第84話 新旧弟子対決


「う~ん。立ち去ったのか、まだ居るのかも、全然探れない…………」


 謎の人が消えた方向をしばらくみていたが、〈気配察知〉とか使っても反応はない……でも、なんか気になる。まだ、見張られてる可能性もありそう。


 まあ、いいか。わからない以上、悩んでいても仕方ない。

 考えを切り替えて、じろっと、残った一人を睨むと怯えて、震えながら後ずさりしている。


「ひっ」

「こんなところまで、人を呼び出しておいて、逃げるの? まあ、どっちにしろ終わりだろうけど」

「なっ、なにが終わりなのよ!」

「あなたの人生? 流石に、薬師ギルドがやり過ぎたくらいは理解してる? そっちの責任はギルド長の方が取るのかもしれないけど? 自分の生家の名前使って、私を冒険者にリンチにさせた黒幕、さっきのやり取りではっきりしたよね? 流石に、町の外であっても、許されないから」

「あ、あんたこそ、彼らは我がハンバート領の誇るA級の冒険者よ! あんたみたいな新人と違って、替えが利かないのよ! 私や彼らがあんたが襲ってきたと言えば、私達を信じるにきまってるわ!」


 いや……うちのペット攫って、しかも、ご丁寧にそのこと書いた脅迫文という証拠をこちらに渡してるでしょ。彼らと一緒に口裏を合わせても、師匠を呼び出してる時点で絶対にアウト。


 だいたい……ハンバード領の誇る? ……この人達、A級パーティーの割に、個々の能力は低く、弱すぎないかと思ってたけど。もしかして……領地によって、階級の決め方が違うとか? その領地での御用達の冒険者とかで、無駄に持ち上げられてるとか?

 


「なんでよ! 全部、あの女が悪いのよっ! あんな薬を開発して、貴族がどう思うか理解もしない平民がっ!」

「あのさ、平民に嫁いだ時点で、そっちが平民。師匠は王家に認められて爵位もらってるよ? それも理解できないの、おばあさん」

「なっ……おばあさん!? ちょっと若いからって、何よ!」

「ちょっと?」


 う~ん。

 ……自分の年齢を理解せずに若作りして厚化粧した結果、お世辞でも美人とは言えない……むしろ、底意地が悪いことを強調しているような見た目になってる。

 年齢は、師匠より20歳くらい若いんだっけ? 60歳超えてる時点で、おばあさんと呼んでも良いともうんだけど。

 こんな小さくもないけど大きくもない町で、肩だして、背中も見せるデザインで、ひらひらの沢山ついたもっさりしたドレスって……どうよ? 誰も見たくないと思う。



「いい? わたくしは、天才なのよ。だから、天才と呼ばれてるあのばばぁの弟子になって、その全てを受け継いであげようと思ったのに……わたくしに嫉妬して、毎日、レシピも渡さずにひたすら、素材を刻ませたり、磨り潰させたり、力仕事もさせられたわ! そんなのは、使用人にやらせればいいのよ! 手が荒れるじゃない! 私はSPを提供するんだから、他の事は全部任せればいいのに! あげくにばばぁは、わたくしを破門にしたのよ! レシピ一つ渡さずに!」


 いや……当たり前では?

 なんで、自分で作らないのか、理解できない。SP使うのは確かだけど、その前の作業だって、薬を作るのに必要な事。こいつ、よく師匠の弟子になれたな。

 でも、私は初日からレシピ貰ってたような? う~ん。まあ、弟子と師は共用でレシピ使えるから、渡さなくても問題はないのだけど……師匠もこの人は嫌だったとかかな?


 たしかに、調合をする時、力仕事もあるし、水とか、草の汁とからで手が荒れることもある。毒になるものとかもあったり、採取の時だって、直接触ったら危険とかね。

 でも、薬師ならそれが普通だと思うんだけどな。



「しかも、あのヨーゼフ様がいらしてるのに、紹介もしてくれないし! ようやく紹介してもらっても、わたくしの悪口を吹き込んで! あげくに、若いわたくしより、あのばばぁのが魅力的だと言われた、あの屈辱! 許せないわ!」

「いや、誰だよ、ヨーゼフ」


 キィキィと恨み辛みを上げているが……師匠、何も悪くない。

 ただ、頭の可笑しい人に絡まれて、大変だったとしか思えない……。いや、この町を含め、全ての薬師ギルド……よく師匠を捨てて、こっちについたな? どう考えても、色々と可笑しい人だよ? 正当性の欠片もない。


「あの方は若くしてS級の冒険者となって、凛々しく素晴らしいのに……あのばばぁなんかの毒牙にはまり……治療費代わりにと素材を用意したりとこき使い、あげくにプロポーズまでされて!」

「いや、普通に師匠のがいい女だから、師匠を選んだだけでは? 若さしか勝てる要素が無かったんだろうけど、その人はとても見る目ある人だっただけだよね?」


 確か、師匠が30歳頃に独立して、数年後に弟子取ったんだっけ?

