第81話 強襲

 

 翌日。一週間ぶりの師匠の授業。                 

 今回は、師匠に頼まれた国境山脈で入手してきたロディオーラを使って、薬の効能を上げることが出来るか、すでにある薬の改良について教えてもらう。


 実際に、ロディオーラを使った薬はあまりないらしく、師匠も使わない素材とのこと。

 当初の目的としては、〈ロディオーラ〉の性質により、水分を蓄える葉肉の部分を使い、水分を蓄えた状態を保っている間は、薬の効果を封じ込めることを想定して、効能が出るまでの時間を延ばす。ついでに、能力の向上やMP/SPの上昇と沈痛改善効果も期待できるらしい。


 錬金試薬が出来たことで、効能の時間をずらす効果は必要はなくなったのだけど、題材としてちょうどいいので、やってみることになった。

 まずは〈毒草茶〉にこの素材を追加することができるのか、各素材との相性を調べるのが、今日の授業となった。

 

 また、他にも代替素材になりそうな物を師匠は用意しているので、色々と試そうということになった。

 優秀な素材ではあるけど、採取に苦労するのと、量が確保は出来ないロディオーラ。それでも、一人のために作られた薬で、大量生産する予定がないので、使ってみようというのが師匠の考えだった。


 そうして、色々と実験を続けてること数時間。



「ひよっこ? どうしたんだい?」

「師匠、この部屋にいてください。お客、だと思いますけど……ちょっと見てきます」


 師匠の指示に従いながら、成分について説明を受け、磨り潰したり、煮だしたり、色々と素材同士を組み合わせて、〈鑑定〉しながらの実験をしていたが、ガタンと大きな音が上の部屋から響いた。店の部分ではなく、素材置き場である大部屋からの音。


 〈直感〉は発動していないので、危険は無さそうだけど、ちょっと気になる。

 警戒をしつつ、上の部屋へと向かう。



「どちら様ですか?」

「……おまえがっ…………おまえっ……おまえがっ!!」


 上の部屋にいたのは60歳くらいの男性。無表情なのに、目だけがぎょろぎょろと動く。目元にはひどいクマがあり、口からは涎れを垂らし、何かをぶつぶつと呟いている。無精髭をはやし、髪はぼさぼさで、服も清潔感がない。

 一目でわかるほど危険人物、お近づきになりたくない人がいた。店側の入口を見ると、ドアが無理やり壊されている……。


 ここ、借りてる家なんだけど? 大家さんに謝るの私! 何てことしてくれるんだ! と文句を言いたかったが、その前に、私を確認した途端に襲い掛かってきたので、振り払う。


 見た目の体格に対して……予想以上に力が強い。


「師匠! 絶対に来ないでください!」


 本人は目の焦点があっていなくて、正気ではない。そして……およそ、老人で細い身体から繰り出される力ではない。

 何とか振り払ったが、間違いなくSTRが相手に負けている。その細腕……どこからそんな力が出ているのか……なんらかの身体強化をしているのか? 

 〈鑑定〉をかけてみるが、〈錯乱状態〉となっているだけで、詳しいことはわからない。


 攻撃魔法は、流石にこの部屋で撃つわけにはいかない。

 かといって……抑え込むには、力が足りない。


 こちらに掴みかかるのを受け流し、相手にカウンターをいれるが、痛みを感じていないのか、びくともしない。最初は私を認識していたのに、次第にそれすら分からなくなって、虚ろな瞳で、何かを探す様に徘徊し、たまに私に攻撃をしかけてくる。

 どんどんと可怪しくなっている様子と、こちらが思い切り攻撃しても効いていないことだけはわかる。


「ひひっ……死ねっ…………パメラ…………お前がぁっ……」


 狙いが私なのか、師匠なのかはわからないが、錯乱しててもわかる憎悪。

 絶対に師匠がいる地下に行かせるわけにはいかない。



「解呪〈ディスペル〉!」


 錯乱状態を元に戻すために、解呪〈ディスペル〉を唱えてみる。

 錯乱が状態異常であるかもわからないが、このままではジリ貧。魔法だろうと薬物だろうと正気を失っていることを治せればそれでいい。


 やるだけ、やってみるしかない! と思ったのだが、無事に成功したらしい。

 力が抜けたたのか、その場にがくっと膝をついて天井を見上げて……大人しくなった。



「………………クリス…………パメラ……………………クリス…………ナゼ…………」


 目が虚ろなまま、膝をついた状態で今度は項垂れながら、ぼそぼそとつぶやいている。

 すごく異様な状態……精神的に可怪しくなっているのは、間違いなさそう。


「ひよっこ、なにがあったんだい」

「師匠、それ以上近づかないでください」


 上での音が静まったからか、師匠が入ってきたので、師匠と男の間に立って警戒する。


「……フランク?」


 師匠が顔を確認し、名前を呟くと瞳に一瞬光が戻ったのか、すくっと立ち上がった。

 危ないと思い、身構えるが、襲ってはこなかった。


「はっ……ははっ……あははははははっ、そうか! ……そうか、そうかぁあああ!!」


 私と師匠の顔を認識し、嘲るように笑い、叫びながら家を出て、馬車用の町の裏門の方向へと走り去っていった。



「……師匠。あれ……知り合い、ですか?」

「やれやれ……随分と酷い状態だったが知った顔だね。随分と荒らされたようだし、番所に届け出たほうがいいさね。わたしも行くよ。ひよっこだけよりは、話は早いだろう」

「おねがいします」


 せっかくの師匠の授業であったが、中断。番所に行き、警吏に説明をするために、家を出ようとするとモモが顔に張り付いてきた。「留守番してて」と言っても、抵抗するので、仕方なく一緒に連れていく。


