第83話 前哨戦
私の存在に全く気付いていないパーティーに対し、こちらから奇襲を仕掛ける。
魔力を大量に込めて、長距離からの曲射、視界に入らない角度で水の矢〈ウォーターアロー〉を十数本まとめて撃つ。
そして、走りながら接近すると、私に気付いた全員が戦闘態勢に入り、タンクの男が前に出る。
その瞬間に、ナルシスト、ヒーラー、魔導士、斥候に水の矢〈ウォーターアロー〉が降りそそぎ、何発かは直撃する。タンクだけは、前に出たために無傷。
いや、斥候についてもこちらに向かい始めていたのと、攻撃を察したから、辛うじて当たってない? ……ナルシストは魔導士を盾にした? え?
ヒーラーもかなりダメージを負ったけど、魔導士は割とまずいのでは? 直撃してる? 私が心配することではないけど、魔法攻撃が入って、ちょっと、いや、だいぶ怪我というか……血が出てない?
いや、そんなことより、集中しないとっ!
「……土壁〈アースウォール〉!」
相手の心配をしている場合ではない。そのままこちらに向かっているタンクの男を囲う土壁〈アースウォール〉を唱えて、隔離する。
前回の蛇の反省をいかして、厚さ30センチで、勢いをつけて破壊されないように、ほぼ動けないほどに四方を狭くして囲んでみた。登って脱出できない様に上も塞いでおく。息できなくなる可能性があるけど、しばらくは空気もあるので放置。
魔法攻撃と混乱による女性陣の断末魔の叫びが上がる。初老のおばあさんと先ほど目があった謎の人物については、攻撃は当たらない様にしてある。
まあ、おばあさんの方は悲鳴上げているけど……。
「くそっ!」
「っ……」
そのまま、一人で向かってきた斥候役と思われる男性からの剣での攻撃をミスリルのナイフで受ける。
「あがっ……なん……ぇっ!?」
相手の剣と私のナイフがぶつかった瞬間に、相手が痺れて動けなくなる。
雷魔法を纏わせてスタンガンのように痺れさせるのが成功。
先日の対フランク薬師ギルド長の後、STRで勝てない相手への対策の一つとして、相手を怯ませ、動きを封じることが出来ないか考えた結果……試してみた方法だけど、上手く言って良かった。
そのまま、相手に追撃。近距離から火破裂〈フルバースト〉をお腹に向けて撃ち、吹き飛ばす。地面に倒れたのを確認して、草魔法・蔓の檻〈アイヴィケージ〉を使って、拘束する。怪我をしているヒーラーと魔導士も同じ魔法で拘束。ちょっと心配なので、魔導士にはポーションかけておこう……死なせたいわけじゃない。
とりあえず、ここまでは順調。4人の自由を奪って、リーダーであるナルシスト男と対峙する。
正直、こいつは結構予想外な動きもしてくる。
魔法攻撃だから、魔導士の方が防御できると考えたのかもしれないけど、自分の盾にするとか……そのせいで戦力減っているし、リーダーとしてどうなのか。
「なっ、なっ……こんなことして、許されると思ってるのか!?」
「え? そもそも、そっちが仕掛けてきたことだし、奇襲される想定もしなかったの?」
男がわなわなと震えて抗議をしてくるが、むしろ、こちらが聞きたい。うちのペットさらって、大人しく出頭すると思ってたのか?
