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「なぁ、あれでよかったのか?」

 

 決闘場を後にした俺とルルは、人気のない学舎のなかを歩いていた。

 

「はい。わたしは……ゾンさんには、あまり怪我をしてほしくないと思ってます」

 

 昼の陽光が差す廊下。ルルを俺の影に入れるようにして歩く。

 

「でも、わたしは冒険者になって世界を見たい。だから、ゾンさんには怪我をしないくらい、強くなってほしいんです」

 

 そう言葉にする割には、不安気なルル。

 しかし俺としては、強くなってほしい、その言葉だけで、飛び跳ねそうなほど嬉しかった。

 

「わがまま、でしょうか?」

 

 結局はこれを聞いてしまう辺り、ナユタ先生が言っていたような覚悟を、今すぐにルルが持つのは難しいだろう。

 自分の判断で、誰かを使う覚悟。

 それは、使われるだけの俺では、想像することしかできない。

 

「まさか。ルルがやりたいことを、俺もやりたいんだよ」

「ふふふ、ありがとうございます」

 

 うんうん。まぁ、ルルの言う事を聞くのは大前提としても、もし不満があれば言えばいい。それで取り合ってくれないことは、ルルに限ってないだろう。

 

「ところで、どこに向かってんの?」

 

 すでに話しながら、まぁまぁの距離を歩いている。ルルは歩みを止めないままに教えてくれた。

 

「被服室です」

 

「被服室……リッキー先輩、いるといいな」

 

 たしか、放課後は大抵いるって言っていた気がする。休日はいないんじゃないか?

 

「用事があるのは、リッキー先輩じゃなくて、シンバル先生です。生産科の被服部門の先生です」

 

「…………休日なのに、学校にいる職員が多すぎやしないか?」

 

 リドウさんを始めとして、ヨウクさんやナユタ先生もすぐに駆けつけてきた辺り、休日というものが彼らに存在するのか怪しくなってくる。

 俺の疑問に対するルルの答えは以外なものだった。

 

「それはそうですよ。殆どの職員が住み込みですから」

「なんでまた」

 

「ここはそういう場所だから、らしいです。学園長が言ってました」

 

 うーん。学園長かぁ。

 あの人、優しげな風貌だが、実は人を安くで使い倒すような悪どい性格なのかも?


 廊下を歩き、突き当りの階段を登り、更に登り。途中、ルルがキツそうにしていたので、肩車をしてやって目的の階に着いたら降ろした。

 

「やっぱり、体力もつけないとですよね」

 

 アハハと力無くルルが笑う。

 

「そうだなぁ」

 

 今までも、何度もルルと会話する中で、出てきた課題の一つだった。

 そして、答えはいつも同じで、平日に体力づくりに励めば、疲れて授業に集中できなくなる。休日には、平日に比べて一食少なくなる分、なるべくエネルギーの消費は避けたい。よって、現状では無理。

 しかし、これからは違う。

 

「これからは、給料が貰えるらしいから、それで休みの日のルルの昼飯も買えるようになるさ。そしたら、体力づくりを始めよう」

「……なんか、ゾンさんが稼いでくるお金を宛にするみたいで、心が痛いです」

「でもそれ以外に使い道とかないからなぁ」

 

 ルルが休日の昼食の他にも、術符用の魔力の籠もった紙と魔石インクを必要とするのに対して、俺は殆ど金を使うものがない。食事は必要ないし、武器使わない。服だって……ん? 服?

 

「なぁ、ルル少し話しが変わるんだけど、俺の服ってどうなってんの? いつも、破れても再生してるんだけど」

 

 半袖短パンの元気小僧のようなMyおべべ。見た目はボロだが、それに反して今日まで問題無く着続けられている。

 

「その服は、正確には服では無く、ゾンさんの体の一部だからですね」

 

「へ?」

 

 どういうこと?

 

「ゾンさんの魔力で編まれた、服ということですよ」

 

「え? でも前ゾンビは魔力が練れないって言ってなかったか?」

 

「はい。練れませんよ。ただ練るほどの量が無いだけで、魔物ですから魔力はあります。そして、その服にもゾンさんと同じ、再生能力が備わっているんだと思います」

 

「はぇ~」

 

 納得。

 しかし、そうなると俺は一生、この元気小僧スタイルのままなのかぁ……。複雑な心境。

 

 そうこう話しているうちに、被服室に到着した。

 扉をスライドさせると、中にはふくよかな中年の女性が刺繍をしながら、紅茶を飲んでいた。ピッチリと編み込まれた茶色の髪が、彼女の几帳面さを物語っていた。

 あまりにも優雅な空間で、ついさっきまでいた、決闘場との落差にクラクラする。

 女性はルルの方にゆっくり視線を向けると、笑窪を深めて優しく微笑んだ。

 

「あらあら、どうしたのかしら?」

 

「召喚魔術科四年ルル=ベネティキアです。シンバル先生にお尋ねしたいことがあって参りました」

 

「ふふふ、いいのよ固くならないで。入ってらっしゃい」


「はい」

 

 促されるままに入室したルルの後ろを着いていく。

 

「紅茶は飲めるかしら?」

 

「はいっ」

 

「召喚魔術科の四年って言ったら、ナユタ先生かぁ。礼儀正しさは、ピカイチって噂は本当だったのね」

 

「ありがとうございます」

 

 ニコニコとした笑みを浮かべたまま、ルルの前に紅茶を差し出す。

 

「それで、ご要件を聞こうかしら」

 

「布を分けて頂けないかと思いまして」

 

「布? あなたもお洋服作りに興味が?」

 

 ん? 何故だろう、寒気が。

 

「今は、他にやりたいことがあるので」

 

「あら残念。それで、どうして布が欲しいのかしら?」

 

「ゾンさん、わたしの使い魔です」

 

 ルルに話しを振られたので、ペコリと頭だけ下げる。

 

「彼は素手での格闘術を使うのですが、そういった戦い方をする方々は、拳や手首の保護のために布を腕に巻くというのを聞いたことがありまして」

 

「そうねぇ、バンテージのことかしら?」

 

「おそらく」

 

「そうなるとここには、使えなくなった包帯しか無いわ」

 

 困ったように笑いながら、シンバル先生は続ける。

 

「ヨウクさんにほつれた包帯の修理をお願いされたんだけど、生地自体がボロボロなものは処分していいっていわれていから、それを分けてあげる」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、ボロボロであることには変わりないから、早めに買い替えるのよ」

 

「はい、承知しました」

 

 こうして俺は、初めて自分の物を手に入れた。

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