36
※自傷描写有り。苦手な方は、薄目でご覧下さい。
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「え? えぇ? ええと……ゾンさん、何をして、るんですか?????」
起床するなり目を大きく見開いたルルが尋ねてくる。朝の鐘はまだ鳴っていないので、随分と早い起床だ。
「何って、練習だけど?」
頭に突っ込んでいた手をズルリと引き抜くと、ゾワゾワとした感覚が背中を走る。一瞬、視界が暗くなるが、すぐに脳の再生が始まって正常な視界に戻った。
「練習って、え? え? んん?」
説明が足りなかたな。ルルは混乱しているようだった。寝起きで、本調子じゃないことも関係しているのかも。
再度、脳みそ掻き回すために、まずは頭蓋を砕くべく、頭に触れようとすると、ベッドから転げ落ちながら飛びかかってきたルルに止められる。
な、なに?
「ゾンさん、ダメです!? やめてください!」
「あ、あぁ……」
なんで、そんなに怒ってんの?
その後のルルの行動は早かった。
顔を洗い、寝癖もそのままで手早く着替えて、部屋を出る準備を整える。この間、俺は動かないように厳命されたので、いつになく素早く動き回るルルを目で追うだけだった。
「行きますよ!」
「食堂は、まだ開いてないだろ? もう少し、ゆっくりしても……」
朝の鐘はまだ鳴っていない。こんな時間に部屋を出ても、ルルに行く宛なんてない。図書館もまだ開いてないだろう。
「食堂じゃありません! リドウさんのところです!! リドウさんは、魔物のお医者さんなんです! ゾンさんを診てもらわないと!!」
「いやいや、俺は何処も怪我とかしてないし」
してもすぐに再生する。それに、病気に関してもアンデッドの俺が病気になったりするのかも怪しい。
「怪我はしてなくても、今のゾンさんは正常じゃありません! ほら、いーきーまーすーよーーー!!」
ルルが俺の手を体を傾けて引くが、あまり意味は無い。ただ、表情から必死なことは伝わってくる。
仕方ないなぁ。心配性なルルを安心させるためにも付き合ってやるか。
「分かった分かった、行くから。ただし、朝食を食べたあとだ」
今日は休日だから、朝食を食べ損ねたらルルは夜まで食事ができないことになってしまう。
「ダメです! 今すぐです!」
おっと、これは予想外。
ここまで、強情なルルは初めてだ。
やや剣幕に呑まれつつも、理由を考えるが特に思い当たる節は無い。夜の間に、色々試すのはいつものことだし、何をそんなに不安がっているのだろう?
これは、リドウさんのところに行くのに付き合った後は、ルルをヨウクさんのところに連れて行ったほうがいいかもしれない。何か食べ物をもらえないか、そこで聞いてみるか。
昨日の貪食竜との戦闘で精神的な負荷が掛かっていたのが、噴出している。そうに違いない。
何はともあれ、今はルルを安心させないと。
「分かった。行くよ、行くから」
「貪食竜との戦闘で、精神的な負荷が掛かっていたのが噴出したんだろうなぁ、こりゃ」
リドウさんが、呆れたように言った。
その目は、ルルではなく俺を捉えていた。
魔物厩舎の受付につくなり、カウンターを飛び越えんばかりの勢いで、ルルはリドウさんを呼び出した。そんな尋常ではない様子に、魔物厩舎を開ける準備をしていたリドウさんもすっ飛んできて、今朝の話しをすると受付の奥に通された。
そこで、椅子に座らされて触診や喉の奥を見たのちにさっきのセリフをリドウさんは口にしたのだった。
「え? それは、ルルの話しじゃないんすか?」
「自覚がないのは当たり前だ。というか、お前さん喋れるようになったんだなぁ」
「リドウさん、ゾンさんはどこか悪いところがあるんですか!? 治りますか!?」
噛みつくようにルルが聞く。
こんなに、余裕のない姿は初めて見る。
「まぁまぁ、落ち着けやルルちゃん。とりあえず、お前さんはナユタ先生を呼んできてくれ」
「でも!」
「不安そうな顔のお前さんがいては、治るものも治らん」
「そう、なんですか?」
「あぁ、まかせとけぇい」
「悪いなルル、心配させて。しっかり治すから、授業に行ってきな」
俺がそう言えば、余計に不安そうな顔になった。
そんな顔をしないでほしいなぁ。
「…………………………………………わかり、ました。絶対に、朝みたいなことしないで下さいね。リドウさんもお願いします」
「あぁ。そうだ、ルルちゃんこれやるよ」
机の引き出しから取り出した包み紙をリドウさんはルルに渡す。
食べ物だろうか?
