第85話 弟子 〈パメラ視点〉


 わたしに何かを隠した様子で、「冒険者ギルドへ行って欲しい」という弟子の願いを聞き入れて、冒険者ギルドに入った瞬間に「ばきっ」という大きな音と、「どかっ」という、音が耳に入った。


「おや……」


 誰かを殴り、そのまま殴られた相手が壁にぶつかったのだろうと音の鳴った方向を見ると、殴った主と殴られた主はどちらも知った顔だった。


「何をやってるんだい、お前たちは」

「ばあさん」

「いってて、お師匠さん。いや、ちょいと俺がへぼをしてね。お叱りを受けてたとこだ」


 わたしの声に振り向いたのは、レオ坊とグラ坊。そして、少し離れた場所にいたナー坊だった。

 振り返ったレオ坊はバツの悪そうに、頬を搔いている。そして、殴られたグラ坊は殴られたことを甘受しているようだ。


「久しぶりだね、グラ坊」

「ああ、久しぶりだな。お師匠さんが元気そうで安心したぜ」

「少し口の端を切ったようだね、せっかくの美人が台無しさね」

「ははっ、すぐに治るさ、心配ない」


 薬を出そうかと思ったが、その前に「大丈夫だ」と言い張るので、薬を取り出そうとした手を戻した。

 ナー坊も、近づいてきて、こくりと頷いて「ただいま」と挨拶をしてきたので、頭をなでて「おかえり」と伝える。


 おや? と思ったのは、ナー坊の身長が少し伸びているように感じる。前はクレインより若干低いはずだが、同じくらいになっていそうだ。離れていたのは1か月もないが……成長期だろう。


「で、ばあさん。こんなとこに来るなんて、どうしたんだ?」

「さてね……ひよっこが理由をつけてまで、此処に行くようにと願ったんだが、あんた達が殴り合いしているのと何か関係あるのかい?」

「……クレインが?」


 レオ坊もグラ坊もナー坊も首を傾げているということは、その件とは別件らしい。

 あの子は何をしているんだか……そう思った瞬間に、冒険者ギルドのドアが開いた。


「……はぁはぁ……すまんが、救援を要請したい……すぐに……」


 入ってきたのは、あの子の患者だった……名前はクロウ、だったかね。息を切らせて入ってきて、まっすぐレオ坊の前まで向かい、救援要請を出した。


「何があった、どこに救援を送るんだ?」


 しっかりと仕事の顔に戻ったレオ坊に少し感心する。いや、ここは職場にもかかわらず、私情でグラ坊を殴っている時点で問題があるかもしれないさね。

 そして、今気づいたが、ナー坊の後ろにもう一人、こちらの様子を窺っている男がいる。あまり積極的に人に寄っていかないナー坊が傍にいることから、知り合いだろう。


「西の門近くの、森っ……はぁ……冒険者同士……クレインが争って……はぁはぁ……」

「なんだとっ!? ま、まて、グラノス、ナーガ!」


 クレインと聞いた瞬間に、グラ坊とナー坊が走り去った。レオ坊の制止も聞かずに出ていった。その早さには感心する。詳細を聞いていて間に合わなかったでは困るからね。


「あっはは、早いね。……レオ坊。わたしもその坊やの話を聞きたいとこだが、ここじゃ邪魔になるさね。そっちの連れも含め、奥に案内しておくれ」

「おい、ばあさん……たくっ、お前らもこい。救援はあいつらが行ったから大丈夫だ」


 グラ坊達と入れ替わりに入ってきた弟子の患者達を連れて、奥の部屋へと向かう。ナー坊に置いていかれて困っている子は、「すぐに戻ってくるだろうから、そこらへんで待っているといい」と伝えておく。