私がのこのこ来ると考える方がおかしい。いや、増援呼ばずに来たけど……私だって、こいつらには腹立ててたので、やり返したい気持ちはずっとあったわけで……こいつの顔を思い切り蹴り飛ばしたい。
「僕が情けをかけなければ、君はあの時死んでいたんだ! なのに、その僕と仲間に対して、なんてことをするんだ! 卑怯だと思わないのか!」
「はぁ? まず、私のペット攫って呼び出したことは卑怯じゃないの? しかも、うちのペットと引き換えに、師匠って、何考えてんの? 馬鹿なの? たかがペットと国宝級の人でトレード成立するわけないでしょ。いや、ペットも家族だけどね! 流石に師匠となんて、あり得ない! 師匠の命を狙った時点で、どう考えても、仲間もろとも殲滅案件。むしろ、私一人じゃなかったら、もっと酷いことになってたと思うけど?」
「ばあさんはどうした! 一緒に来いと伝えただろうが!」
「何があっても絶対に安全な場所に行ってもらった」
レオニスさんと……まあ、癪だけどギルド長が絶対に守ってくれるだろう……だから、そこは安心して、敵に相対して、倒すことができる。
「この僕が仲間にしてやると言っているんだから、仲間になればいいだろう!」
はぁ……なんで、仲間になるとか思ってるのか、本気でわからない。
正直、このお山の大将、能力は高そうなんだけど、何とでもなりそうなんだよね。これをリーダーにするってクランの人間がどうなってるの? とは思うけど。
「だいたい、僕は貴族の命令を受けているんだ。貴族に逆らっていいと思ってるのか!」
「ふ~ん? 誰の?」
「ハンバード子爵だ!!」
「その、証拠あるの? なにか、命令書でも持ってる?」
「なっ……ある訳ないだろ! 貴族がそんなものだすはずが」
「だよね~。だったら、貴族の名前を騙ってる可能性のが高いよね? その後ろにいる人がさ、もし、元ハンバード子爵令嬢であり、現薬師ギルド長フランクの妻であるクリスティーナだとして? その人、平民と結婚してるから平民だよね? 本物の子爵様に会って、命令受けたの?」
いや、今気づいたかのように、後ろ振り返ってみてるけど。どう考えたって、貴族がこんな馬鹿なことに証拠になるものを渡すわけない。むしろ、直接会えるとも思えないけど。
正直、なんでこれがAランクパーティーかも分からないけど……。
「お、おれをだましたのか! S級にしてくれると言ったじゃないか!」
「なぁっ……わたくしは…………そ、そんなことより、その、小娘をっ……その小娘さえいなければ、なんとでも……お父様にお願いすれば、一人くらいねじ込めるわ」
「た、たしかに……そうだな、お前さえいなければ」
あっさりと説得されて、こちらに向かって剣を構えたが……こいつ、本当に自分のことしか考えてないな。私がやったとはいえ、仲間は怪我した状態で拘束されてるんだけど。助ける気もないらしい。いや、そもそもこいつが無傷なのは、仲間を盾にしたからで……。
だいたい、子爵程度に冒険者ギルドのS級への昇進させることが出来るとも思えないんだけど……いや、貴族の力は怖いと思うけど。子爵は下級貴族だよね? そこまで、力ないよね?
相手が武器を構えたので、こちらも構え、短剣に魔力を通す。MPの使い過ぎは注意が必要だけど、通常攻撃ではどうしようもない。
相手は格上なのでいくら馬鹿でも、奇襲しない状態では、こっちのが不利か。やるしかないけれど……。手の内を晒すことになるけど、それは仕方ない。
気合を入れて、雷魔法を短剣に宿して、同じように攻撃しようとしたところで、相手の後ろに見覚えがある姿が見えた。
そして、それが勢いよく走ってくる。
「ん? あっ……」
「貰ったぞ、小娘!!」
相手のナルシストは、私に向かって攻撃体勢に入っていたが、後ろからのタックルによる不意打ちで、そのまま私に触れることなく地面に倒された。しかも、その頭の上に前脚を乗っけられて、立ち上がれない。
なんだか、くぐもった雄叫びのような声が下から聞こえるが、現れた私の増援は容赦なく、奴の頭と背を踏んでいる。
「えっと、虎王? ひさしぶり?」
「GURUUUU!」
何故か、いきなり現れた虎王……国境付近にて生息するはずの魔物が目の前にいる。そして、多分、加勢してくれたのだろう。あっさりと制圧することが出来てしまった。
「ひっいやあああ!!」
「GYAAAAU!」
「ああ……さっさと、うちのペット返した方がいいかも。虎王、うちのペットのこと気に入ってるから」
クリスティーナが悲鳴を上げているが、無視。
虎王がこちらに視線を向けた後、クリスティーナに視線を向けて、再び吠えた。
そういえば……モモの事を随分と気に入ってた。もしかして、それで助けに来たとかだろうか。う~ん……種族違うし、まだモモは子どもなんだが……ロリコンと言う奴だろうか?
