15 〜 sideナユタ 〜
ルルという生徒がいる。
召喚魔術科四年、つまり私の担当するクラスの生徒。
私はこの生徒が苦手だ。いや、正直に言えば嫌いの部類に入る。
だからと言って蔑視をする気は無い。今の私の仕事は生徒に対して平等な学びを与えることにある。
昼休みが始まる前に、ヨウクからルルさんと、件の生徒ことで報告があった。内容としては、件の使い魔が特殊個体の可能性があるというものだった。
気づいていなかったと、その場では白を切ったが、多分、彼女にはバレていただろう。あれは鋭い。野生の勘だろうか? 本人は女の勘とか言っていたが、結果が同じならどっちでもいい。
しかし、ヨウクにバレてしまったことで、今日の授業で事故に見せかけて特殊個体の使い魔を処分することができなくなってしまい、結果として昼休みを返上してその対応に当たることになった。生かす選択をされてしまったが、だいぶ太めの釘を刺したので、問題は起こさないはずだ。
予定や計画というのは、崩れることを前提に組むもの。もちろん、こうなったとき用のカリキュラムも事前に用意はしてあった。
森に棲む魔物と模擬戦をやらせればいい。
他生徒との模擬戦では、おそらくあの特殊個体ゾンビが圧勝してしまう。それでは授業にならない。
だからと言って、私が相手をするのは嫌だ。私の使い魔たちに、手加減して戦闘しろなんて、私は言いたくない。
よって、野生の魔物と戦闘させる。完璧な計画だ。
別に勝たなくていい。危なくなれば、もちろん割って入る。あわよくば、負けてくれれば助けるのを遅らせるだけでいい。
野生の魔物は、他生徒の使い魔のように、遺伝子に刻み込まれた本能だけで戦っている訳ではない。当たり前だが、生き抜くすべを持って、生き抜いてきたものが私たちの前に現れる。三日前に生まれたばかりのゾンビでは、特殊個体といえども、あるいは……。
ましてや、魔術を使えないルルさんというお荷物を背負っている状態だ。
そう、荷物。
召喚魔術を得意とする者にとって、自身の価値を問うのはある種の職業病のようなもの。ルルさんの場合は、より一層それが顕著になるだろう。
自分に何ができるのかを知るというのは、使い魔だけに言えたことではない。それは主人も同じだ。
そして、手札という意味では、皆無に等しいルルさんはどんな選択をするのだろうか。
先に動いたのは、野生の魔物のほうだった。片方は大きく左に旋回、そしてもう一匹が直進する。
対して彼女らはその場に立ち止まって迎撃を選択したらしい。
本来であれば立ち止まるというのは、それだけで挟撃のリスクを抱え込むことになるから、悪手以外の何物でもない。でも、誰かを庇いながら戦うということはそれだけで、とれる選択肢が一つも二つも制限されるということ。あれ以上の策は現状望めない。
まずは、正面から突っ込んできた狼から対応するようで、拳を構えた状態で睨んでいる。下手に武器を持たせない選択はある意味では正しい。
構えが随分と様になっている。ルルさんは、あれを仕込んだのだろうか? いやまさか。きっと、あの特殊個体特有の、知能の高さがなせる学習技術だろう。
さて、当然だが正面に応戦している間、回り込んでの側面攻撃にはどうしても無防備になる。どうするつもりなのか?
その答えは、実に単純だった。
まず、正面の狼に放った左手ジャブ。これで、下顎が消し飛んだ。戦闘不能が一匹。
即座に腕を引き戻し、臨戦態勢を再度取る。
仲間がやられたことによって、もう一匹の狼は脚を止めている。
これで、一対一で仕切り直し。各個撃破が対複数戦のセオリーとはいえ、まさか一撃で沈めるとは思ってもいなかった。使い魔の後ろにいただけのルルさんも、驚きの表情を浮かべている。
しかし、すぐに何かを思いついたように、ローブの下のポーチをごそごそと漁ると、何かを取り出して使い魔に渡した。後ろでに受け取ったそれを手の平で揉んで、感触を確かめている。仕草が一々、人間臭いな。
何を受け取ったのかは、だいたい予想がつく。でも、まさか用意しているとは。
魔術でも、弓でも、ましてや銃でもない。単純明快、故に最も防御に困る遠距離攻撃。
使い魔は大きく振りかぶると、渡された石ころを凄まじい速度で、投げはなった。
「お見事です」
「ありがとう、ございます?」
ルルさんは、まだ呆然としている。立ち尽くしたように、動けなくなっていた。それをみて、使い魔は心配そうに座らせたり、背中を摩ったりしている。
この使い魔は、強すぎる。
彼女には不釣り合いとか、そういうレベルではない。今後成長していけば、私ですら釣り合わなくなる可能性もある。
やはり、ここで殺してしまおうか?
使い魔は手足を切り落として達磨にして、無効化。
ルルさんは軽くひねって気絶させる。
そのあとは、魔力量の差で無理矢理、召喚魔術によるつながりを壊す。
犯行現場は幻覚の魔術を張れば、生徒しかいないここでバレることは皆無。
頭の中で計画を練りながら、幻覚の魔術をくみ上げようとして、止めた。
こちらに近づいてくる筋骨隆々な人影。遠目でも分かる濃いメイク。ヨウクだ。
「こんにちは、ナユタ先生」
「どうかされましたか? ヨウク、先生」
こいつに先生呼ばわりされるのも、するのもやっぱり慣れない。
「いやね、模擬戦をするって聞いたから怪我人がでていないかを見に来たのよ~。そ・れ・と」
ニコニコと細められていた目が微かに開く。
「幻覚の魔術が今、必要で?」
……鋭い奴。
「いえ少々、グロテスクな狼の死体二匹を生徒の目から隠そうと思いまして」
地面に横たわる、頭部だけに重傷を負った二匹の死体を指さす。
「あら~、そうなの早とちりだったわ。ごめんなさい」
信じては、いないよな。
「私は、てっきりあなたがルルちゃんとの約束を反故にする気なのかと思ったわ」
「まさか」
「そうよね。ただ、これは独り言なんだけど、あのゾンちゃんは確かに、命令にないことでも考えて実行に移せる知能を早い段階で有している。でも、その念頭にはちゃんと、ルルちゃんのためにって考えがあるわ」
「……随分と大きな独り言ですね。それに危険因子であることには、変わりないかと」
「ふふふ、それもそうね。じゃあ、私は少し生徒たちの様子を見るわ。いいかしら?」
「お願いします」
離れていく、ヨウクの背から、目を逸らして他生徒の模擬戦の様子に目線を移した。
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