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 リドウさんに連れられて行ったのは、学舎の一画にある魔術陣だった。

 

 魔物厩舎を出るときに、受付に座っていた燃える様な赤髪の男性に何か言伝を頼んで、走らせていたが、何かは教えてくれなかった。ついて来れば分かるらしい。

 

「図書館に行くんすか?」

 

 休日にルルと図書館に向かうときに使う魔術陣に似ているそれを、指さしながら聞く。

 正直な話し勉強は、あまり好きじゃない。ルルが楽しそうに話しているのを見たいがために、教わっているだけだ。

 

「これは、図書館行きじゃあない」

 

 ん? 言われてみれば、確かに細部が違う気がしないでもない。それに、図書館に行くときに使っているものよりも、煤けているように思える。

 そこにリドウさんが手を付けて、何かを呟くと微かに輝きだした。

 

「これはな決闘場行きの魔術陣だ」

 

「決闘場?」

 

「元々、この学園では上級生同士の諍いは、決闘によって解決してもいいというルールがあったんだよ。その名残さ」

 

「なんか、俺が言うのもあれだけど、野蛮すね」

 

 力の在り方とかを校訓に掲げていた割には、力を誇示することを止めていなかったのか。

 

「まぁな。学園長も元は戦闘に従事していた魔術師だったからな。まぁ、今はそこらへんの考えも改めて、決闘は全面禁止になったよ」

 

「へぇ、学園長も間違えることあるんすね」

 

 ルルから聞く学園長の印象は、すごい英雄で、賢者と言う名が似合う人ってかんじだけど。実際は違うらしい。まぁ、ルルの話しは多分に、憧れ補正のようなものもあるのだろうけど。

 

「そりゃあるさ。でも間違いを悔い改めることができるから、俺たちはあの人についてきたんだよ」

 

「そうか」

 

 いいな、なんか。良いところも悪いところも、見極めたうえでついて行くかどうかを決める。少し憧れるところがあった。

 

「ほれ、行くぞ。待たせるのも悪いからな」

 

 リドウさんが魔術陣の真ん中に立つ。

 

「待たせる? 誰を?」

 

 俺もその隣に並ぶ。

 

「お前さんの師匠だよ」

 

 魔術陣が強く、輝いた。


 


 光が薄くなり景色が定まると、俺はとんでもないものを見てしまった。


 円形の広い運動場のような作り。食堂くらいか? その、周囲にはこちらを見下ろすような形で、席が設置されている。

 天井は、無い。暗くなっていくだけで、どんなに目を凝らしても天井を見ることはできいようだ。図書館といい、ここといい、設計者は取り敢えず天井は高くしとけばいいとか思ってそうだな。

 

 そして俺の対角線上には、目は瞑り、正座する筋肉の塊こと、ヨウクさんがいた。今はその岩の如き肉体を白い道衣に身を包んでいる。


 纏っている雰囲気が、尋常ではない。

 

 一歩でも動けば、標的になる。標的になれば、逃げられない。逃げられなければ、死ぬ。

 

 背骨が急激に冷えていくような感覚に襲われる。

 

 まずいっ! またっ……!

 

「身を委ねな」

 

 隣に立つリドウさんに腕を掴まれた

。いつの間に、自分の頭に手をかけようとしていたらしい。

 掴まれた、腕がびくともしない。見かけによらず、リドウさんも強いんだな。

 

「今、ここには、お前さんより弱い者は存在しない。安心して暴れな」

 

 魔力が半ば強引に押し込まれる。

 な、なんだよ、それ。そんなこと、言われたら……。

 


「ゾンちゃん」

 

 目を開けたヨウクさんが、ゆっくりと立ち上がりながら言う。

 

「私も最近、運動不足気味だったのよ。だから、」

 

 焼きつくような赤い、紅い唇が獰猛に歪む。

 

「サンドバックくらいには、なってちょうだいね」

 

 剥き出しの闘志に充てられた俺が、それに抵抗することはできなかった。

 

「『破城槌』 ヨウク=シュートリア。名乗り……は、無理そうね」

 

 ヨウクさんが何か言っているが気にせず、距離を詰める。走りながら、腕闘硬化を纏って肉薄すると同時に、拳を振り抜いた。

 

 しかし、ヨウクさんは涼しい顔で避ける。そしてそれは、次の一撃への予備動作となっていた。

 

「セイッ!」

 

 腰を落とした正拳突きが、一撃。脇腹に直撃した。

 衝撃が通り抜けない⁉

 体の中にとどまって全身を破壊して回る衝撃波に吹き飛ぶこともできず、不覚にも膝をついてしまう。

 

「あら、もうおしまい? もう一回よっ」

 

 顔を蹴られて飛ばされる。

 地面を2、3回バウンドして転がりながら、体勢を整えた。首がもげなかったのは、ヨウクさんの手加減か奇跡か。

 でも、吹き飛ばされている間に、ぐちゃぐちゃになった体内は完全に再生した。顔も目が見える程度には回復している。

 

 再度、近づこうとして、脚が止まった。

 

 ヨウクさんは大きく足を振り上げて、ピタリと止まっていた。その目は俺を捉

えているい。

 天高々と掲げられた脚が振り下ろされる。

 直後の轟音と、地面の揺れ。

 動けない! ハハっ! マジかよ!

 ヨウクさんの足元の地面はひび割れ、隆起していた。

 

「ガードなさいっ!」

 

 砕けた地面で姿の隠れたヨウクさんが叫ぶ。

 言われなくても、そのつもりだ。

 腕闘硬化を纏った腕を眼前に構えて防御姿勢をとる。

 その隙間から、隆起した地面に線が入るのが見えた。

 角切りになった地面だったものがばらけて落ちる寸前、ヨウクさんが右手を引いた構えをとっていた。

 その姿がぶれる。

 直後、角切りにされた地面だったものが、すさまじい速度で飛んできた。

 

 一発目。右腕がはじけ飛んだ。肩ごと後方に吹き飛ぶ。

 二発目。顔の右半分が消し飛んで、視界が半分に。ガードが無くなっていたところに直撃した。

 三発目。胴体にえぐれてバランスを崩しそうになる。背骨に当たらなかったのは、単なる偶然だろう。

 四発目。左脚の膝から下が、消し飛んだ。これで、完全にバランスを崩す。

 

 倒れる直前に、手に持った地面の欠片を空中に放るヨウクさんが見えた。再び姿がぶれ、すさまじい速度で飛んできた岩が顔にめり込む感触。


 そして、意識が途絶えた。

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