 こいつのせいで、師匠が苦労したとか、許せないけど。むしろ、これの言い分をなんで認めたんだか……薬を安く供給するって、そんなに地雷なのか?


 まだ、キィキィと煩いけど……なんだか、ずっとヨーゼフ様について語っていて……話を聞いてるうちに思い出した。ヨーゼフって、冒険者ギルド長の名前だ。


 プロポーズしたってことは、恋人だったのか。そっか……まあ、いいや。師匠に拘っていた理由も大体わかった。



「そっちの主張とこっちの主張は交わらないので、そろそろいい? 私は殺されそうになったから、許す気もない。その口を閉じて大人しく出頭するか、みじめに引きずられて突き出されるかくらいは選ばせてあげるよ」

「そんな事、許されるわけないわ! 私に手を出したらお父様や伯爵様が許さないわ」

「あのさ、ここって、王弟である公爵様の領地だよ? 子爵と伯爵と公爵、どれが一番偉いかわかる? どう考えても、伯爵家も生家の子爵家も介入できる要素ないよ」


 さっきの人が回収していかなかった時点で、切り捨てられてると思うんだけど。

 何も見えてない。…………もし、昔からこういう性格だったとしたら、師匠は苦労したんだろうな。うるさいだけで、なんの情報も得られそうもないので、気絶させて、逃げられない様に拘束する。


「とはいえ……虎王が抑えてないと、そのアホナルシストも手に余るし、タンクの人を解放したら、不味いし……どうしようかな」

「手伝うか?」

「あ、兄さん、おねが…………んんっ?」

「無事のようだな。ナーガもすぐに来るが……まずは、こいつをふん縛ればいいのか?」

「うん。女性陣は私がやるので、その男二人、頼んでいい?」


 どうしようかと悩んでいると、突然、後ろから兄さんが現れた。後ろというか、町の方から……遠くにナーガ君っぽい人もこっちに向かってるのが見える。


 兄さんは、縄を取り出して、斥候の男とナルシストの両腕を後ろにまとめて縛っていく。

 なんでここにいるのか、色々と聞きたいことはあるけど、敵対しているこの人達を逃げられない様にしてからでもいいか。



 ナーガ君が合流し、一通り、逃がさない様にと拘束をした後、兄さんはこちらに向き直り、頭を下げた。


「さて…………すまなかった。俺のミスで君がパーティーから外され、危険に晒した。全て、俺の油断が招いたことだ。弁解の余地もない事はわかっているが、それでも謝らせてくれ。すまなかった」


 兄さんは、90度まで頭を下げて、私に謝罪をした。ナーガ君は、「俺もすまなかった」と言って、頭を下げている。


「……言い訳しないの?」

「俺の判断ミスだ。色々見誤った」

「その、頬どうしたの?」

「レオのおっさんに殴られた。一応、歯を食いしばれという忠告はもらったがな」


 兄さん達はつい先ほど帰ってきて、私の身柄を奪われない様に、冒険者ギルドに行ったらしい。そこで顔を合わせた途端にレオニスさんに殴られたらしい。

 ちょうど、私に頼まれて師匠がやってきたとこだったらしく、その後にクロウ達がやってきて、私のピンチと聞いてここに現れたらしい。

 

 

「…………わかった。後でちゃんと説明して欲しいけど、怒ってないから頭上げて。それと……もう一回、パーティー組んで欲しい。私も、ちゃんと考えたんだけど……冒険者として、ソロだけでは難しいこともわかったので……足手纏いにならないようにするから」


 兄さんが顔を上げたので、光回復〈ヒール〉を唱えて、顔の傷を回復させる。いや、大した傷では無くても……気になるからね。むしろ、兄さんは美人なので、何があっても顔は傷つけるべきではないと思う。