「来ないで~!!」
虎王の一鳴きに、モモは解放されて、モモは嬉しそうに虎王にじゃれついている。まあ、お互いがいいなら、良いのかもしれない。
いや、乙女のピンチに王自ら助けにくる……多分、恋愛イベント達成の瞬間だろう。人でなく魔物だけど。
「虎王、ちょっとそこの人達と話をするから、そいつ抑え込んでてくれる?」
「GAU!」
いい返事を貰ったので、ナルシストは虎王に任せて、改めて、二人と対峙する。
「素晴らしい。良い腕だ。聞いていた以上の実力のようだ」
「お褒め頂き、恐悦至極にございます。改めまして、クレイン・メディシーアと申します」
「ああ。こちらの名乗りは必要か?」
「……いいえ。いつかご挨拶をする機会がございましたら、その時に改めてお願いしたく存じます。今は、どうか、見知らぬ方のままでお言葉を交わさせていただければ幸甚でございます」
怖い~!!
いや、特徴のない顔していて、町中とかですれ違っても分からないだろうなという感じだけど、滅茶苦茶に迫力がある。何もしてないのに、圧力を感じる。
間違いなく、フォルさんと同類で、どちらかと言えば普段から裏のお仕事している人ですね、わからないけど、わかります!
そして、貴族の代理として、丁寧な対応をするので、許してください。怖いです。
「そうか……二つ、聞きたいことがある」
「お答えできることでございましたら……」
「一つ、フランクの居場所だ。このばあさんから聞いても要領を得なくてな」
「昨日の昼前に、私の家を襲撃してきた人物が、その方かと。私はその方を存じ上げませんが、師・パメラがフランクだったと証言しております。襲撃の際、ひどく錯乱した状態であり、話も通じず、私と師匠の区別もつかぬ状態になっていました。それを鎮めた後、一瞬は正気のように見えましたが、すぐにまたおかしくなり……叫びながら、馬車用の町の入口方向へと走り去っております。このことは昨日のうちに番所に報告しています」
「その後は?」
「何も……。捕まえたという報告も、見かけたという報告も私の方にはございません」
「ちっ……先に処分されたか」
わぁ……聞きたくないな。そういう事、私に言う必要ないよね。聞かせてるのか?
処分ってことは、闇に葬られたってことでいい? 精神的な意味なのか、生死という意味なのか知らないけど……すでに、精神がまともじゃなかったので、あれでは薬師は無理だろう。
正直、嫌な思いをした相手ではあるけど……あの状態。恨みを持つというよりも、哀れだとも思う。……あのような状態にした相手のことは考えたくない。
「二つ目、我が主と会う気はあるか? 待遇は保証するそうだ」
「私がメディシーアとなることに助力くださった方の顔に泥を塗ることはできませんので……辞退させていただきたく、お願い申し上げます」
「そうか、伝えよう」
「感謝申し上げます」
えっと、鞍替えする気はあるかってこと? でも、私の返事に「ふっ」と笑ったから、答えはわかっていたか、その答えを望んでいたってことだよね。
感情が無いわけではないんだろうけど……見え隠れしている中に、親しみは感じられないくらいに怖い。でも、〈直感〉は働かない。さっき、戦う前の一瞬だけだった。
「この国にとって、パメラ殿は至宝だ。その薬師としての功績は、貴族であっても無視できない。その技術を継承するのであれば、弟子もまた、無下にされることはない。少々探っていたが、怖がらせてしまったのは想定外だ。こちらの本意ではないことを伝えておこう」
「評価を頂けましたこと、深く感謝申し上げます。また、貴族の流儀を知らず、真意を汲み取ることは難しく、ご無礼な態度がありましたらお許しください」
