第9話

 サチは実際、忌避感がなかった。

『あの肉は食べられる。しかも美味しい』という囁きが聞こえてきたので是が非でも食べたい。

 倫理? ナニソレクエンノ? 的発想で肉の解体に臨む。

 異形という名の食材に手をかけようとしたとき、ドン引きした顔のトザンが目に映ったので、

「あ、先生。さすがにお子様の倫理に反するグロ画像なのでアッチに行ってていいですよ」

 と、親切心で言った。

 ムカッとしたトザンは言い返した。

「中身は成人男性。それに、ガワはロリババアだよ」


 サチは鮮やかな手つきで解体していった。

 トザンはプライドに懸けてその場を動かなかったが、むせかえる血の臭いで食欲はない。

 吐かなかっただけ偉いと褒めてほしい。


 サチはテキパキと進めていって、無事、解体が終わった。

 川に入りジャブジャブと血を洗い流しながら爽やかな笑顔でサチは言う。

「先生、肉パしましょう、肉パ!」

「…………ごめん。俺、血の臭いに酔ったから、ちょっと休ませて」

 青い顔でトザンが返した。


          *


 張って死体から離れたトザンは途中で力尽きて倒れるように寝込んでしまったが、料理の匂いに気付いてふと目を覚ました。

 慌てて飛び起きたトザンが、サチに駆け寄る。

 辺りはもう暗くなっていて、そしてさらに異形の死体(の残骸)が追加されていた。しかも、それらはすでに捌かれた後だった。

 どれくらい寝ていたんだ……とトザンは自分を殴りたくなった。


「スマン! 大丈夫だったか!?」

 サチはのんびりと振り返り、笑顔でサムズアップする。

「だいぶこの身体に慣れてきたから、余裕ッス!」

 ちょっとショックをうけたトザンだった。


 夕食の支度までサチがしてくれたらしい。

 スープはとてもいい匂いがした。

「あ、食欲ないっぽいならスープだけでもどうスか? 具は先生が寝てる間にしとめたヤツだから。あ、魚も入ってるんで、肉がダメなら魚のほうをよそいますよ」

 サチが笑顔でトザンに告げる。


 トザンは、サチの気遣いが身に沁みた。

 サチは、とてもいい子だ。明るくふるまっていて、日本じゃ大変な思いをしていたんだろうに、それをどうすることも出来なかった担任と一緒にいて、ここでもあまり頼りになってないというのに、それでも爽やかな笑顔を向けてくれる。


 トザンはサチに歩み寄り、小さな手でサチの頭を撫でた。

 唐突な行動に、サチは動揺する。

「……な、なんスか?」

「サチはいい子だなぁと思ったからだ。……頼りになんない担任でごめんな」

 サチはポカンと口を開けた。

 トザンはその顔を見て、ホンット、美形が台無しだな、ガワが真逆だったら良かったのにと心底思った。


 サチは、トザンが申し訳なさそうに言う理由がわからなかった。

 今現在、サチはかなり好きなように生きている。

 トザンは担任だからという信念でサチのめんどうをみようとしているが、ロリババアとはいえ見た目幼女だし、自分はオッサン……どころじゃないジジイだし、自分の方こそトザンを守らなくてはと思っている。

 恐らく、ここに喚ばれたのは自分だろう。そして、トザンがサチに話しかけたタイミングで喚ばれたので、巻き添えを喰ったのだろう。それはほとんど確信に近い。

 だから、この身体に憑依したことを幸いに、出来るだけトザンには苦労をかけたくないし恩返しをせねばと思っているのだ。


 困り顔のサチは、トザンに撫でられつつ言った。

「……とりあえず、スープ飲みませんか?」

「そうするよ」

 トザンはうなずくと、座ってサチのよそったスープを受け取った。


「……美味い」

 一口すすって、トザンはうめくように言った。

 くやしいが、トザンの作る魚のスープよりも美味しく感じる。

 肉、やっぱり大事なのか。

 ……とトザンは考えていたが、単に魚に飽きてきただけだったりする。


 それに思い至らずトザンが打ちのめされていると、さらにいい匂いが漂ってきた。

 ふとサチに目を向けると、コソコソと肉を焼いている。

 トザンはつい、声をかけた。

「それって、もしかして……」

 どう考えても、あの異形の死体から捌いて取った肉だろう。

 トザンに声をかけられたサチは飛び上がった。

「ひぅっ! いや、あの……」

 辺りには肉を焼く香ばしい匂いが充満していて、どうやってもごまかしきれないのだが、隠し通せていると思い込んでいたサチはしどろもどろになった。


 サチは、解体作業で青くなっていたトザンを思いやってコソコソ食べようとしているのだとわかった。

 トザンは、実に現金な胃袋だなと内心苦笑しながらサチに頼んだ。

「悪い。腹が減ってきたから、俺にも肉を焼いてくれないか?」

 恐る恐る振り返ったサチは、苦笑しているトザンを見て目を見開くと、笑顔で思いっきりうなずいた。

「肉パしましょう!」

 サチはそう言うと、ガンガン肉を焼く。

「全部やってもらったのにいただいて悪いな」

 謝りつつトザンが肉を食べると、その美味しさに驚いて固まる。

「……美味すぎだろ。もっと獣臭いかと思ったのに、ぜんぜんだ」

 サチも肉をほおばり、片手で頬を押さえながらうれしそうに言った。

「はぁ~。本当にお肉、美味しいですねぇ」

「うん、美味い。けど、美形が台無しの顔、ホントやめてくれ」

 サチが女子っぽいポーズを取るのでより台無しだった。


 そうして二人がワイワイと騒ぎながら肉を食べ終えたとき、またもや音が聴こえてきた。

「……ん?」

 トザンがそちらに意識を向ける。

「また出てきました?」

 サチが尋ね、弓を取り出す。

「ちょっと待て。……なんかこう、弱々しい、ヨタヨタした感じだ。攻撃的じゃない気がする」

 トザンとしては、なんでもかんでも死体にしたくない。

「ほぇー! 先生もとうとうシックスセンスを駆使するようになりましたねぇ」

「その言い方やめて! 痛々しい人みたいだろ!」

 などと言い合っていたら、木の陰からよろめくように影が出てきた。

 その影は、たき火に照らされ姿を現す。

 サチもトザンも、姿を現したそれを凝視した。

 それは、明らかに人間の女性の姿をしていた。

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