「ああ。しかし……一人でも十分戦えるようになってないか?」

「事前対策をできれば、なんとかなるときもあるけど……やっぱり、一人だと大変な部分あるし、勝手にパーティー組み込まれるのも嫌だし……これからも、色々とありそうだから」

「ああ……ところで、そのナーガと見つめ合ってる魔物はどうしたんだ? 君の仲間でいいんだよな?」


 いつの間にか、ナーガ君は頭にモモを乗せ、虎王と見つめ合っている。うん。若干、耳が赤くなってるんだけど……本当に動物好きなんだな。

 虎王はだいぶでかいし、怖いとか無いんだろうか? ……無いんだろうな。


 まあ、ナルシストを抑えてくれていたので、敵だとは二人とも考えていないようだ。


「うん。前に、モモの案内で出会って、助けた魔物で……助けに来てくれたみたい?」


 モモを、とは言わないでおく。

 いや、モモが攫われた途端に現れるとか、どこのヒーローかなとは思う。こっちは兄さんもナーガ君も、遅れて登場しているのに……なんていうか、ここぞという一番見せ場の時に颯爽と助けに来たよね、虎王。


「君がテイムしたのか?」

「いや、私はテイム出来ないし……ナーガ君がするなら止めないけど……」


 止めないけど……大きいし、猛獣だし、危険だと判断されると思う。テイマーギルドに登録するにしても、流石に、町の中に連れ込める魔物じゃない。


「……こいつ、名前は?」

「え? あ~、私は虎王と呼んでたけど、称号だから、名前じゃないし……ナーガ君がつけていいと思うよ」


 多分、強い個体だから、称号に『王』と付いてるのだと思うけど……。


 ん? 何?

 いきなり、私に頭を擦りつけて、何か抗議してくる虎王。


「あんたに名付けて欲しいんだろ……」

「う~ん………………スイカ?」

「君、名前は大事だぞ。もう少し、考えてやれ。なんでスイカなんだ、どこからきた?」


 兄さんが突っ込んでるけど。

 ナーガ君のペット達の名前って、果物だったから、合わせようと考えたんだけど……。


 虎の魔物だから、虎柄だし……色合いは黄色よりは白っぽく、黒の部分もちょっと青みがかっているけど。

 色合いとしても、良い感じの果物の名前が出てこないから……緑色があるわけじゃないけど、縞々なところは一緒だったから、スイカと提案したわけだが。


 どうやら、嫌なようだ。「ぐる~」とちょっと威嚇されてしまった。


「そうだな……ナーガはなにかあるか?」

「…………ない」

「なら、〈シマオウ〉でどうだ? こいつは王なんだろう? なら、王と付けてやればいい。たしか、スイカの品種で、そんな名前があっただろう」

「……わかった、いいか?」

「ぐるる~」


 うん。良いらしい。ナーガ君が虎王改め〈シマオウ〉をテイムした。ついでに、抱き着いてもふもふしている。微笑ましいんだけど……兄さんは複雑そう。


「どうしたの?」

「……あいつ、他にも2匹ほどでかい兎をテイムした」


 え? ちょっとまって……ペットが着々と増えてる感じ? ナーガ君、動物好きそうだし、テイマーに興味ありそうだったけど……。


 まって、それはそれでまずくない? モモとかライチのサイズならともかく、シマオウはでかい。他にも2匹のでかい兎……。テイマーギルドで預かってもらえる?


 いや、ペットをどんどん増やしちゃダメじゃん!


「兄さん、止めてよ!」

「すまん……移動手段でもあったんだ。シマオウは、君を助けてくれたんだろうしな。俺の方でもこれ以上増やさないように言っておく」


 とりあえず、ナーガ君はテイマーギルドに向かうことになって、私と兄さんは冒険者ギルドに報告に行ったが……レオニスさんに正座でお説教された。


 私が国境山脈を離れる時に「ついてくるな」とシマオウには伝えたが、実際は私の後を付けていて、ここ数日、ギルドが忙しかった、危険・注意と呼びかけていた魔物はシマオウだったらしい。

 ナーガ君がテイムしたことで、落ち着くと思うが、それはそれ……マリィさんにも「報告しましょうね?」と言われてしまった。


 その後は、警吏や領主邸から事務官が来たりと、一通り報告。

 伯爵家に縁のありそうな謎の人も含め、全て伝えた。




 そして……無事にパーティーを再結成。……にはならずに、揉めることになってしまった。


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