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 食堂は人でにぎわっていた。てか、広っ⁉ ルルの脚なら、端から端まで行くのに往復で15分はかかるぞ!


 ルル近しい年代と思われる子供が多いが、配膳をしているもの以外にも、教師とみられる大人もちらほら。


(なぁ、ルル。魔物の俺も入っていいのか)


「大丈夫だと思いますよ。ほら」


 ルルの指さす先には、骸骨の蛇いた。その頭には料理の乗ったお盆が乗っている。器用だな。

 近くには、骨の蛇の魔物の主人と思われる金髪をポニーテールの女生徒の姿があった。ルルよりも年上に見える。


「一応、悪臭を放ったり、大きすぎたりするとダメってルールはありますけど、基本的に私と一緒ならゾンさんも出歩けますよ」


 なるほど。魔物を連れている生徒は目立つが、よくよく見ればその数自体はかなり少ない。


「ゾンさんもなにか食べますか?」


 積まれたお盆を一枚とったルルが、俺を見上げて聞いてくる。


(うーん、俺はいいかな。いい匂いだとは思うけど、食欲があんまり)


「まぁ、ゾンさんはアンデッドですからね」


 そう言うルルはなぜか、少しだけ残念に見える。


「誰かと、一緒にご飯を食べてみたかったんですよね」


 たしかに、ルルのクラスでの扱いを見る限り、一緒に食事をしてくれる友達などいる訳がない。


(他のクラスに、その、友達とかはいないのか?)


「いないです。その、わたし、黒髪なんで」


(ん? 髪の色がどうしたって?)


「あ、えっと」


 俺たちが話をしている間にも列は進んでおり、ルルが説明をしようとしたところで、ちょうど俺たちの番となった。まぁ、俺は食べないんだけど。


「席に戻ってから説明しますね」


 そう言うと、小さなハンバーグの乗ったお皿にルルが手を伸ばす。どうやら、ここでは料理の乗った皿を各々取って、自分で献立を完成させるシステムらしい。


 前に進んで、今度は主食のコーナー。パンに米、パスタなどもあるが、ルルが選んだのはシンプルなバターロールだった。

 再び進むと、今度はスープコーナーとなっており、ポタージュや、ジュレなど種類が多い。すでに皿に注がれているスープの中から、湯気がたっていないものを選んでいた。猫舌なのだろう。


 そしてそのまま流れに沿って列を抜ければ、今度は席を探すことになる。

 きょろきょろとルルが辺りを見回すが見つからないようだ。俺も探してみるが、改めて人が多いと思う。

 長机と長椅子が何列か置かれており、各々自由に座っているようだが、殆ど埋まっている。


 あ、豚ガキがいる。その隣には、豚ガキにそっくりなオークの姿も。そして、一人と一匹はものすごい量の料理を水でも飲むかのように食べていた。てか、食べ方が汚い! 周囲の子供も引いているようで、アイツらの周りだけ空白だった。

 ルルは気づいていないようだが、教える気にはなれない。

 どこか無いかな……、あ、空いた。

 食事を終えて談笑していた四人組が、席を立つのが見えた。


「あ、行きましょう。ゾンさん」


 ルルも気づいたようで、そちらに向かって歩きだす。後ろについて行く。


「良かったです。今日は早めに座れました」


(今日ので早いんだったら、普段はどんだけ待つんだよ)


「まぁ、それはまちまちですね」


 席に着くなり、ルルがスープに口をつける。俺もその隣に座る。

 中身はトマトスープだろうか。鮮やかな赤いスープに具沢山の中身。おいしそう。おいしそう、なのだが食べたいという感情には結びつかない。花をみても綺麗とは思っても食べたいとは思わないような感じ。

 もぐもぐと、おいしそうに食べるルルを眺めているだけで、自分が満足感で満たされていくのが分かる。


「ッチ、黒髪かよ」


 しかし、そこに水を差す舌打ち。その出所は、食事を終えたのであろう、少年二人組のうちの一人だ。

 ルルは食事の手を止めて、何も言わずに俯いている。


「おい、やめとけって」


 そして、もう一人の少年がなだめるように背中を押して、去っていった。

 食事時になんとも気分の悪い奴らだ。


「あの、わたしの髪のことなんですけど」


(いいよ、その話はあとで)


「え?」


(ご飯はおいしく食べるもの。だから、まずくなるような話は後にしよ、な?)


「……はい!」


 よしよし。先延ばしにできたぞ。


 黒髪があまりいい印象を持たれていないことは分かった。そして、それが分かったのなら、わざわざ本人の口から説明させる必要もない。

 程なくして、ルルは食事を終えた。

 早食いとか、食べ方が汚いとかは無いが、そもそもの量が少ない。


「部屋に行きましょうか」


(少しゆっくりしなくていいのか?)


「大丈夫です。ゾンさんとお話したいこともあるので」


 忘れてくれてはいなかったか。


「お気遣いありがとうございます。ですが、ちゃんと説明しておきたいので。それに、慣れてますから」


 慣れていいもんじゃないだろうに。

 ルルがそう言うので、立ち上がったルルの後ろについて歩く。食器は自分で下げるルールらしく、そこに寄ってから食堂を出た。

 ちなみに、豚ガキはまだ料理を貪っていた。



 食堂を出て、一度外に出る。そして、校舎とは反対側に向かって歩く。こちらに、ルルの部屋がある寮があるらしい。


 この学園にいる子供は、皆一様に寮生活だとルルが教えてくれた。また、その中身が爵位によって大きく異なることも。


「わたしは伯爵家の出なので、下級寮です」


 そういったので、どんなボロ屋なのかと危惧していたが、部屋には風呂もトイレも備え付けのものがあるらしい。よかった。

 公爵や王族の住まう上級寮になると、専属のコンシェルジュがいるらしく、また個人でメイドを雇うこともできるらしい。


「洗濯とかは一応、業者の方が週に一度来てくれるので、特に苦労はしてないです」


(こんなに幼いのに、親元を離れて一人で暮らしているだけで凄いって)


「そう、言ってくれるのは嬉しいです」


 俺を見上げながら、ルルが満面の笑みを見せてくれる。生まれてきてよかった。生後、一日経ってないけど、生まれた意味を知った気分だ。


(実家に帰りたいとかで、悲しくなる夜もあるだろうに、大変だな)


 寮と思われる建物に入ると、子供の多いこと多いこと。爵位で分けているだけで、学年での区別はされていないようで、大小様々な子供が行き交っている。


「帰りたくは無いんですよね」


(え? なんで?)


 ルルは俺の質問に答えないまま、入ってすぐの場所にあった階段を登る。二階を通り過ぎて、三階。そこの廊下の突き当りの部屋にまっすぐとルルは向かった。


「ここです」


 それだけ言うと鍵を開けてドアを開けてくれた。

 室内は真っ暗だったが、ルルが壁の一部に背伸びして手で触れると照明がついた。

 入ってすぐ、両隣にドアが二つ。両方から水の匂いがするので、風呂とトイレだろう。

 壁に寄せられたベッドと、備え付けと思われる机。それ以外は、クローゼットがあるだけだ。てか、ワンルームなのか。


 ……一部屋しかないのを、ワンルームって言うのね。もう、驚かないぞ。


 トテトテと窓に近づいたルルは、開け放つと机とセットと思われる椅子に腰掛けた。

 そして、少しだけ、本当に少しだけだけど、悲しそうな顔をして誤魔化すように笑った。


「えぇと、ようこそ?」


(お邪魔します?)


「フフフ、なんか変ですね」


 クスクスと笑っているがどこか無理しているのが伝わってくる。表情からとかではなく、繋がりのようなものが原因だろう。


「さっき、食堂で話しそびれたことです」


 ルルが自分の黒髪をクシャリと握った。

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