「ああ。薬師として認められなかったパメラ殿に爵位を与え、薬師として活動することを承認したのは王家。そして、この町の薬師ギルドを放置していたのは王弟だ。その王弟の3男との縁談。お前の意思を無視したものであるなら、身の置き場を考えた方がいい」
「え?」
「それと……もし、お前の兄と王弟の3男が争った場合にどちらにつくのかも聞いておこうか」
「……兄です。どちらかしか選べない、助けられないならば私は兄を選びます」
迷うことなく告げておく。
ナーガ君と兄さん……まあ、どっちにしろ、その二人を差し置いて選ぶ人がいるなら、師匠だろう。
師匠だけは、多分、二人よりも優先して選ぶ。次点はレオニスさんだけど……う~ん。あの人、別に助けいらないと思う。
だから、次はナーガ君と兄さん。どっちかなら、ナーガ君。これは、兄さんとも確認し合ってるから、優先順位は変わらない。
「ふむ……それは厄介だな。まあいい……では、また会う事もあるだろう」
一瞬で立ち去った謎の人。また会うこともあるとか言ってたけど…………正直に言って、二度と会いたくない。
いや……色々と爆弾を置いてったね?
そのまま、あちらの証言を信じるなら……。
まず、薬師ギルド長フランクを処分した者がいる。伯爵家側は、先を越された……伯爵家を出し抜ける能力は子爵家にはない。普通に考えて王弟側が処理したと暗に示している。ただ、これはそう思わせたいだけかもしれないけど……普通に王弟派で動いてる気がする。
キノコの森ダンジョンで兄さんを襲ったみたいに、それなりに手駒を使って、仕掛けてくるイメージある。ラズ様、止められないみたいだし……。
それで……。薬師ギルドを放置していた責任は王弟側。王は師匠を支持している。
これは、事実はわからない。師匠が男爵となった時は前々王の頃。前王は特に師匠に関わらず、現王が即位した時に王弟はこの地に派遣され、師匠は子爵に上がり、代わりに師匠は奴隷を解放することになり、借金を踏み倒された。ラズ様から渡された資料通りであればという注釈が入るが……。
そして、その前から、薬師ギルドと師匠の関係は悪いはず。
そもそも……師匠が、この町にこだわって、ずっとここにいるんだよね? 薬師ギルドと敵対した時点で、他の町に行くことだって出来たはず。それこそ、レオニスさん達と出会う前から、すでにこの町にいる。それを望んだのは、師匠……。
さらに、謎の人が言うには、私は王弟の3男に嫁ぐことになってるらしい。自分の意思じゃないなら逃げろってことなのかもしれないけど……。
なんで? 王弟の3男が誰だか知らんけど。身分違いすぎない? 子爵令嬢(養子・平民)と王族は流石に無理がありすぎる。
ただ……まあ、予想だけど、これってラズ様かなぁとは思うんだよね。そもそもが、ラズ様は王弟派だし? 直接報告しているような節がところどころに出てるわけだから。
……そして、私は、兄さんが私の意見を一切聞かずに、好き勝手にやるとは思わない。その信頼があるからこそ、兄さんが私の縁談組むとしても、知らない相手ではないと思うんだよね。
とりあえず、相手からの情報を鵜呑みにすることは出来ないけど、少なくとも王弟に対し疑念を持つように忠告をされたと解釈していいだろう。忠告をしたのは、伯爵家側だ。
兄さんとの関係も言ってきたし…………見事に政争に巻き込まれてる。……貴族って怖い。
「GURUUU」
「ひぃっ……」
私が考え込んでいる間に、逃げようとして、虎王に威圧され……腰が抜けたらしいが、それでも後ろに下がろうと藻掻いている女がいた。
さて、じゃあ、後は本番。
こんなくだらない舞台を整えた奴との対決だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます