5

 す〜ば〜らし〜い〜、あ〜さがきた〜。


 てなわけで、朝日が登ったのを見届けた。夜の間、何もすることなくて暇だったな。今日、図書館で本でも借りれたら、暇つぶしに借りよう。

 ルルを起こす時間を聞くのを忘れてた。一度、起こして聞くことも考えたが、すやすやと心地よさそうに眠る邪魔をするのも悪い気がする。


 ただ、ぼーっとしているのも飽きてきたので、洗面台で身支度を整えることにした。

 顔を洗おうとしたところで、蛇口はあるのに水を出すためにノブがないことに気が付いた。代わりに、丸い球体のようなものが両サイドについている。

 真上から見ると男こn……ゲフンゲフン、随分と個性的な形をしているな。ふと、何の関連性もないが、ほんっとーーに、なにも、関係はないのだけれど、自身の身体の一部がどうなっているのかを確認するのを忘れていたことを思い出した。

 ズボンを引っ張って中をっ確認する。電気もつけていない洗面所で、自身のモツを確認する。こんな姿、ルルには絶対に見せられないな。

 そして、俺は自身の股間に、我が半身とも呼べる存在、マイリトルブラザーの姿を確認した。暗視によってその全容を一目で視認することができた。そこに、それがある、ということに、酷くホッとしつつルルの寝るベッドの隣に戻る。


 再び、窓から外を眺めれば、少年少女の姿がチラホラ見えた。昨日は気づかなかったが、ルルの部屋からは裏庭のような空間が一望できる。


 今日は、ルルのクラス以外の子供も休日のようで、私服と思われるラフな格好の子が多くみられた。そして、そのほとんどが木剣や綿槍などの武器で素振りをしていたり、走り込みを行っている。まだ、朝早いというのに、元気のいいことだ。

 しばらくすると、素振りをしていた子供同士で、模擬戦が始まった。

 木剣を持った緑髪の少年と、綿槍を持った青髪の少年。二人の表情は真剣そのもので、ジリジリと回りながら間合いを測っているようだった。そして、それを見守っている赤髪の少年の傍らには、赤い肌をした鬼のような魔物が控えている。うーわ、強そ。しかし、あんな魔物、昨日、ルルのクラスメイトが召喚した魔物の中にはいなかったので、おそらく上級生なのだろう。


 それよりも、今は模擬戦だ。


 間合いを探りあっていた少年二人、先に動いたのは青髪の少年だった。

 腰の入った一撃。

 いくら先端が綿の練習用の槍とはいえ、気迫の籠った攻撃だ。当たれば痛いではすまない。

 しかし、緑髪の少年はそれを軽く木剣でいなして懐にもぐりこむ。

 それに青髪の少年は素早く反応して、距離を取るためにさがろうとした所で、緑髪の少年が不自然に加速した。

 なんだ、今の動き? 

 その勢いのまま、タックルを喰らわせ、倒れた青髪の少年に、木剣を突き付けた。勝負アリだな。

 緑髪の少年が木剣を下ろして、手を差し伸べて起き上がらせるところまで見届ける。うんうん、いい関係だ。俺としても、ルルにはぜひともああいった友情を育んでもらいたいものだ。少年たちは、朝の鍛錬はそれで終わりなのか、帰っていった。因みに、赤髪の少年は終始見守っているだけだった。怪我でもしていたのだろうか?

 にしても、あの緑髪の青年が使った不自然な加速。あれはいったい?


 思考めぐらせようとしたところで、ベッドから布のこすれる音が聞こえた。


「ん…………、ゾンさん……?」


 ルルが起きたらしい。


(おはよう、ルル)


「おはようございます」


(もう少し、寝ていてもいいんじゃないか?)


「朝ごはん、食べれなくなる、ので……」


 そういうルルは、モゾモゾと身を起こす。未だ寝ぼけ眼ではあるが、起きる意志は強いようで、ベッドから降りようとして、失敗してバランスを崩す。


(おっと)


「あ、ごめんなさい」


(大丈夫か?)


「はい、」


 うーん、朝に弱いのだろうか?

 このまま歩かせるのも不安なので、両脇に手を入れて洗面所まで連れていく。こうしていると、大きめの猫みたいだな。


(ほら、ルルついたぞ。顔洗えー)


 俺には水の出し方が分からないので、ルルに自分でやってもらう他ない。

 ルルはなにも言わずに、球体の片方に手をのせると蛇口から水が出始めた。あー、そうやって使うのね。覚えたぞ。

 そして、顔を洗って少しは目が覚めた様子のルルがこちらを向く。


「すみません、ゾンさん。お手間をかけました」


(いいよ、こんくらい。にしても、ルルって朝弱いの?)


