7

 管理人さん? 面白いこと? ルルと学園長の関係は?

 疑問が溢れる俺を差し置いて、二人は会話を続ける。


「ルルくんは凄いね。こんなに凄いゾンビは見たことが無いよ」


「そうなんですか?」


 ルルが俺を見上げる。いや、聞かれても困る。俺、生後二日だし。


「うん。凄いゾンビだよ。そうだな、あまり贔屓はできないけど……少しだけアドバイスをさせてほしいな」


 そう言うと、俺の持っていた本が淡く光、宙に踊る。そして、パラパラと風も無いのにページが捲れ出した。

 淡い光は徐々に強まり、それに比例してページの捲れる速度も早くなっていく。

 な、何だ!? 何だ!?

 そして、輝きがピークに達したとき、本はピタリと止まった。


「ここだ」


 ふよふよと本が再び、俺の手元に戻ってきた。


「僕からゾンくん、君への誕生日プレゼントだよ」


 一日遅れだけどね、と学園長がウィンクをする。茶目っ気たっぷりという風を装っているが、今さっきの光景を思い返せば、そんなもの感じることができるはずもない。


「それじゃあ、僕は帰るね。お勉強頑張るんだよ」


 そう言って、振り向いて歩き出した学園長は、一歩二歩と歩みを進めたかと思うと、三歩目には姿が消えていた。まるで、始めからそこには何も無かったかのような、静寂だけがそこにはある。


(何だったんだ、いったい)


 突然、現れては、嵐のように去っていったな。


(なぁ、ルル。今のって、)


 魔術なのか? そう聞こうと、顔を向ければそこには顔面蒼白となっているルルがいた。


「誕生日? プレゼント? あ、ぞぞぞゾンさん、わたし、そのプレゼント、用意できていなくて」


 何やらブツブツと呟きながら、縋るように差し出される震える手。俺は慌てて、その手を取った。


(どうした、ルル? 体調が、悪いのか?)


 見た目以外にも、伝わってくる感情からも酷く動揺していることが分かる。


「ち、違います。ゾンさんの誕生日なのに、わたし、わたし」


(いやいや、あれは学園長の言い回しだし、ルルはまだ小さいから、そんなこと気にしなくていいんだよ)


 なんとか、捻りだした言葉だったが、悪くないんじゃないか?


「でも、でも、」


 まだ、なにか言いたげだな。

 よし。


(ルル、俺はルルに生み出してもらった、これに勝る贈り物はないんだ)


「…………ほんとう、ですか?」


(あぁ。本当だとも)


 なんとか、収まったな。


 さて、一悶着あったが、落ち着いたので、学園長が開いた本のページに目を落とす。

 そこには、拳と足跡のようなマークが描かれていた。その上には、文字らしきものがある。

 さっきまで座っていた席に、腰を下ろす。隣にルルがおずおずと座った。


(これ、なんて書いてる?)


「これは、『スライムでも理解る! 体術入門!』って、書かれています。剣とか槍とかの武器じゃなくて、パンチとか、キックとかを使って戦う方法みたいだ」


 ゴブリンの次は、スライムか。スライムってあれだろ? あの水滴みたいな。あれに考えるとか、そんな高等な機能備わっているのか?


 まあそれは一旦、置いといて。


(体術か。やっぱり、俺は今後、戦うことになるんだよな?)


「いや、ですか?」


 またしても、ルルの顔が曇る。


(それがルルのためになるなら、嫌じゃない)


「よかったです。その、わたしほとんどたたかえないので、ゾンさんにはすごく無理をさせることになりますから」


 召喚した俺をうまく使うのも、ルルの実力だろうに。謙虚というかなんというか。


「あ、すみません。えと、この項目では、さっきも言ったように、体術に関しての説明がされています」


 ルルが、一つ一つ読み上げと解説を行ってくれた。

 まず最初に書かれていたのは、気の使い方だった。は? え? 気? いきなり、精神論?