「朝飯、食ってないんだろ? 持ってきな」
「ありがとうございます……」
しょぼしょぼと礼を言ってから、ルルは出て行った。
さて、残された俺はリドウさんと向き合う。
「俺、どこか悪いんですか?」
身体はどこにも異常を感じられない。強いていうなら、頭が悪いくらいだろうか? ゴブリンにも負けるし。
姿勢を崩して、椅子の背もたれに身を投げ出したリドウさんが天井を見上げた。
「体は問題ない。嫌でも、治っちまうのがお前さんだ。ただし、心は違う」
「こころ?」
「再生使用過多っつう症状の一つでな、再生力の高い魔物が、強いストレスを感じて自傷行為を行うようになっちまうんだよ。ルルちゃん、朝っぱらからびっくりしただろうなぁ」
「いや、俺は自傷行為なんてしてないですよ」
あれは、練習だ。訓練とも言う。気を使えるようにしたり、腕闘硬化を使いこなせるようにしたのと一緒。
そんな、自傷行為だなんて。とんでもない。
「じゃあ、なんだっていうんだ」
「そりゃ、練習ですよ。練習。大事でしょ? てか、魔物厩舎の仕事いいんすか? やることあるんだったら、手伝いますよ」
俺たちが駆け込んできたから、受付の仕事を放り出しているはずだ。話はそのあとでもすればいい。
「代理をすでに呼んでいるから、安心せい。休日は預かる魔物も少ないしな。それで、練習っつうのは?」
代理って誰だろ? まぁ、仕事の邪魔になっていないならいいか。
「貪食竜と遭遇したときに、意識が飛んだっていうか、いや、意識は飛んでないんですけど、こう、思考が戦うことにしか向かなくなったんですね」
そこから、昨日の貪食竜との戦闘時に起こった自分の変化について語った。
向けられた殺意に高揚したこと。
楽しかったこと。
途中、取り返しのつかないことをしそうになったこと。
そして、ルルに止められたこと。
「まず、一つ間違いを正してやろう」
「間違い?」
「自分を止める必要はない」
「え?」
意味が分からなかった。
俺の理解を待たずに、リドウさんは話しを続けた。
「お前さんは賢い、それは認める。だがな、自分が魔物ってことを忘れるな。暴走した、お前さんを止めるのはご主人様の、ルルちゃんの役目だ」
「でも、それじゃあ、ルルが困るじゃないですか?」
「本当に困ってたか?」
「……あ、いや」
笑ってた。俺が、冷静になってルルを見たとき、ルルは確かに笑ってた。
「お前さんの特殊個体由来の賢さは確かに俺たち人類に近い。でもな、特殊個体の共通して持つ特徴として、好戦的になるというものがある。それを押さえこみすぎてたんだよ」
「押さえすぎ……」
「まぁ、運動不足に近いかもな。それが、半端に解放された所為で、今みたいになっとる」
「じゃ、じゃあ、俺はどうすれば」
そんな……ルルを連れて貪食竜並みとの魔物との戦闘なんて、簡単にできるようなものじゃない。
「まぁ、安心せい。解決方法には考えがある」
そう言う、リドウさんの顔は、出会った日に見た、子供のような笑顔だった。
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