14

 以下、再生中の俺を見たルルの感想である。


「うわぁ……」



 

「お前さんすごいな、ひき肉通り越して、ペースト状になっても元通りか」


 そうリドウさんに言われて、初めて自分がどんな状態になっていたのかを知った。

 俺自身としては、体が動かないという印象しかなかったが、そんなことになっていたとは。


「ゾンさん、どこか痛いところとかありませんか」


 未だ涙の跡の残るルルが俺にぺたぺたと触れる。


(ひき肉にされているときも、痛みはなかったよ。当然、今も)


「……だとしても、心配です」


 そうだよな。ルルの性格的に、痛くないからといって心配しないほうが無理がある。


(うん。ごめんな)


「あやまらなで、ください、よ」


 あららら、また泣き始めてしまった。

 流れる涙と鼻水を拭おうとして、俺の服は土で汚れていることを思いだし、あたふたしているとリドウさんが綺麗な布を渡してくれた。


「ゾンとか言ったな。お前さんなら、ナユタ先生の行動の意味、分からなかったわけじゃないな」


「ぐぁ」(あぁ)


 ルルの顔を拭いてやりながら、答える。

 問題を起こせば殺す。

 それが脅しとして機能するには十分すぎるほどの、力量差を見せつけられた。


「まぁ、そのなんだ。あの人も教師としての手前厳しくならざる負えないんだということは、理解してやってくれ」


「ゾンさんは、ゾンさんは、問題なんか。起こしませんよ~!」


 せっかく泣き止みかけていたのに、またルルが泣き出してしまった。


(そうだな、ルルに迷惑が掛かるようなことは絶対にしない)


 なんとかあやして、ルルが落ち着き始めたころ、鐘が鳴り響いた。


「昼休憩、おわちまったか」


 リドウさんがポリポリと頭を掻きながら言ったら、ルルがポツリと「ごはん……」と言った。


「ほら、お前さんら、次の授業に遅れてちまうぞ」


 その言葉でハッとした様子のルルが、俺の手を引いて走り出す。


「急ぎましょう!」


(……おーけー)


 ルルを持ち上げて、肩車をする。


「ぞ、ゾンさん⁉」


(急ぐんだろ? 方向は?)


「あー、もう! あっちです!!」


(はいよ!)



 

 ルルの指示に従って走り、たどり着いたのは、校舎うらの森の前の草原だった。

 すでに、殆どの生徒が集まっているようで、みな自由に会話をしている。その傍らには当然だがパートナーであろう、魔物の姿もある。

 見覚えのある顔ばかりなので、ここで間違いないらしい。


「ゾンさん、おろしてください」


 あ、忘れてた。

 ルルを降ろすと、後ろから声をかけられた。


「手綱を握れとは言いましたが、騎乗しろとは言ってませんよ」


 そこには、冷ややかな視線を向けるあの女、ナユタ先生の姿があった。

 さっきのこともあるので、咄嗟にルルの首根っこをつかんで、反射的に飛び退いしまった。「ぐぅぇ」という、苦しそうな声が聞こえた。


(す、すまん! ルル!)


「警戒してもらって結構。それで身の振り方を考えるきっかけになるのであれば」


 ナユタ先生はそれだけ言うとすたすたと歩いていき、集団の前に立つ。

 それだけで、生徒はシンと静まり返った。

 なんというか、威圧感があるんだよな。ルルも、若干強張っているようだし。どうみても子供が好きそうな性格ではない。なんでこの仕事をしているのだろう?


「それでは、授業を始めます」


 その号令でルルと受ける、初めての授業が始まった。


「本日の課題は、模擬戦をやってもらいます」


 いきなりだな、おい。まだ、出会ってから三日しかたっていないのに、いきなり模擬戦って。ハードルが高くはないか?

