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 ヨウクさんに決闘場でボコボコされた次の日には、俺が学園で働くことに関する書類ができたらしく、ルルと一緒に説明を受けた。

 俺は文字が読めないので、ルルからあとで説明を受けた。それを纏めると、以下のようになる。


 1、労働時間はルルが授業を受けている間。

 2、給金は毎月決まった日に、ルルに手渡しされる。

 3、基本は予約制だが、飛び入りも拒否することはできない。


 ざっくりまとめるとこうなる。給金の手渡しに関しては、本来なら実家に送って実家から生徒に仕送りしてもらうところを、ルルの家庭事情を鑑みての特別措置らしい。

 その書面にサインしているルルを見ているときは、特になにも思わなかった。ルルが決めたことだし、それに反対する必要があるようにも思えなかったからだ。

 でも、夜になって、一人座禅を組みながら気を纏う練習をしているときに、ふと思った。

 仕事の合間を縫ってまで戦いに来るのってけっこうな、戦闘狂じゃない? 俺が言えたことじゃないけど。


 


 さて、そんな不安を抱えたまま、迎えた仕事初日。

 初の対戦相手は、真っ赤な髪が特徴的な爽やか笑顔の男だった。どこかで、見覚えがあるような、ないような。

 優男を装っているが、一番乗りで来るようなヤバい奴なことに変わりはない。

 しかし、そんな俺の警戒とは裏腹に、優男はバンテージの巻き方を教えてくれた。危ない奴じゃない、のか?

 

「じゃあ、ヤろうか。『メディカルアサシン』クレマル」

 

 ヨウクさんもやっていた気がする。確か、名乗りとか言っていたっけ?

 決闘のときのルールかなんかなのだろう。


「……『ルルの使い魔』ゾン」

 

 俺も真似て名乗りを行う。咄嗟に出てきたのが、『ルルの使い魔』だっただけで、特に他意はない。ルルの評価がこれで多少、上がったりしないかだとかコスいことは考えていない。


 俺が腕闘硬化を纏って拳を眼前に構えるだけに対して、クレマルさんの構えはかなり独特だった。

 左脚を前に出して半身になり、右手は背中に隠している。

 物理的に手が見えない。

 武器を握っているかも。

 貫手を使うのかも。

 或いは何の捻りも無く、拳を作っているのかも。

 見えないことで、可能性が膨らんでいく。


 ふと、「自分」が思考していることに気付いた。

 あの夢現の中で振り回されるような感覚ではなく、自分の意思で物事を考えている。

 未だジクジクとした焦りのようなものはあるが、それを抑え込むことで得られるであろう勝利を思えば、十分に耐えられる。むしろ、耐えたい。


 クレマルさんが動いた。

 姿勢を低くして、地を這うように走ってくる。

 そして走りながら、右手を背中から引き抜くようにして凄まじい速度で、何かを放ってきた。

 黒い塊。先端が菱形に尖っている。苦無だ。

 それを腕で弾くと、いやにあっさりと防御できた。

 牽制か? そう思ったのも束の間、クレマルさんを見失ったことに気付いく。

 な!? 一瞬、苦無を捌くためのほんの一瞬、目を離しただけだぞ!?

 周囲を見渡しても、人影は無い。

 まるで、最初から俺一人だったような静けさだ。


「見つからないねぇ~」


 その声は俺の頭上から、聞こえた。

 直後、後頭部に強い衝撃。前に転びそうになるのを、なんとか堪えて振り返るとそこにはさっきと同じ構えのクレマルさんがいた。


「はい、僕の勝ち」


「え?」


 声は、俺の背後から聞こえてきた。

 慌てて振り返ろうとすれば、アキレス腱を切られて膝から崩れ落ちた。


「なんで?」


 訳が分からない。

 何が起こったのかすら、把握できない。

 俺は今の戦闘で、一度も攻撃のために拳を振るっていないのに負けた。


「大丈夫?」


 膝立ちになって、アキレス腱の再生を待っていたら、クレマルさんが声をかけてくれる。


「大丈夫だ」


「……そう、ならよかった」


 あぁ、本当に良かった。口には出さないが、心の底からそう思う。

 どうしようも無いほどに、今この瞬間が、楽しい。


「なぁ、さっきのって、魔術か?」

「うーん……半分正解で、半分不正解かな」

「というと?」

「やだなー、手の内から自分からバラす訳無いじゃん」


 ハッハッハ! と快活に笑うクレマル先生。


「このあとも、人がたくさん来ると思うから頑張ってね」

「ん? でも予約表には一人しかいなかったはずだが」

「それは僕だね。今から来るのは、非番の職員の方々だよ。ここに来る途中に、ナユタ先生に頼まれちゃってさ。職員寮にいる人にも君のことを教えて欲しいって」


 ナユタ先生。嬉しいような、嬉しくないような。絶妙なことをしてくれる。

 相手がいるのは嬉しいが、相手がいすぎるのは面倒だ。

 程々がいい。


「でも、今日って授業あるよな? 非番とかいるの?」

「毎日、自分の担当する授業があるわけじゃないからね。この学園って、とにかく教科数が多いから」


 へぇ、そういうこともあるのか。

 そんなことを話していると、決闘場の隅の魔術陣が輝くのが視界に入った。

 光が治まるとそこには、三人の人影があった。


「噂をすれば、だねぇ」


 何故か嬉しそうな、クレマル先生。


「あぁ、楽しみだ」


 俺も嬉しくてしょうがない。

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