「で、何があったんだ?」


 ギルド長室のソファーに座り、改めて話を聞く体勢になった。在席しているのは、ギルド長とレオ坊とわたしで、クロウ、レウス、ティガの3人から事情を確認する。


「いや、すまない……クレイン殿が、他の冒険者と争おうとしていたので、救援を要請しようと思ったんだが、必要なかったようだ」

「あん? どういう事だ?」

「1対5だったようだけど、無事に乗り切ったようだ。騒がせて申し訳ない」


 ティガが、頭を下げると、他の二人が「無事なのか?」と確認している。どうやら、ティガという男だけが何が起きているかがわかるらしい。


「一から説明をしてくれるか?」

「わたしは人より聴力が高くてね。たまたま、町であった彼女が少々不審な動きをしていたので、遠くから確認をしていたら、冒険者と諍いになりそうで、危険と思ったんだが……一人で何とかしたようだ。今は、相手と会話をしている」

「なんて言ってるんだい?」

「師匠である貴方を冒険者ギルドに行かせたのは、ここが一番安全と判断したと。どうやら、ペットを人質にあなたを連れてくるように言われていて……その場に行き、戦闘したらしい」


 なるほど。わたしをギルドへと送ったのは人質にされない様にということかい。

 助けを呼ばないということは、自分で何とかできるという判断だろうが。老人を労わる気があるなら、何が起きているかくらいは説明をして欲しいもんだね。


「無事なんだな?」

「ええ。どうやら、他の助けもあったようで、その場を制圧し……少々揉めた後、言い争いが始まってるかな」

「言い争い?」

「お相手の女性とキャットファイトが始まって……」

「相手はクリスティーナかい?」

「名前は言っていないので……薬師ギルド長夫人のようだが」

「ああ、なら、間違いないね」


 フランクの次、出てくるだろうと思っていたが……クレインはわたしを巻き込みたくなかったようだね。むしろ、わたしが巻き込んだようなもんだというのに。


「クレインと直接関わりないだろうに、何をいってるんだ?」

「なんだかよく分からないが、ヨーゼフ? という婦人が昔の惚れていた男が、師匠殿を選んだことを逆恨みしていたようだが、クレイン殿が容赦なくぶった切っている」


 全く、何をやっているんだか。随分と昔の話を聞かせたところで、関係ないだろうに。

 

「そういえば、随分とあんたに拘っていたね、あの娘は」

「そうじゃったかのう……覚えておらぬの。じゃが、お主の弟子は色々と敵も多くなりそうじゃな」


 素知らぬ顔をしている冒険者ギルド長・ヨーゼフ。昔はあの娘に付きまとわれ辟易していた。そろそろ弟子を育てるようにと、当時の薬師ギルドから預かった若い娘は、口では優秀だというが、実力は伴わない貴族の娘。

 本人も、その親も嫁入り前にわたしの弟子として活動したことにして、箔をつける事で、なんとか貴族に嫁ぐことが目的で、薬師をする気がないことが丸わかりだった。

 教えても全く指示は聞かず、そのうち出入りする恋人……いや、元恋人に言い寄るようになり……最後は、薬師ギルドと一緒になってわたしの開発した薬を偽薬であると発表し、随分と大変な事態にしてくれた。


 あの時、身に染みたのは、貴族の力だった。

 ギルドとあの娘のいう事がすべて正しく、ただの平民では、言葉を聞いてもらうことも出来ない。いつのまにか、偽薬をばらまき、私腹を肥やす偽薬師となり、薬師ではなくなっていた。


 失意のうちに町を離れようと思った。ただ、そこで予想外のことが起こった。

 昔から知り合いの冒険者の連中が、わたしを庇った。


 その中には、ヨーゼフもいたし、他にもこの町に所属する多くの冒険者……他の町からもぞくぞくと現れた。

 それは、自分自身で素材を集めにと国中を巡っていた時に出会った者達だった。わたしを庇って、わたしの薬が必要だとこの町に駆け付けてくれた。わたしが作った薬で助かったことがあると……そう証言するために。


 丁度、その頃に起きたスタンピードは、冒険者達がこの町に集まっていたことで、地域の戦力に偏りが起こり、一部の貴族達の領地では、騎士を派遣しても足りず、対策が十分に出来ずに混乱が起き、国が対応に追われていた。そこに追撃のように流行り病が起きた。


 この町での流行り病は、わたしのために集まった者を病には出来ないと薬を作り出し、冒険者に無償で配り、その噂を聞いた町民も偽薬ではないと言って、薬を求め……病が広がる前に終息し、町での偽薬証言が間違っていたとなり、相手の証拠が信用できないとなった。この時点で、貴族は出方を変えて、わたしの話を聞く様になった。


 すべてが繋がっていたわけではないが、流行り病の特効薬の作成という功績をもって、わたしを男爵とすることで、王家はこの案件の終息を図った。

 だが、薬師ギルドは、認めなかった。この町の薬師ギルドも、他の町も……無償で貴重な薬を配るような者は薬師ではないと改めて、宣言をし、あの娘を薬師として迎え入れた。



「懐かしいさね……わたしも、向こう見ずに、考えもせずに敵を沢山作ったもんだ……似て欲しくないところが似るもんかね」

「助けられるなら、お代は後だと……そのくせ、貴族からの依頼で薬をホイホイ作って、貴族お抱えの薬師も敵にまわし、全ての薬師を敵にまわしてたのう。誰もがそれができるわけじゃなかろうに。そっくりじゃよ、目の前の患者を救うしか考えず、後からやらかしたのに気づいて慌ておって」

「まったく……若かったねぇ」


 ひよっこもこの調子で、敵と味方を大量に増やすのか……。今、敵になっているのは、わたしが原因なだけに、あの子なら上手く切り抜けることも出来そうだけどね。



「無事に、先ほどの彼らがたどり着いたようだ。そのうちに戻ってくるだろう」

「そうかい。……それで、あんた達はどうするんだい? あの子から提案はあったんだろう?」

「その返事をするつもりだったんだがなぁ……今日は難しいのかねぇ、やれやれ」

「せっかく、グラ坊達も帰って来たんだ。一緒に話をしておくといい。どうせあの子との付き合いがあるなら、避けられないからね。その上で決めた方がお互い納得できるさね」


 危険を察知し、実力を考慮して救援を頼んだ彼らも、すぐに駆け付けようとしたグラ坊とナー坊も、あの子を大事に想っていることに変わりはないだろう。守れる力があるか、無いかは別として。


 可愛い弟子は、この先も人を助け続けるだろう……それこそ、〈調合〉だけでなく〈魔法〉も〈錬金〉もあるから、その手で救える者はわたしよりも多くなる。


 本当に危険な状態で命を救われたとき、男だろうと女だろうと年齢も関係なく、好意を持つだろう。……継続する親愛となるか、一時の恋の熱情となるか……それこそ、人によって千差万別だが、それでも一定の好意を持つ者が多数だろう。

 そして……命を助けられなかった時には、悪意として返ってくることもあるだろう。他にも、あの子の存在が邪魔になる者も出てくる……。


 色恋を別にして、互いに協力出来るのであれば、あの子の強力な盾となれるだろうが、どうなるのかね。見届けてみたいが、年単位で時間がかかるようなら、レオ坊に任せようかね。


「あの子の家を嗅ぎまわっている不審者の件も、これで落ち着いたということでいいのかね」

「それは甘いじゃろう。何せ、一つの家ではすまぬからのう」


 ヨーゼフの言葉に、やれやれとため息をつく。

 貴族とやり合う間に、狸爺になってしまった元恋人は、何だかんだと言いながら弟子を見守ってくれているらしい。

 把握している限りの各貴族の命を受けていると思われる冒険者名簿を渡された。


 これは、グラ坊にでも渡しておく必要がありそうだね。


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