 他の生徒も同じように思ったらしく、ややざわつくも、それを押さえつけるようにナユタ先生は説明を続ける。


「自分の使い魔に何ができて、何ができないのか、そして何をしたがっているのかを、見極める最初の一歩です。勝利ではなく、あくまでもこれからの目標を設定するための材料にしてください」


 いいですね? と聞けば、それにルルを含めた生徒たちが声をそろえて、「はいっ」と答えた。なんというか、統率された犬を見ているみたいだ。

 そして、模擬戦の相手はあちらで勝手に決めているらしく、次々に名前を呼ばれてはペアを組んでいく。

 絶対に勝つと息巻いている者。

 大丈夫かな? と不安そうにしている者。

 どうしようかと作戦会議を始める者。

 おもしろいなぁ、と眺めていると、俺とルル以外の生徒だけでペアが完成しきってしまった。


(ルル、クラスの人数って20人って言ってたよな? なんで余んの?)


「一人、今日は休んでいる人がいるんです。たぶんですけど、公務g……」


「ルルさんはこちらに」


(え”……)


「せ、先生と模擬戦するんですか?」


「そんなわけがないでしょう?」


 よかったぁー。今さっき覆しようのない実力差を見せつけられたばかりだというのに、戦おうとか思えるわけがない。


「それではそれぞれ模擬戦を開始してください。普段と同じように、あくまで模擬戦です。大けがをさせるようなことがあればその時点で減点評価ですよ」


 またしても、全員が「はいっ」と声をそろえて答えた。


「あぁ、ルルさんは全力で構いませんよ?」


 どういうことだろう?

 ルルも同じように、疑問だったらしく、首をかしげている。

 それぞれが模擬戦を始めたようで、火の玉や水の玉やらが、飛び交い使い魔と共闘をしていた。因みに、あのデブガキは、火の玉を飛ばしていた。


「あなたたちは、野生の魔物を相手してもらいます。『おいで』、『コール・ワイルド』」


 ナユタ先生は森を背後にして立った。言葉を発したのちに、パンと手を叩く。

 響いたわけでもない、その拍手はやけに耳に残って、思わず聞き入ってしまった。

 それは、森の中に魔物も同じだったのだろう。背後の森から、二つの影が飛び出してくる。


「あぁ、二体きましたか。まぁいいでしょう、二対二です。頑張ってください」


 灰色の毛をした狼が二匹。俺とルルを睨む。片方が、一度ナユタ先生の方を見たがすぐに俺とルルに視線を戻した。なにかしら、魔術で敵対しないようにしているのだろう。

 ルルの前に立って、拳を眼前に構える。不思議としっくりくるものがあり、自分でも様になっているのが分かった。


「それと、もちろんですが野生の魔物相手に手加減なんて期待しないように。死にそうになるまでは、手出しはしないので、そのつもりで」


 なんか、俺たちにだけ厳しくない?

 まぁ、分かってはいたことか。


(ルル)


「はい、なんですか」


(ルルはどんな魔術が使えるんだ)


 狼どもから視線を外さないまま、じりじりと位置を変えて時間を稼ぐ。その稼いだ時間でするのは、もちろん作戦会議だ。


「召喚魔術が使えます」


(他には?)


「使えません」


(そうか、使えませんが使えるのか…………ってえ?)


 使えない!?


「ゾンさん、前⁉」


 慌てたルルに言われて、俺も慌てて狼に視線を戻した。幸い、攻撃を仕掛けては来なかった。


(使えないってマジ?)


「はい。ですので、ゾンさん。頑張ってください」


 ルルがペタリと俺の背に触れる。その手は微かに震えていた。

 これは実質、二対一、いや俺はルルを庇いながらになるからもっと不利だ。

 作戦を考えよう。

 取り敢えず、こっちから攻めるのは無し。とてもじゃないが、ルルを庇いきれない。

 カウンター狙いの迎撃。活路はここにしかない。

 ただ問題もある。


「Guuuuluaa!」


 狼の一匹が、痺れを切らしたように唸ると、大きく左に跳ねた。それに気を取られた一瞬の隙を着くようにして、もう一匹が突っ込んできた。

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