38
意識の浮上と共に、視界に光が戻る。
まず最初に目に入ったのは、逆さまの不安げなルルの顔だった。
「大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、問題無い」
未だ頭の隅がぼんやりとしているが、それが今は心地良い。
後頭部の感覚も戻ってくれば、自分が硬い地面では無く柔らかくて温かいもの頭を乗せていることが分かった。つまり、ルルの腿だ。
「重いよな。すぐ、」
起きるから、と続けながら体を起こそうとしたが、それをルルが小さな手で遮った。ペタリと額に置かれた小さな手は震えていた。
天幕のようになった黒い髪が、涙を溜めていくルルから目を逸らすことを許してくれない。
「わたしは、ゾンさんと一緒にいるのは……無理なんでしょうか」
「無理じゃない」
何を言っているんだ。
「でも、」
「『でも』じゃない。なんで、そう思ったんだよ? ナユタ先生か? あの鬼畜冷徹剛力女に、何か言われたのか?
図星だったのか、ルルの顔がピシッと固まる。
まったく、わかりやすいなぁ。
「そうです。鬼畜冷徹剛力女の私が、ルルさんに指導しました」
…………………………。
「あー、えー、そのー…………いらっしゃったのですね〜、ナユタ先生。ご機嫌麗しゅう~~、は、ははは……」
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
ルルは諦めたように目を瞑りつつも、俺の頭を、死守すべく自身の方に抱き寄せる。つまり、為す術無しということだ。
「はぁ、ルルさん。改めて、さっきの話しを今度は、使い魔も含めてします」
「はい。すみません」
「謝るのではなく、立ち上がってください」
「はい、すみません」
「ですから」
あぁあ、ルルも完全に混乱している。
マズい。このままだと、ブチ切れたナユタ先生に二人一緒に挽き肉コースだ。
「一旦、立とう。な?」
額を地面で擦り減らしてでも、ルルだけは許してもらわないと。
「はい、すみm……あ、はい」
ルルが顔を上げると、垂れていた髪が横に流れて急激に明るくなった。
場所は、決闘場のままのようだ。
ゆっくりと身を起こすと、周囲にはナユタ先生、リドウさん、ヨウクさん、そしてなぜか学園長がいた。
ナユタ先生以外は、みんなニコニコとしている。ナユタ先生は、その、ね、顔を見れない。
「まず、学園長、並びに職員のお二方、休日に生徒の対応ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「あざすっ」
ナユタ先生に続いて頭を下げるルルと俺。
「さて、ルルさんにはこれで二回目になりますが、改めてお聞きしましょう」
きた。
ここからが本題だ。
何が来る? 使い魔を解雇? それとも、面倒見切れないからルルと一緒に学園追放?
とにかく、膝の力を抜いて土下座の準備を……。
「あなたの使い魔をこの学園で働かせませんか?」
「…………………………………………ん?」
予想外すぎる話しに、頭が完全にフリーズしてしまった。
「もちろん、給料も多少ではありますが出しましょう。学園としても、問題はありませんよね学園長?」
「問題はないよ。他にも雇っているところもあるしねぇ」
頭が追いつかないまま、話が進んでいく。
え、なに? 俺、働くの?
「仕事内容としては、ここで職員の対戦相手です。職員の運動不足の解消のために、文字通り、身を粉にして働いてもらいます」
うん。取り合えず、身を粉にするってのが、俺が粉々になるって意味なのは分かった。
ペースト状よりはマシなのか?
「詳しい話は、後日、書面でお渡しします。今は、ルルさんの意志を聞きたい」
「わたしは、ゾンさんがいいって言うなら……」
「違います。使い魔の意志ではなく、あなたの意志です」
ビクッとルルの肩が震えるのが分かった。
「ルルさん。勘違いを今、ここで改めなさい。使い魔は、使い魔です。剣を武器とする者がいるように、機織りを生業とする者がいるように、使い魔というのは道具ではなくても、手段でしかありません」
冷たい言い方だが、正論だった。
俺はあくまでも、ルルの可能性を広げる手段でしかないはずだ。
だから、今俺に、口を挟む権利はない。
「あなたが、手綱を握るのです。そして、あなたが、あなたの意志と責任のもとで、使い魔の力を使いなさい」
「わたしは……」
「嫌がっても言う事を聞かせなさい」
「わたしは……」
「やりたいと言っても、それを押さえつける覚悟を見せなさい」
一度、大きく息をはきだしてルルが意志の籠った目でナユタ先生を睨むように見た。
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