れる感覚があったが今、意識を失う訳にはいかない。

 潰れた頭部を再生させる。どこを欠損しているのか認識して、服を作り替えたときのように元の形を再現していく。


「けほっ、ゾンさん⁉ 大丈夫ですか⁉」


 少しえづいたようすのルルが叫ぶ。

 顔の下から治していく都合上、目が再生するより早く鼻が、次に耳が、そし最後に目が戻る。


 花の匂いがした。落ち着くけれど、目が冴えるような凛とした香り。

 

「私はあなた方に敵対しません」


 透き通った声、だが相反するような力強さと砕けることのない芯がある。


「だから一度、落ち着いて話をしてはくれませんか?」


 再生した目で見た香りと声の持ち主は、白いローブに長い杖を持っていた。白とも金ともとれる髪は緩くウェーブを描いており、それが縁取る顔はナユタ先生とは正反対のおっとりとした顔立ち。

 

 だというのに、なんだ? 

 この強烈な、敵愾心? 恐怖? 嫌悪? どうしても遠ざけたいと思ってしまう。

 目を合わせるように、ローブが汚れることも厭わずに、その女はルルの前に膝をついた。そして、両手でルルの手を掴む。


「私の名前は、アンジーといいます。Ⅽランクの冒険者をやっています。あなたは?」

「ルル、です…………」

「使い魔さんは?」

「ゾンさんって、いいます」


 っは⁉ 俺は何をやっているんだ⁉

 慌ててルルと女の間に割って入ろうとするが、手で触れた瞬間に腕ごと弾かれた。

 何しやがった⁉


「ごめんね、ゾンくん。アンデッドは私には触れないの」

「随分、高純度な光属性なんですね」

「あら、よく知っていますね」


 どういうことだ?


「魔力の属性はある一定のラインを超えると、その属性に応じた身体的能力が現れるんでしたね」


 ルルが確認するようにして、さらりと説明してくれた。

 詳しくはあとで聞くとして、コイツは俺の天敵らしい。


「その通りです」

 

 アンジーと名乗った女がルルの頭を撫でる。その手を弾こうとした、またもや俺の手の方が弾かれた。

 やはり無理か。

 特に気にした様子もなく、アンジーは会話を続ける。


「あなたの監督官として、しばらくのあいだ一緒に行動しますので、よろしくお願いしますね」

「監督官?」

「それについての説明をするから、二人ともこっちきなさい」


 書類をぴらぴらさせながら、受付に戻っていたお姉さんが声をかけてきた。


「……行きましょうか?」

「はぁ?」


 ルルの手を取ったまま、歩き出すアンジー。

 身長差がありつつも歩幅を合わせて歩く姿からは、多少なり気の使える奴だということが窺える。


「ま、待ってください」

「どうされました?」


 ルルが繋がれていない方の手を俺に差し出す。


「ゾンさん」


 フードで見えづらいが、俺をまっすぐ見ているのが分かった。

 俺がその手を取らないと訳が無いだろうに。


「ふふふ、仲良しなんですね」

「はい」


 うーん。なんの躊躇いもなくうなずかれると気恥ずかしいというか、なんというか。

 まぁ、嫌じゃないけど。

 受付までの短い距離を、俺とアンジーでルルの両手を持って向かう。

 傍からみたら、奇妙な光景だろう。現に徐々に増え始めた冒険者がチラチラとこちらを見ていた。


「それじゃあ、監督者制度の説明をするわね」


 受付に到着するなり、お姉さんによる監督者制度の説明が始まった。


 内容を要約すると、強いけど問題のある新人冒険者を、組合から信頼されている先輩冒険者の監視の元、精神的な成長を促すというものらしい。

 

「わたし、問題があるんですか?」


 困惑した様子でルルが言う。

 そうだ、そうだ。ルルは健気ないい子だぞ。ちょっと合理的すぎて、人の心を忘れるけど、魔物も殺せないような優しい性格なのに。


「それは、」

「そちらに関しては、私が折を見て説明します」


 アンジーがお姉さんの言葉を遮る。


「……指導対象の扱いに関しては、監督者に一任する決まりだから。あなたの言葉を信じましょう」

「ありがとうございます」

「あの、質問いいですか?」


 ルルがピシっと手を上げる。それに合わせて、俺の手も持ち上がる。離す気は無いらしい。


「どうぞ」

「ありがとうございます。わたしと行動している間、アンジーさんはご自分のランクに見合った依頼を受けられませんよね? そうなると損ではありませんか?」

「その点は安心して。組合からか補助金を出すから、収入が減ることはないわ」

「むしろ私は、普通に依頼をうけるより、少し増えるくらいだったりします。もちろん、お金のためじゃないですけどね!」

「お金は、大事ですよ……」


 ルルが言うと言葉に重みがでるな。

 入学金と学院に通うための費用を出してもらうために親に殴られ、それすらも最後は反故にされた。金さえあれば、というのはログも言っていた気がする。


「あぁ、お金で思い出した。盗賊の……討伐報酬ね」

「あの、昨日受けた依頼の報告もしたいのですが?」

「え”……」

「?」


 どうしたのだろうか?

 お姉さんの口がぴくぴくと引きつっている。


「スライムは生きたまま、瓶詰とかにしてないわよね?」

「? してませんけど?」

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