108
夜が明ければ、朝日が昇る。
俺はそれを薄めで眺めては、明瞭な空気を吸い込む。
夜から朝へ。明確な線引きなど本来は無い。だが、ほんの数秒前の空気とは明らかに違う、今の空気。そして、それは今なお刻一刻と移り変わってく。
背後のテントからは、微かな寝息が聞こえてくる。昨夜は不安そうではあったが、しっかりと寝れてはいたらしい。
ログが口にしたルルは強いという言葉。
俺的には、少し納得しかねる部分があった。
ルルは、強いというよりも、図太い。当然、子供らしい弱さもあるが、そこは成長すればどうとでもなる。
本人に言ったら、怒られそうだから絶対に言わないけど。
ほどなくして、モソモソと身じろぎする音が聞こえてきた。起きたらしい。
「おはよう、ございあす」
「おはよ」
まだ、少しねぼけているようで、俺の背に額を着けてぐりぐりしてくる。
何やってるのだろう?
謎行動をしばらくしたのち、多少目が覚めたようで、魔道具の水筒から出した水で、布巾を濡らしてそれで顔を拭いていた。
「よく寝れたか?」
「はい、学院にいたときよりぐっすりでした。最新の寝袋ってすごいですね。自動で体温を調節してくれる機能までついてました」
すげぇ~。でも、値段とかも凄いことになってそう。
テントの中で朝の身支度を整えたルルが、俺の隣で並んで朝食を食べる。テントの中の方が、フードを取って食べられるだろうに。
「行くか、冒険者組合」
テントを含めた魔道具を二人で撤去して、マジックバッグにしまったルルに言う。
「はいっ」
門に向かうと何やら騒ぎになっていた。
「なんでしょう?」
「さぁ?」
「まぁ、あそこに並ぶ必要は無いので、わたしたちには関係ありませんよ」
ルルに手を引かれて人だかりの横を過ぎる。あっちは身分証が無い人用の出入り口で、こっちは身分証がある人用だとルルが教えてくれた。
「み、身分証の提示っ、をお願いします」
明らかに緊張している若い、と言うより幼いに近い少年が俺たちの対応をしてくれた。新人さんだろうか?
昨日作ったばかりの冒険者証を提示するルル。今日、もしかしたら使えなくなるかもしれないソレを出す手は、少しばかり震えていた。
「お、お疲れ様です」
軽く会釈だけして、新人門番の前を通り過ぎる。
冒険者組合までの道中、ルルは終始無言だった。普段のおしゃべりな様子と比べると、やはり緊張してしいるようだ。
扉の前に着いてから、取っ手に手をかけルルが大きく深呼吸をする。
時間帯がいいのか、幸い周りに人はおらず落ち着くのを待つ。
「……いきます」
覚悟は決まったらしい。
若干震えるルルの手によって扉が引かれる、が開く気配がなかったので、後ろから俺がドアを押すと滑らかに動いた。
「す、すみません」
ハハハ、気恥ずかしそうに笑う。やっぱり小難しい顔をしているよりは、こっちのほうがいい。
冒険者組合の建屋内は閑散としていて、昨日のように飲んだくれている冒険者はおらず、受けつけのお姉さん方冒険者と思われる女性と談笑している。白いローブと長い杖、魔術師だろうか?
その中の一人が、俺たちを見るなりぎょっとした顔で、奥の方にすっ飛んでいった。
なんだ?
「あれ、明らかにわたしたちのことみてましたよね?」
頷く。あそこまで、あからさまだとルルでも分かるらしい。
「先輩! 嘘じゃないですって!!」
「やめてよ……、私があの子を追い詰めて……って、生きてる⁉」
勝手に殺さないでほしい。
昨日のお姉さんが背中を押されるようにして出てきた。
「えぇと、おはようございます?」
ルルも困惑しているようだ。
そんなルルに気づいてか、気づかないでか、お姉さんが飛びついてきた。ルルの手を引いてそれを躱させる。
しかし、空振りにめげることもなく立ち上がったお姉さんがルルに縋りついてくる。
「私、てっきり、あなたが自棄になって夜のうちに旅立ったのかと」
そう言ったお姉さんの目は赤くなっていた。
いまいち、状況がつかめない俺とは違って、ルルは察するところがあったらしい。
「夜に街に戻らなかったのは、宿でゾンさと離れるのが怖かったからで、自棄になったわけでは、」
「だからって、冒険者になった初日に野営って……無茶し過ぎよ!!」
「すみません……」
「はぁぁ……でも、無事でよかった」
なにやら心配をかけてしまっていたらしい。
でもなんでだ? 昨日は俺たち、というかルルから冒険者証を取り上げようとしたのに、どうして俺たちを心配する?
「でも、やっぱり、あなたには保護者が必要だと思うの」
「保護者、ですか? わたしの身は、使い魔が守ってくれるので」
ルル、たぶんそういうことが言いたいんじゃないと思うぞ。
なぜかルルは、気遣いの矛先が自分に向くと途端に鈍くなる。誰かに優しくされるという前提がないというか。
「そういうことじゃないわ」
ほれ、見たことか。
「あなたが人として間違いを犯さないように、あなたの未来を守る保護者よ」
「未来ですか……」
「そう。大丈夫、安心して。変な人をつけたりはしないから」
たしかにしっかりした大人、というか子供と使い魔が旅をしても目立ちにくくなるカモフラージュにもなる。
それにもしかしたらなんだけど、ルルの世間一般に対する知識と言うのは、本で読んだだけのものなのではと思い始めている。本には載っていない情報を教えてくれる存在。それは絶対にいて困る者ではないはずだ。
なんだ、このお姉さ悪い人じゃないじゃん。
「元教会所属の修道女さんよ」
前言撤回。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます