40 〜side クレマル〜

 今朝の職員会議で学園長から、おもしろい発表があった。なんでも、職員の運動不足・ストレス解消を兼ねて、決闘場で職員の相手をしてくれる使い魔を雇ったらしい。

 これを聞いた、戦闘を生業にしていた先生方は、ウキウキしていた。そして、続いた「くれぐれも怪我をしないように」という言葉で、ウキウキがビキビキに変わった。

 

 これは軽く揉んでやれ、ということですね、学園長?

 

 そう受け取ったのは、僕一人じゃないはず。

 生徒に見られること無く、目一杯に体を動かせるというのは、それだけで魅力。もっと言えば、再生力に優れる特殊個体の人型らしく、模擬戦の相手としては、これ以上ないくらいに適任だ。 

 しかも、幸運なことに今日は二限目まで授業が、無い日だった。初日に一番乗りできちゃうかも?

 決闘は予約制らしく、まだ誰も記入していない。まぁ、急に言われても授業があるからよね。

 名簿に名前と時間を記入してから職員室を出た。

 三限目の受業で使う薬草を植物園でもらったら、早速向かおう。そう思えば足取りも自然と軽くなった。


 植物園に入ると人の気配が二つ。

 そちらに向かえば、銀髪を無造作に後ろで一つに結んだ長身の女性、ナユタ先生がいた。職員会議にはいたから、終わってまっすぐここに来たらしい。

 誰かと話しているようだが、ナユタ先生の影にすっぽり隠れて見えない。 

 近くまで行ってもまだ気づかれないことで、気配を消してしまっていることに気づいた。あぁ、昔の癖が出ている。浮足立っているらしい。

 少し離れてから、わざと足音を立てて再び近づいた。

 

「ナユタ先生、おはようございます」

 

「おはようございます。クレマル先生」

 

「……よう……」

 

 ナユタ先生の人影に隠れていたのは、この果樹園の管理をしている使い魔さんだった。パッと見、エルフの子供に見えなくもないが、蔓でできた髪があるので見分けるのは容易だ。

 

「本日は、どうされましたか?」

 

「授業で使う薬草を貰いに。ナユタ先生は?」

 

「ゴンちゃんの様子を見に」

 

「……そうですか」

 

 ゴンちゃん。いや、別に悪いとは思わないよ。でも、この氷像のような女性から出てくる言葉としては、慣れないものがある。

 エリクシルマンドラゴラ。植物の魔物であるマンドラゴラが、成長して進化を経て至る境地の一つ。

 

 本来であれば、一体見つかれば国が動く魔物だが……

 

「……よう、もし、ない、かえって……」

 

 ナユタ先生の後ろに隠れて、こちらを見ている。

 髪の毛の蔓は彼女の腕にがっちりと、絡んでいた。

 

「いえいえ、薬草をいただくまでは帰りませんよー」

 

 なんでか知らないけど、僕嫌われているんだよなぁ。

 

「……それ……」

 

 蔓が伸びて、足元の籠を指し示す。

 こんもりと盛られた薬草が入っていた。気づかなかった。

 

「おっと、これは失敬。では僕はこれで」

 

「あの」

 

 出ていこうとしたら、ナユタ先生に呼び止められた。振り返ると、管理人さんは驚いた表情でナユタ先生を見上げていた。よっぽど、僕に早く出て行って欲しいらしい。

 

「もし決闘場に行くのでしたら……」

 

 ナユタ先生からかけられた言葉に、吹き出しそうになるのをこらえながら用事を承った。


 


 薬草を自分の準備室に置いてから、決闘場に向かう。途中、ナユタ先生に頼まれたことも済ませて、転移の陣に乗る。

 そして景色が変わって、決闘場につくのだが、そこにはたしかに人型では魔物がいた。ゾンビだろうか?

 正座をして目を瞑っている。

 拳には包帯が巻いてあるが、怪我をしているわけではないだろう。拳布のつもりかもしれないが、拳部分にだけ巻くような巻き方では意味がない。

 

「そこのゾンビくん」

 

「ん? あぁ、挑戦者のひと?」

 

 おっと、これは……随分と流暢に話すゾンビだ。特殊個体というのは、伊達ではないらしい。

 

「そうだよ。僕はクレマル。よろしくね」

 

「よろしくお願いします、じゃあさっそく」

 

「その前に、こっちおいで」

 

「?」

 

 疑問そうにしながらも、立ち上がって駆け足で近寄ってくる。随分と素直だな。

 

「それ自分で巻いたの?」

 

「一応。でも、やり方が分かんなくてさ」

 

「教えてあげるから、一回解いて」

 

「……ありがとう」

 

 ふふっ、なんだ。使い魔というから、戦闘用ゴーレムのようなものを想像していたけど、思ったよりも人間味のある奴らしい。

 片方を受け取り、一度、実際に自分の腕に巻いて見せる。

 

 安っぽい布だ。昔、地元で徒手格闘の訓練の時に使っていたのを思い出す。ずっと、巻いてるとむしろ肌がすれていたかったなぁ。

 

「見てた?」

 

「あぁ」

 

 軽くうなずくと、ゾンビくんは自分の手に残っていた布をスルスルと、よどみなく自分の腕に巻いていく。

 おぉすごい。

 

「合ってる?」

 

「合ってるよ」

 

 一度、見たら真似ができるらしい。学習能力がずば抜けて高いのかも。

 いいな、これは。今後がすごく楽しみだ。

 自分の腕に巻いているのを解いて、ゾンビ君に渡すと、左右反対であることなど意に返さず、こちらも手際よく巻いていく。

 

「よし、じゃあ。始めようか。気は纏えるかい?」

 

 確認するのを忘れていた。これができないと、最低限の勝負にすらならない。

 

「できる。ただ、自分じゃ魔力が練れないから、分けてほしい」

 

「いいよ。はい」

 

 手を差し出すと、ゾンビくんも手を出してくる。あまりにも素直なので、少し意地悪をしてみたくなって、多めに魔力を送り込んだんだけど……

 

「ん、ありがと」

 

 平然としているなぁ。持て余して散らしちゃうかと思ったけど、器用なゾンビだ。

 ゾンビくんと少し、距離を立って向かい合う。

 

「準備はいい?」

 

「問題ない」

 

「じゃあ、ヤろうか。『メディカルアサシン』クレマル」

 

「……『ルルの使い魔』ゾン」

 

 さぁ、どんなものか、お手並み拝見と行こうか。

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