 俺が聞くと、ルルはアハハと、情けなく笑う。


「昨日、ゾンさんを召喚するときに魔力を殆ど使ったので、体のダルさが抜けなくて」


 なんと! 俺の所為だったのか。


(気怠いんだったら、今日はゆっくりするか?)


「いえいえ、そんな⁉ よくあることなので、気にしないでください」


(よくあることって、魔術ってのは大変なんだな)


「いや、魔術が、っていうよりかは、わたしが悪いんです」


(? ルルが悪い? なんで?)


「その、わたしの魔力がすごく少ないので……」


 あー、そういうこと。

 魔術を操る力が、魔力。そして、魔力の総量がルルはかなり少ないらしい。


「魔力は生まれつきの素質が大きいので、魔物を倒してもあまり成長しないんですよね」


 ん? まるで魔力以外は、魔物を倒せば成長するような口ぶりだ。

 そのことを聞こうとしたところで、大きな鐘の音が鳴った。


「あ、七時ですね。食堂にいきましょうか」


 鐘の音で時間を把握しているようだ。


(なぁ、ルル。魔物を倒したら、強くなるのか?)


「はい。えぇと、たしか、魂の一部が流れ込んできて、魂が強化されることで、それに伴って肉体も強化される、らしいです」


 随分と、他人事感がある。

 まぁ、倒すとは言っているが、それが殺すことを指すのは想像に難くない。そして、ルルがそれを経験しているとは思えない。


(じゃあ、俺が強くなれば、問題ないな)


「フフフ、お願いしますね」


 ルルはおかしそうに笑う。

 そして、おもむろに服を脱ぎ出した。

 え⁉ ちょっと⁉ ルルさん⁉⁉


(る、ルル⁉ なにやって!)


「何って、お着換えですけど?」


 きょとんとした顔で俺を見上げるルル。寝起きでもかわいいなぁ、ちくしょう!


(人の目を気にしろ!)


「ゾンさんしかいませんけど?」


 きょろきょろと辺りを見渡してから言った。

 あー、たしかに、俺は人じゃないもんなぁ。ゾンビだもんなぁ。

 そんな妙な納得をすると、さっきまであった背徳感と危機感は急激に形をひそめていった。


(んんっ、すまなかった。少し、取り乱しただけだ)


「? そうですか?」


 不思議そうな顔をされたが、そのままルルはいそいそと着替えを再開しだす。目線を逸らすのも変なので、特に意識しないことを意識する。結果としてチラ見を繰り返す不審者になったのは言うまでもない。

 そんな、俺のことは意にも返さず着替えを行うルル。今はまだ幼いからまぁ、いいだろう。未来のことは、未来の俺に任せた。

 着替えを終えたルルは、制服の姿になっていた。


「私服は、その、パジャマ以外、ないので」


 うーん、せめて、休日に着る服が欲しい。しかし、金がないというのだから、仕方があるまい。

 部屋を出て鍵を閉めたルルの隣に並んで歩き出す。昨日の失敗もあって、歩幅を合わせることを忘れない。


「ゾンさんは、今日、図書館で何を調べるんですか?」


(え?)


 俺、調べものするとかいったっけ?


「昨日、調べたいことがあるって言ってましたよ?」


 あー、言った気がする。あの時は、落ち込んだルルを元気づけるために口から出まかせを言っただけなんだけど。


(自分のことかな)


 咄嗟に出たのは、それだった。


「自分……ゾンビの生態のことでしょうか?」


(まぁ、そんなところ)


 口から出まかせではあったが、なかなか悪くないんじゃないだろうか?

 今後のためにも、自分のことについてはある程度知っておいて損はない。


(ルルはどうするんだ?)


「わたしは、魔術についてのお勉強です。使えなくても、知っていることが大事なので」


(うん。いい心がけだと思う)


 使えないからと、臍を曲げるのではなく、知っておこうとするのは、すごくいい姿勢だ。俺の言葉に、ルルは嬉しそうに微笑む。


「そう、言ってもらえて、嬉しいです!」


 その言葉に、俺も嬉しくなってルルを肩車しようとしたら、怒られてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る