6
朝の食堂は、昨日とは打って変わって、がらんとしていた。
「休日の朝は食べない子も多いので」
まぁ、そういう子もいるのな。
(ルルはしっかり食べれて偉いな)
「お昼が食べれないので、食べないと持たないんですよね」
どういうことだろう?
疑問に思っていたら、休日は昼食時は食堂は閉まるのだと教えてくれた。たしかに、そうなのだとしたらだったらお小遣いの無いルルは、自分で買うこともできない。
「こればっかりは、どうしようもないです」
ヘラヘラとルルが笑う。困ったような、どうしようもないと、端から諦めているような。
見ているこっちが、苦しくなる。
(そうだな、仕方ないな)
だからと言って、俺に解決策があるわけではない。
ルールは変わらず、自分で料理を取って定食を完成させていくスタイル。本日、ルルが取ったのはミートソーススパゲティと、卵のスープ、それとリンゴのような果物だった。宣言通り、朝からがっつり行くなぁ。
食べ終わって、食堂をあとにする。
図書館は校舎の方にあるらしく、昨日、暗くなってから歩いた道のりを、反対に向かって歩いた。
「ここです」
そう言って、ルルが指さしたのは、ルルに召喚された教室の隣にある、空間だった。
そう、空間。教室と教室の間に挟まれた、隙間。扉もなければ、階段も見当たらない。
(ここが、図書館?)
「その入り口です」
ルルがその隙間の真ん中に立ったので、俺もそのあとに続いた。その中の空間だけ、心なしかひんやりとしていた。
ん? 地面に、なにか文字のようなものが……。
「飛びますよ」
(え?)
飛ぶ? どういうこと?
俺が疑問を口にする間もなく、地面に書かれた文字が淡く輝きだすと、景色がぐにゃりと歪んだ。
気が付いたらそこは、天に届かんばかりの本棚が立ち並ぶ図書館だった。本棚よりも高い天井は、高すぎて霞んで見えるほどだ。そこから、陽光のような朗らかな光が降り注いでいた。
本のページをめくったように、急に切り替わった景色に脳が追いつかない。
「到着です。転移酔いは、していなさそうですね」
隣にいるルルは落ち着いた様子だった。
(すごいな、これ)
景色もさることながら、紙とインクの重厚な匂いに、日光の香り。この場にある書物の全てに敬意を表したくなるような、荘厳さすら感じられた。
「わたしも、最初、ここに来たときは、感動しました。ゾンさんも同じみたいで、嬉しいです」
図書館だからか、いつもよりもルルが声を抑え気味に言った。
俺たちが転移したのは、図書館の中心部のようだった。近くには、地図まである。
蜘蛛の巣状に本棚が置かれており、ところどころ机と椅子のある空間が用意されているようだ。にしても、どんだけ広いんだよ。
ルルが地図にぺたりと手をついて、何かを呟く。
「『召喚魔術科四年ルル=ベネティキアです』」
その言葉に反応してか、地図の表面が波打った。
「いきましょうか」
ルルに先導されて、本棚の間を縫うようにあるく。同じ景色ばかりでありながら、そこをスイスイと歩いていくルルの背中を追うのは一苦労だった。はぐれたら終わる。そんな緊張感があった。
何とか小さな背中を見失わずにたどり着いたのは、机と椅子の置かれた区画だった。因みにここまで、他生徒には誰一人として会っていない。
「少し待っていてください」
そう言うと、ルルは本棚の陰に消えていった。追いかけようかとも思ったが、それで迷子にでもなったら目も当てられないので、おとなしく椅子に座って待つ。
戻ってきたルルは、何冊かの本を両手で抱きかかえて持ってきた。
「まずは、これからですね」
机の上に置かれた本は、全部で4冊。
薄い色付きの本。緑色の肌をした鬼? のような生物が表紙にデフォルメされて描かれている。ゴブリンだろうか?