 番所では、まずは、私が説明。家にて、上で大きな音がしたので、確認しに行くと、突然襲われたこと。精神的におかしく、襲ってきたのを反撃しつつ、落ち着かせたところで、師匠がやってきた。師匠を見たら何かを納得したのか、一瞬正気に戻ったように見えたこと、そして立ち去ったことを説明。

 身分証明として、冒険者証を提示した上で、起きた内容を伝えた。


 警吏はそっけないというか、面倒だというのがわかる程度に適当に相手をされているのがわかる態度だった。家で襲われたからと言っても、何言っているんだという顔をしている。

 まあ、犯人逃してるので、証拠としては、滅茶苦茶になった大部屋くらいしかないわけだが……。


「はぁ……襲われる心当たりとかは?」

「私は無いです。でも、相手は『お前が』と、私を恨んでる口ぶりでした。それと、師匠の名前を出していたのと……師匠が知っている人なんですよね?」

「ああ。私は、パメラさね。薬師をしているが、所属はこっちさね」


 師匠が出したのは、商業ギルドの商人証だった。そういえば、師匠は薬師ギルドに所属してない。商業ギルドの所属だったらしい。

 師匠の身分証を確認すると、警吏は身分証を持つ手が震え、その後、がばっと頭を下げて、「失礼いたしました!」と頭を下げた。また、一緒にいた他の警吏も同様である。


「パメラ様……大変失礼いたしました。ええ、こちら、確認致しました。ありがとうございます。パメラ・メディシーア様とは知らず、失礼いたしました」

「失礼なことはないさ。話を戻すが、この子は、弟子であり、養子さね。今日は授業のためにこの子の家に居たんだが、この子の言う通り、突然物音がしてね。戦闘になると役に立てないので、音が静まって部屋にいくと……不審な男がいた。そして、そいつはわたしを見たら立ち去った」

「そうですか、お弟子さんが……冒険者のようですが」


 私に対してはまだ、半信半疑のようだけど、先ほどよりは丁寧な扱いになった。

 師匠はやっぱり有名人であることは間違いない。確かに、私一人で番所に行っても相手にされなかったのだろう。


「まあ、素材採取を任せる部分もあるからね。冒険者も兼業さね。それで、襲ってきた相手なんだが、私の知る顔よりも随分とやつれて酷い状態だが、薬師ギルドのギルド長フランクだった。私との因縁は説明するかね?」

「……わかりました。こちらで調べますが、パメラ様と薬師ギルドの諍いにお弟子さんが巻き込まれたと考えている、ということですね?」

「他に、この子を襲う理由もないだろうさ」

「承知いたしました。こちらで取り調べいたします。もう少し、お話をうかがってもよろしいでしょうか」

「ああ。構わないさね」


 そのまま、師匠に確認したいからと警吏は席を外した。私に聞くことは無いらしい……。

 そして、モモは師匠についていってしまった。師匠は動物が嫌いではないようで、モモも懐いているけど……いや、あの子は誰にでも懐いている気もする。


 一緒に来たがったわりにはそっちについていくのか、とは思うけど。師匠が頷いているので、モモは任せてしまっていだろう。


 私は襲われた側であるが、話せる情報は少ない……。そもそも、変質者に襲われたと思ったら、師匠の因縁の相手だった。


「部屋を確認してもよろしいでしょうか?」

「はい。案内します」


 もう一人の警吏が現場確認を申し出たので、その人を連れて、自宅に戻り、滅茶苦茶にされた大部屋を確認してもらった。特に証拠になるようなものも発見できないので、荒らされているという確認をした程度だった。

 錯乱していたのと、異様な力についても伝えはしたけど、それ以上は身柄がないため、何もできない。



 そして、私は開放されたわけだが、師匠は時間がかかると言われ……仕方なく、冒険者ギルドへ向かう。


「あ、クレインさん。どうされました?」

「えっと……ギルド長に伝言とか、お願いできます?」

「ああ、大丈夫ですよ。ギルド長、昨日遅くには帰ってきましたので……ちょっと待ってくださいね」


 マリィさんに声をかけると、にこやかに応じてもらい、確認後、ギルド長の部屋に通された。うん……伝言で良かったんだけど、直接伝えることになった。あと、部屋にはレオニスさんもいる。


