第4話
たき火で魚を焼きつつ、トザンが話し始めた。
「……先延ばしにしても仕方ないので今話そう。俺たちのこの今の状態が夢じゃないのなら、憑依しているんじゃないかと思う」
サチはトザンを見たが、また魚に目を向けた。
トザンも魚の焼き具合を確認しつつ続きを話す。
「どうしてこうなったか、どうすれば元に戻るかわからない。ただ……もしも憑依しているのなら、彼女たちに返さないといけないと思う」
「そうですね」
サチがあっさりうなずいたので、トザンは拍子抜けした。
泣かれるかと思ったのだ。
恐る恐るサチに尋ねる。
「……お前は、いいのか?」
「ん? そりゃいいですよ。この身体、男だし。普通に成仏したいですよ私も」
トザンは詰まった。
サチは気にせず話す。
「元の身体にも生活にも未練はないし、まぁ、もしかしたら先生を巻き込んだのかもしれないってのは申し訳ないんんスけどね」
サチの言葉にトザンは顔を上げて見た。
「……お前、心当たりがあるのか?」
「いや、ないですよ。そうきたか、とは思いましたけど」
そこでいったん区切り、サチはしばらく黙った。
そして、ポツポツ話す。
「……なんつーか、最近ついてないって思うことがあって、だんだんひどくなってきたんですよ。気のせいで終わったら良かったけど、こうなったから確実に気のせいじゃなかったなって思いました」
最初は、小さなことだった。
ほんの少し、運が悪いと思う程度のことが延々と続くだけ。
それが、周りまで影響していった。
両親共働きだが、両親のどちらの会社も業績不振になったりマルサが踏み込み汚職が見つかったりで、給料が大幅カット。解雇はされなかったが、時間の問題だ。
住んでいるところが急に家賃の大幅値上げ。引っ越しをしたら、業者に家具や食器を大破されて、弁償させようにも逃げられる。
高校の制服は手違いが数度続き、何度か買い直しになった。
サチはバイトを始めたが、バイト先が必ずトラブルに遭う。
引っ越し先は家鳴りがひどくてなかなか寝付けない。
あまりにもおかしいのでお祓いに行こうとしたが、なぜか行こうとするたびにトラブルに遭って目的地につけない。
「取り憑かれてるって思ったんですけど、自称霊感が強い人にみてもらっても特に何かに憑かれてるってことはないらしくって、どうしたもんかなーって困ってたんですよ」
神社やお寺を見かけると必ず参拝していたが、効果ナシでお手上げ状態だという。
最後のあの日も参拝に行った帰りだった。
「憑かれてたんじゃなくて何かに呼ばれてたのかもなー。で、その影響かなんかで周りに変なことが起きてたのかなーって考えてたんですよね」
「で、呼ばれたのがここか」
トザンがそう言うとサチがうなずいた。
「そんでもって、呼んだのこの人なんじゃないかって最初は思ったんですけど……会話できないし、どうも違う気がします」
「なんでだ? お前の言うとおり、その身体が呼んだのなら今の話の筋が通るぞ」
トザンが言うと、サチは指でチョキを作り、切る真似をした。
「こう、嫌な感じがブツッと切れた感じなんスよ。絡めとられてた感じがスッキリサッパリなくなって、『あ、自由になったんだ』って感じたんです」
トザンはそれで思い出した。
急に地面が光ったあのとき。
トザンも感じたのだ。
何かに急に絡めとられて身動きがとれなくなった感覚を。
そして、目を覚ましたらその感覚が消えていた。
そうか、サチはあの感覚がずっとあったのか。
「……というわけで、もしかしたら先生を巻き込んじゃったカモです。すみません」
サチはペコリと謝ったが、トザンは手を横に振った。
「お前が謝ることじゃないだろう。というか、それがくたびれたオッサンみたいになってた理由か。……霊感もなけりゃお祓いもできないツテもない俺じゃなんとかしてやれたかはわからなかったし、たぶん『気のせいだ』って言っただろうな。今は、気のせいとか言わないけどな」
サチはアハハと笑った。
そして、沈んだ顔でうつむいた。
「……元に戻れるってなっても、けっこうヤバめの状況で、身体はボロボロだったし高校も中退する寸前だったんで、あんまり戻りたくないですね。この状況もどうよ、とは思うんですけど、健康体だし、なんとか自給自足出来そうなスペックありそうだし、何より身体が軽いんで。まぁ男なのがアレだから本人が返してくれって言うなら即返しますけど」
サチはイケメンだろうが男なのがお気に召さないらしい。
元男のトザンは苦笑した。
「いや、男もいいもんだぞ。女性よりは力があるし、その身体は背も高いから何かと便利だろう。俺なんか幼女だよ……。これじゃ、何かあったときにどうにもならんぞ」
トザンがぼやくと、サチは胸を叩いた。
「そんときは任せてください! 先生を攫ったお詫びになんとかしますから!」
「俺たちの見た目でお前が『攫った』とか言うと、あらぬ誤解をされるからやめとけよ?」
トザンが慌ててツッコんだ。
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