紙をひもで束ねたような本。こちらの表紙にはかわいらしい骸骨が描かれている。
分厚く、ひときわ大きな革張りの本。金色の文字が書かれているだけの、シンプルなデザイン。
そして、革張りの普通の大きさの本。表紙に花の絵が描かれている。
(えぇと、ルル、これは?)
「文字を覚えるところからかなと思いまして。最初はこの『ゴブリンでもわかる! かんたん! ことばのおべんきょう!!』からやっていきましょう」
あー、たしかにそれもそうか。会話に支障はないが確かにこうしてみると、本の表紙に書かれた文字は読めない。そこから、勉強しないといけないのか。
(あぁ、ルル先生、お願いしますよ)
「ふふふ、任せてください」
得意げにするルル。いい生徒となれるように、頑張ろう。
(俺は、ダメなゾンビです)
「そ、そんなことはないですよ」
どこか俺から目を逸らしてルルがいう。その気遣いが余計に悲しい。
知能がゴブリン以下だということが判明して、俺は机に突っ伏していた。
だいたいなんだよ。ミミズの寝相の違いを探すような文字しかないじゃないか! しかし、ルルはこれは使いこなしている訳で、投げ出すこともできない。
「も、もう一度、頑張りましょ? ね?」
なんとか、ルルに励まされて勉強に励んだ。そして、最後には、ルルが慈愛に満ちた目で俺の手を握ってこういった。
「使ってれば、覚えますよ」
匙を投げられてしまった。
(ごめん、ごめんよルル)
悲しくて涙が出そうになる。
本来なら、ゾンビのことについて調べる予定だったのに。調べる以前のところで、躓いてしまった。
「図が多いものなら、文字が読めなくても楽しめると思います」
再び、ルルが本棚の陰に消えていく。このまま、捨てられるのだろうか? 哀れな捨てゾンビとして、一生を終えるのか。はは。
そんなことを考えていると、戻ってきたルルが一冊の本を俺の前に置いた。表紙には拳と剣の絵が描かれている。
「武術の指南書です。これなら、図の解説がほとんどですよ」
ペラペラとめくってみると、確かにほとんどが図で構成されている。素振りの仕方や、立ち姿勢について、転ばされた時の受け身の仕方なんてものまである。
(ルル! ルル!! ありがとう)
「どういたしまして」
読める! これなら、読めるぞ! 読んでないけど!
勢いのままに読み進めること数分。分からないところが、チラホラ出てきた。ルルは俺の隣で難しそうな本を読んでいるが、かなり集中しているようで、邪魔するのは気が引ける。
どうしたものか?
「どこか、分からないところがあるのかい?」
(この、びりびりしているのってなんなのかn……)
っ⁉⁉⁉ 誰っ!?
俺は咄嗟に飛びのいた。
椅子を蹴飛ばして、ルルの首根っこをつかんだ。そして、強引に引き寄せる。
「キャッ!」
かわいらしい悲鳴が聞こえたけど、悪いが今は我慢してもらうほかない。
そこにいたのは、初老の男、いや若い女、壮年の女? 中年の男? なんだ、こいつ?
同一人物のはずなのに、印象が刻一刻と変化し続けている。一秒前の顔を思い出せない。
「ぞ、ゾンさん⁉ どうしたん……あ、学園長」
「こんにちは、ルルくん。お勉強かい?」
「こんにちは。はい、ゾンさん、昨日召喚してパートナーになった子が本を読みたいっていったので」
えぇと、学園長ってことは、大丈夫な人?
(なぁ、ルル、この人は?)
「あぁ、ごめんなさい。こちらの人は、学園長先生です」
「どうも、学園長だよ。ゾンくんだったね。よろしく」
そう言って、握手を求める手が差し出された。顔を見れば、そこには好々爺の姿があった。
やや警戒をしつつ、ルルを降ろす。
握手はしない。その意思が伝わったのか、学園長は残念そうに手を引いた。
「学園長はどうして、ここに?」
「管理人さんから、ルルくんが面白いことをしているって聞いてね」
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