第16話

 トザンには、身体の持ち主が奴隷だったとは思えない。なぜなら、ちゃんとしたキャンプ用品を用意していたからだ。

 服装自体、逃げてきたことを思わせるような粗末なものではなく、ファンタジックではあるがキチンとしたものだった。それどころか、元の身体が着ていたくたびれた安物スーツよりはよほど質が良い。

 貿易のために訪れて、ついでに森でキャンプしたという可能性も少しあるが……それにしては、『ついで』とか『ちょっと』、という装備品ではないのだ。

 流浪の旅人のほうがしっくりくる。

 どのみちヤーナ教国という国は出身国でないのは確かだろう。人族至上主義でさらにその中でも差別がひどいような国にいたとは思えない。

 身なりとしては、金持ちが世界一周を気取って旅を続けていた、って感じだなとトザンは推測した。


 顔を上げて、トザンがセレネに尋ねる。

「……セレネさんの話を聞くかぎり、この身体の持ち主がヤーナ教国から来たとは思えないんです。となる隣国となるんですが、隣国はどんなところなんでしょうか?」

 セレネは考えつつ答える。

「隣は帝国です。強国かつ大国で、人種も様々です。ヤーナ教国は教義と聖女の加護を盾に対抗していますが、小さな周辺国は帝国の属国か、併呑されている、と聞きました」

 トザンは、そちらから来た可能性が高いな、と考えた。

 ただ、血気盛んで戦争しまくっている国って怖いなと思った。


 トザンがサチを見ると、急に見られたサチはキョトンとした。

「……今の話を聞く限りだと、俺たちの身体の持ち主は帝国から来たようだ。……どうする? 一度、帝国に行ってみるか? いつまでもキャンプで野宿しているわけにも行かないし、ここがどういった世界かを知っておきたい気持ちもある」

 サチは、そう言ったトザンを見つめてあっけらかんと答えた。

「先生がそう言うんならいいですよ」

 トザンが呆れる。

「……お前に聞いているんだよ。主体性を持て」

「うん、だから、先生の言ったとおりにするっつーのが、私の主体性ですって」

 トザンが額を押さえた。……サチがトザンに負い目を感じているのも知っている。真剣に自分で考えて決めろ、と言っても無駄だろう。


 トザンは額から手を離して言う。

「わかった。じゃあ……セレネさん。隣国に行くのならご一緒させていただけないですか。俺たち、話したとおりこの世界の人間じゃなくて、この世界の基本情報や常識を知らないんです。ご迷惑でなかったら、道中教えていただけませんか?」

 セレネは驚いた後、おずおずと言った。

「そ……それはとてもありがたいお申し出なのですが……。私、実は幼い頃から教会にいたのであまり世間に詳しくないのです。書物での知識が主になりますので、お役に立てるかどうか……」

「いえ、それでも私たちよりはあると思います。ご迷惑でなかったらどうかよろしくお願いします」

 トザンに再度頼まれ、セレネはうなずいた。

「わかりました。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

 そうして、サチとトザンはセレネの案内で帝国に行くことになったのだった。




※重い話がようやく終わり、いよいよ楽しい旅路になります!

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