第8話
翌日。
二人でせっせとグレーアウトしたステータスを解除すべくいろいろ試していたところ、遠くからガサガサという物音が聞こえてきた。
トザンはいぶかしんで、そちらをジッと見る。
「……ん? なんか聞こえないか?」
「風の音じゃないですか?」
「いや、これは……」
トザンが戸惑うほど、結構な勢いで近づいてきている。
そして、ソレが現れた。
とてつもなく大きな猪、のような異形。
二人は現実感もなく、異世界みたいだなぁ、とボンヤリと思った。
異形は、トザンたちを認めると、ものすごい勢いで向かって突進してきた。
とっさにサチは弓をとり矢をつがえ、異形に放つ。
矢は異形の片目に刺さったが、勢いを落とさずトザンに向かった。
「先生!」
サチはまた矢をつがえ、今度は足に向かって射る。
見事、矢は足に刺さり、異形が短く鳴いてよろけ、スピードを落とした。
ボーッとしているかに見えたトザンはハンマーを持ち、横にある木に跳び、さらに木を蹴って跳び上がり、異形の頭めがけてハンマーを振り下ろす。
異形の頭がトザンのハンマーによてひしゃげた。
そのまま地に伏し、短く痙攣した後動かなくなった。
二人は現実感なく異形を見下ろしていたが、トザンがふと、「ステータスオープン」と唱えた。
そして、フムフムとうなずく。
「全体的にステータスが上がり、グレーアウトが解除されたのもあるな」
「え!」
サチが驚いて「ステータスオープン!」と唱えてステータスウインドウを見ると、サチも同じく、今まで上がらなかったステータスがぐぐんと上がり、弓術が解除されていた。
「え……。どゆこと?」
サチは呆ける。
……そもそも弓初心者が一連の動作をやってのけるのがおかしいとサチも思っている。
トザンの身のこなしなんかはアクション映画のようだった。本人たち自身は途方にくれていただけだったのに。
トザンがあごに手を当てた。
「仮説の一つとして、敵……今回の場合は突っ込んできた動物を倒すと経験値的なものが加算されて、ステータスが少しずつ解放される」
「ゲームみたいッスね」
サチがツッコんだ。
トザンはサチに目を向けた後、うなずく。
「そもそもが、ステータスが見られること自体がゲームみたいだからな。……そしてもう一つの仮説。この所有者の身体は何らかの事情で本人の意識がないが、本人たちの意識が覚醒したときに一部ステータスが解放される」
サチは、今回はツッコまずに真面目な顔になった。
意思疎通は出来ないが、この身体の持ち主が操っているのでは、と思うことがある。
先ほどの弓術もそうだが、サチは自分の知らない食物を見つけているので、より思い当たる節があるのだった。
「うーん……。じゃあ、どんどんグレーアウトを解放したほうがいいってことですかね?」
サチが腕を組んで唸ると、トザンが苦笑した。
「どちらにしてもそうかな。弊害もあるかもしれないので焦らずやっていこう」
そして、異形に目を向けた。
「さて、この死体をどうするか、だよな。埋めるにしても大変だよなぁ」
トザンがつぶやくとサチが間髪を入れず言った。
「食いましょう」
トザンは、耳を疑った。
「…………は?」
「食いましょう」
トザンは、何を言ったのか信じられなくてサチを見つめる。
だがサチは、なんてことのないように言ってのけた。
「肉ですよ、肉! 私のシックスセンスが『これは美味い』と囁いています」
「お前、実はお前の本体と会話できるんじゃないか?」
トザンが思わずツッコんだ。
トザンはキャンパーだったが、さすがに狩りをして肉を捌いたことなどない。ガチ勢でもそれは方向が違う。
サチはキャンプすらしたことのない女子高生だが、死体を捌くことに忌避感はないのか。まぁ、魚だって植物だって生きとし生けるものなのだが、哺乳類に関しては特に忌避感が強く出るのが日本人だ。
売られている肉にするまでに、そうとうグロい体験をしないといけないんだぞ。
そう思ったのだが……サチは意気揚々と大きなナイフを取り出した。
「え? サチ、本気か?」
トザンは動揺して尋ねた。
心なしか、サチの目が爛々と輝いているような?
「肉ですよ、肉!! 前の身体ではそうそう食べられなかった肉がここにあるんですよ!! ヒャッホウ! 名前も知らない私の身体の持ち主さん、アシストお願いしまーす」
女子高生の食欲を舐めていたトザンだった。
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