「伝言があるそうじゃな。なんぞ、あったかの?」

「えっと……マリィさんに伝えてもらおうと思っただけでして、まあ、どちらかというとギルド長から、ラズ様に報告をお願いできれば?」

「うむ。伝えるが、本人に伝えんのか?」

「私、直接の連絡先知らないので? レオニスさんかギルド長に任せようと思いまして」


 何だかんだ、これは契約の不備だと思う。冒険者ギルド長との契約が無くなった後でも、冒険者ギルドを通さないといけない。いや、お世話になっているのと、知られても問題ない内容……むしろ、伝えておいた方がいい内容だとは思うので、報告しとくけどね。


「なんじゃ、そうじゃったか。では、伝えておこう」

「では、およそ二時間ほど前に、居住している家の店スペースにて、薬師ギルド長・フランクと思われる人物による私の家への襲撃がありました。撃退した後、様子を見に来た師、パメラがその顔を見て、身元を証言。また、相手は師匠の顔を見て逃走。その後、番所に行き、事情説明をしました。犯行動機が師匠とギルドの諍いであると考えられるため、師匠への聴取が続いています。私については、家の状態を確認後、解放されました。しばらくの間、家の周りを含め、番所の方でも見回りを強化すると説明を受けていますので、ラズ様にはご承知くださいますようお願いします。と、伝えてもらえます?」

「……お嬢ちゃんも落ち着かんのう」


 多少、巻き込まれ体質になったなという自覚はある。

 こちらの世界に来てから、色々と周囲で起きてる。だが、私が望んだものではない……いや、ちょっとくらい私の意思もあるけど。

 

 私自身は、出来ればね……安定して穏やかに過ごしたいと願っている。


「新しいパーティー申請も結局まだなんじゃろう?」

「3人で考えたいらしいので……正直、ソロのままではそろそろ危険かなとは思うんですけど……だからって、彼らとそこまで付き合うかというと……」


 私が連れて帰ってきて、助けたのは事実だけど。今後彼らを責任もって、冒険者の活動も面倒見るというのは……悩む。

 それに、彼らを受け入れた場合、今後、異邦人を見つけたらすべて助けるという事態になってしまうとさらに困る。



「兄達は何も考えずに受け入れておったがのう」

「……限界ギリギリまで追い詰めてくれた方たちがいましたので。あの時、兄さん達と出会わず、縋ることが出来なかったら……多分、私の精神が保つことはできなかったし、今の状況にはならなかったと思います。慣れない土地で、いきなり死か奴隷の二択を突きつけられて、むしろ、よく普通に会話してるなとすら思いますよ」

「ほっほっ……まあ、お嬢ちゃんとはうまくやっていきたいので、今後も色々お願いすることもあるじゃろう」


 ギルド長が笑って流したけど、原因の元はラズ様とギルド長なんだけどな。


 今伝えたことを紙に書いているので、おそらくラズ様に届けてくれるのだろう。あとは任せよう。

 とりあえず、ラズ様はあまり人目に付くことはしたくないだろうから、しばらく家に来ない可能性も高い。こちらの事情を伝えておけばいい。


「クレイン……ばあさんは、平気なのか?」

「……取り調べと言っても、私は狙われる理由をきちんと把握してないので……襲われたときの様子は報告しましたけど。師匠の方が事情を知っているので任せました。師匠が名乗ってから、すごく丁寧な対応に変わったので、危険は無いと思います。……あと、一応、ペットが師匠にくっついてます」

「ほう……お嬢ちゃん。しかし、フランクは正気を失っていて、逃げたということで良いのか?」

「まあ、私が襲われた瞬間を見ているはいないですけど……見た目もだいぶ、ヤバい人だったのと、私のことをhパメラって呼んだり、わりと錯乱が酷いので……あのまま放置はしないと考えたいです」


 錯乱して、異常な言動だった。解呪〈ディスぺル〉で落ち着いたことは、番所には伝えていないので、あくまでも暴れた後、落ち着いたと伝えているけど……。魔法の情報は、ちょっとね……。

 しかし……二人とも、師匠の事は大事なんだよね。私が多少危険でも気にしないけど、師匠が番所にまだいるって聞いた時、ぴくっと反応していた。

 

 フランクが逃走中ということを伝えたら、迎えに行き、可能なら共にいるように言われた。護衛しろってことだよね。わかるけど。


 師匠には、うちに泊まってもらうのはいいんだけど……店と大部屋をつなぐ扉が壊されたので、あまり防犯上よろしくない。とりあえず、修理はするけど。


 数時間後にちゃんと迎えに行ったけど、モモは師匠に抱かれて眠っているし、番所の警吏よりも上の地位と推測できる人が、師匠の見送りをしていたりした。


 ただ、師匠の顔は浮かない表情をしていた。「まだ、あの子がね……」ぼそっと言われた言葉が耳に残った。


 破門された、師匠の元弟子。現薬師ギルド長の妻。…………元子爵令嬢クリスティーナ。逃走した薬師ギルド長・フランクだけではなく、そちらへの警戒をしなくてはいけないらしい。


 しかし……なんか、変なんだよね。あの襲撃……。少なくとも、不法侵入者とも別に考えておく必要がありそうだし……。いやだなぁ……。

 

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