13

「ちょっと、遠回りするぞ」


 そう言うとリドウさんは、来たときとは違う道に進み始める。


「ぐぐぅ?」(なんかあったか?)


「ちょうど一限目が終わって、移動する生徒が多くなる時間になる。お前さんを見られると、場合によっては面倒だからな」


 うぅ……すまない、俺の所為で。

 怪我人の年寄りに気遣われるのはないかなり心に来るものがあった。

 その後、校舎の裏を通り、果樹園を迂回して、魔物厩舎に戻ってきた。


「ほらよ」


 厩舎の扉を開けてもらい中に入る。

 そこでは、相変わらず、魔物ズが走り回ったり、寝ていたりしていた。リドウさんは、俺に礼言たあとは、受付の方に戻っていった。腰を労るためにも、座りたいのだろう。

 そんなこんなでボケーっと空を見上げては、時折、近寄ってくる魔物を撫で回して時間を潰した。

 



「ゾンさんっ!」


「ぐぅぁ!」(ルル!)


 昼下がりの魔物厩舎で俺とルルは感動的な再開を果たした。


「お前さんらくらいだぞ、そんなに大袈裟なのは」


 受付から出てきたリドウさんが俺たちを見るなりそう言った。

 授業が終わるなり、すぐに駆け付けてくれたようで若干、息を切らし気味のルル。呆れているようにも、彼女を心配しているようにも見える。


「それとルルちゃんだったな」


「は、い」


「多分だが、近いうちに、お前さんの担任から話があると思うから、頭に入れておいてくれ」


 ルルの俺の手を握る力が少し強まる。


(大丈夫、悪いことしてない)


 心配性だなぁ。信頼しろって。


「う、すみません」


「ぐるぁら、ぐぅあぐぅぁ」(リドウさんも、もったいぶるなよ

)

 視線で非難すれば、それをくみ取ってくっれた。


「悪い悪い、怒られるとかではないから安心してくれ。まぁ、まだ確定ではないんだが、そこのゾンビさんは」


「ゾンさんです」


「お、おぅ。ゾンさんは、特殊個体の可能性がある」


 ん? 予想と違うぞ。俺が人助けをした、良い魔物だという話ではないのか?


「特殊個体……ゾンさんが……」


 驚いた様子で、ルルの表情が固まる。


(ルル、特殊個体ってなんだ?)


「あ、えっと、特殊個体っていうのは……」


「特殊個体というのは、通常の魔物とは異なる器官や、能力を有する個体の総称です」


 ルルの説明を横取りするように、女の声が遮った。

 声の方に顔を向ければ、そこにはルルの担任の女がいた。


「ナユタ先生、噂をすれば」


「お疲れ様です、リドウさん。四年生の魔物は今日、一日どうでしたか?」


「うむ、全員が大人しくしておった。中には、良い奴もいたしな」


 リドウさんがニヤニヤと見る。その視線を追うようにして、担任の女も俺を見た。こっちみんな。


「こちらへ、来てください」


 そう言われて、受付の小屋の裏に連れていかれる。


「あなたの脱走の件はヨウクから、聞きました」


「……脱走?」


(ち、違うぞ! ルル、俺は人助けのためにだな)


 なんて言い方をするんだ、この女は!

 脱走だなんて、人聞きの悪い!


「今回のことではっきりとしました。あなたは特殊個体です。それも、飛び切りに能力の高い。だから、」


 突如、地面が起き上がった。

 いや、俺が倒れたんだ。

 は? 何がおこった?

 背中に感じる重圧と、潰す気なのではと疑いたくなるような、頭を押さえつける凄まじい力で身を起こすことができない。


「ルルさん、ここでこの魔物との契約を切りなさい」


 頭上から聞こえてきた言葉に、頭の芯がスゥっと冷たくなった。

 それはルルも同じだったようで、気の抜けた声が聞こえてきた。


「え?」


「あなたでは扱いきれません。手に余る力は、自身を滅ぼしますよ? もし、ここで契約を切ったとしても新しい魔物を召喚する際は、こちらでできる限りのサポートをします。ですので、成績には影響は出ません。ご安心を」


 淡々と、ただただ事実を述べるような口調。それが、冗談や虚偽は一切ないことを酷く強調していた。


 嫌だ。


 ルル離れたくない。


 嫌だ!


 嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「暴れても無駄ですよ。あなたでは、その子を退かすことはできません」


 クソっ!

 悔しいことに、女の言っていることは本当のようで、俺がどんなに暴れても、俺を押さえつける力は一切弱まることはない。

 だからと言って、諦める訳にもいかない。

 土に歯を立てる。

 地面を指で抉る。

 足で体を前に押し出す。

 そのすべてが、無駄であったとしても、ここでやめていい理由にはならない。


「はっきり言います。あなたが、今ここでその特殊個体のゾンビを庇ったとしても、御しきれていないと判断した時点で、私が処分します。召喚された魔物であっても、契約を無理矢理切ることは可能ですから」


「……」


「そして、私にはあなたがそれに釣り合うほどの、能力があるとも、身に着けられるとも到底思えない。ですから、遅かれ早かれ処分することになります」


「……」


「被害が出てからの決断では、ルルさん、あなたが辛いだけですよ?」


「……ゾンさん、暴れないでください」


 ルルの言葉に体がビクリと跳ねた。

 強制力のようなものが、働いたわけではない。ただただ、捨てられると思って、怖くなった。


(ルル、俺は)


「分かってます……ナユタ先生」


「はい」


「わたしは、ゾンさんがいいです。それで、問題が起きたとしても、責任は全てわたしがとります」


「責任ですか? どうやって? 被害賠償ができる当てがありますか? 問題を収めるだけの力がありますか?」


 正論だった。ルルには金がない。そして、武力も権力もない。

 どこまでも絵空事でしかないということは、明白だ。


「力の方は、これからつけます。被害賠償に関しては、奴隷になってでも必ず」


「…………ルルちゃん」


 いつの間にか、来ていたらしいリドウさんが口を挟んだ。


「奴隷になるなんて、簡単に口にするもんじゃあない」


「リドウさんの言う通りです。そして、今のあなたの発言には、なんの説得力もない」


「じゃあ、じゃあ」


 ルルの声に湿り気が混ざる。

 泣いているのか?


「ぐぅぅぅゥゥゥッラァァァァァァァ!!!!」


 泣かせない。ルルを泣かせなくない。

 腕に、脚に、首に、胴体に、全身に力を籠めた。

 首を引きちぎってでも、起き上がるんだ。

 ぶちぶちとなにかがちぎれる音と、ベキベキとい破砕音が体の中を木霊する。


「うるさいですよ」


 その一言とともに、体にかかる重圧が一気に増した。特定の部位を押さえつけるのではなく、体全体が押しつぶされそうな圧力に、持ち上がりかけていた体が再び地面にぶつかる。


「ゾンさん!」


 自分で引きちぎろうとした時の比ではないほどに、全身の骨が砕けていくのが分かった。

 ルルが「やめてください!」と繰り返し叫んでいる。

 だめだ、動けない。


「ですが、」


 パンっと手を叩く音が聞こえた。

 指の一本も動かせないほどになっていたのに俺の上から、突然重圧が消えた。


「主人の同意も無しに、問題を起こしていない使い魔を処分するのは法令違反です」


「え?」


「使い魔及び、従魔に関する法令は授業で教えたはずですよ? ルルさんの意向は分かりました。今、処分することはしません」


「……っ、はい」


 鼻をすすりながらルルが返事をする。


「ただし、言葉には責任が付きまといます。それは、責任が取れないからと言って、無責任というわけではありません。そのことを忘れないように」


 足音は遠ざかていった。

 どうやら、俺は殺されずに済んだらしい。

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