 困惑していると、ルルが補足説明をしてくれた。


「気っていうのは、体内を循環させた魔力のことらしいです。これが滑らかにできるようになれば、鋼の剣を拳で受け止められるようになる、と書かれていますね」


(本当かぁ~?)


「ほ、ほんとうです! ほら、ここに、」


(あぁ、いやルルのことを疑っているんじゃなくて、)


 気がどうたらっていうのが、あまり理解ができない。


「ゾンさんは、ゾンビなのでたぶんですけど、循環させるだけの魔力がないんだとおもいます」


(え、ダメじゃん)


 学園長、ミスったんじゃないか?


「そこは、大丈夫です」


 ルルが握手を求めるように手を差し出してきたので、俺は半ば反射でその手を取った。


「いきますよ」


 繋がれた手を起点に、なにかが流れ込んでくる。

 温かい。そして、どこか懐かしさすら感じるような。


(これは?)


「わたしの魔力を少しだけ流し込んでいます。これで、循環させてみてください」


 言われたとおりに、循環させてみようとするが上手くいかない。暖められた手が冷えるようにして、流し込まれた魔力が刻一刻と減っていくのが分かって、焦ってしまうと余計にうまくいかない。

 そして、完全に霧散させてしまった。


(す、すまん、ルル)


「最初はみんなそうですよ」


(ルルもこれはできるのか?)


「いちおう、できますけど、あまり滑らかにはできないです」


(コツとかって……)


「うーん、感覚としか。何度もやってみるのが、一番ですよ」


 またしても、手に魔力を流しこまれる。

 今度はそれを霧散させないように意識してみるが、意味はなかった。


(も、もう一度、頼む)


「はい」


 よしよし、来た。とどめようと意識するとうまくいかない。ということは、この流し込まれた魔力というのは流し続けないといけないのだろう。

 だったら!

 ふんぬーぅあ!!

 力任せに引っ張るようにしてみると、かすかに動いた。よしよし、いけた。

 もう一度、同じようにしたところで、ふと、引っ張った方向とは反対に動いた気がした。どういうことだ?


「ゾンさん、すみません。わたしの魔力量だと次が最後です」


(わかった)


 目を瞑り、集中する。意識を、繋がれた手に向ける。

 ルルから脈動のように流れ込んでくる魔力。

 さっきはこれを俺は引っ張ろうとした。そして、引っ張った方向とは反対に動いた。

 それは、どういうことか?

 加わった力とは反対の方向に流れる性質がある?

 いや、おそらくこれは。

 流し込まれた魔力の少し後ろを意識してみる。魔力を押すのではない。あくまで、なにもないところを叩くような。

 すると、魔力がするりと動いた。さっよりも、軽い力だったはずなのに、手から肘辺りまで登ってきたのだ。

 魔力は船で、自分の身体は水。

 水に波を起こして、魔力と言う名の船を運ぶ。

 そんなイメージで魔力を流す。途中何度も霧散しかけたが、なんとか体を一周させることができた。


(で、できた……できたぞ、ルル!)


「よかった、です」


 そういう、ルルの顔はどこか疲れている。

 魔力が減ったことが原因だろうか?


「少し疲れただけです」


 そう言って、力なくルルが笑う。握っている手は、明らかに冷たくなっていた。

 少しどころではないのは明白だ。


(横になるか?)


 自分の腿をポンと叩いた。

 図書館で寝るのはマナー違反かもしれないが、倒れるよりはいいだろう。


「すみません」


 そういうと、ルルが膝にコトリと頭を投げ出した。そして、ほどなくして寝息が聞こえだす。

 顔にかかる黒髪を横に流して、俺はルルに解読してもらった本に視線をおとした。内容を忘れないように、一言一句、反芻する。

 これが、俺の武器になる。

 読めば読むほどに、不思議と、そんな確信が湧いてきた。

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