第12話

 サチとトザンは呆けたまま、セレネを見つめた。

 何しろ、ここでキャンプして初めて出会った人間だ。

 セレネもまさか人がいるとは思わず、驚いて立ちすくんでしまった。

 驚いたまま三人見つめ合っていたが、真っ先に自分を取り戻したのはサチだった。

「おねーさん、どこから来たの?」


 その声でトザンも我に返り、セレネを観察した。

 ……ひと言で表すならボロボロだ。

 服は泥や埃がついて白い装束が薄茶色になっているし、顔も汚れている。

 何より、ひどく痩せ細っていた。元のサチを思い返すようだ。


 セレネもサチのひと言で我に返った。はかなげな美青年が発するとは思えないほど呑気な言葉だったからだ。

「……え……と、あっち。ヤーナ教国から来ました」


 サチとトザンが顔を見合わせる。

 今、キーワードが出たからだ。

 あちらには、ヤーナ教国という国があるらしい。

 トザンはさらに考えを進めた。

 国の名前を出した、ということは、ここは別の国か国境沿いということだ。


 トザンが考え込んでいるうちに、セレネが膝をつき、祈るように懇願した。

「……お願いです。水を分けてもらえませんか。実は、もう二日も水を飲んでいないのです」

 驚いたサチとトザンは、また顔を見合わせた。


「……助かりました」

 慌てたサチとトザンが水をカップに注いで渡すと、セレネはすぐに飲み干した。

「スポドリのほうが良くないですか?」

「どこにそんなもんがあるんだ。とにかく水を飲ませよう」

 サチとトザンが会話しつつ、セレネに水を飲ませる。


 何杯か飲んだセレネが、ようやくひと息ついた。

「……生き返りました」

「もうちょっと先に行けば川があるんですけどね」

 トザンはミネラル補給にと少量の塩を渡しながら言った。

「そうなんですか……。それなら川のある場所を聞けば良かったですね」

 セレネがつぶやいたら、サチが手を横に振った。

「いやいやいや。暗くて危ないですよ。また汲めばいいんだから気にせずに」

 セレネは、生まれて初めて人に親切にされ、感激しつつ微笑んだ。

「ご恩は必ずお返しします……と言いたいのですが、私、実は隣国に行く途中でして……。そこで落ち着いたらになってしまいますし、いつとはお約束できないのですが……」

「いやいやいや。たかが水ごときで大げさッスよ」

 セレネの言葉に返したサチの言葉がひどい。内容はいいのだが、少なくとも美青年が紡ぐ言葉じゃない。


 ……と、トザンだけでなくセレネも思ったようだ。微妙な笑顔で曖昧に微笑んでいる。

「あ、スープ食べます? まだ余ってるから。焼肉は食べ尽くしちゃったんですけど」

 微笑むセレネにサチが尋ねた。

 トザンもうなずいた。

「水も飲んでいない状態でしたら、まずはスープや柔らかい食べ物のほうがいいですね。よかったらどうぞ」

「……でも……」

 セレネは遠慮して辞退しようとしていたが、サチがさっさとスープを器によそって差し出すと、おずおずと受け取った。

 そして、そうっと一口すすり、飲み込むと泣きだした。

 サチとトザンは、目が点になった。

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