第80話 契約打診



 前日に不法侵入があったことから、朝起きてから、色々と対策をしておく。

 外出時に毎回、魔法で結界を張るのはどうかとも思うけど……二階に上がる階段と地下室の入口については、聖魔法による結界を張っておく。一階に入ることはできるようにして……防犯カメラとか欲しい。そもそも、何を目的に不法侵入したのかわからないしな。

 

 とりあえず、店に入ったらあるカウンター部分に張り紙をして、教会に向かった。

 レウスやクロウが家に来るかなと思うけど、家で待つのは良くないという判断。逃げ場としては、冒険者ギルドか教会くらいしかない……。


「朝早くから、どうした?」

「昨日、モモが言うには不法侵入があったみたいで」

「この子猫はそんなこともわかるのか、偉いな」

「なぁ~」


 うん。まあ、偉いんだけどね。神父様が良い子だと言って、抱き上げ、撫でられている。モモは喜んでいるけど……。


「とりあえず、掃除してます。ここを待ち合わせ場所にしてるんで」

「手伝いが必要だから、今日は泊っても構わないからな。必要なら声かけろ」

「ありがとうございます」


 うん。避難してきたのをわかってくれるのはありがたい。今日の寝床ゲット。

 明日は師匠が来るので、家にいる必要はあるけど……対策を考えないとだ。



「おっ、すまんなぁ。遅くなった」

「いや。こっちも時間あったから……改めまして、クレイン=メディシ―アと言います。ティガさんの治療を担当しました。体調が戻ったようで、安心しました」

「貴方のおかげで、助かったと聞いています。本当に感謝しております。ありがとうございました。レウスとクロウからも話を聞いていますので、これからは遠慮なくこき使ってください」

「えっ……」

 

 にこりと微笑み、礼儀正しくお辞儀をされた。うん、紳士的な人だなと思うが、こき使ってくださいって何だ?


 クロウとレウスを見ると二人とも目を逸らした。……この人に何言ったのかな?


「口調は崩していただいて大丈夫です。クロウとレウスから聞いたということは、奴隷となるということでいいんですか?」

「ああ、もちろん。他に選択肢が無いということもあるが、それ以上に、人に仕えるなら可愛いらしいお嬢さんの方が嬉しいしね」

「……わかりました。では、治療費がいくらだったか、お伝えします。その額について、問題が無いなら、契約書を作りに商業ギルドに行き、作成後に、奴隷売買を行っている商会に行きます」


 いや、なんか気になる言い方だけど、まあいいや。頑張って考えた値段を伝える。



 レウス  

MPハイポーション代 3分の1 70,000G   

奴隷契約手続き費用       7,000G

計77,000G

 分割支払いの場合、毎月1,000G以上を返済する。


 クロウ  

MPハイポーション代 3分の1 70,000G

麻痺治し薬(アレンジ)     22,000G

錬金試薬             800G

(使用した素材を納品する場合には、素材代は相殺する。素材については別途記載)

魔法治療           500,000G

奴隷契約手続き費用       59,280G

計652,080G

分割支払いの場合、毎月1,000G以上を返済する。

また、週に1回は、助手として調合などの補助などの就労をする。


 ティガ  

MPハイポーション代 3分の1 70,000G

専用血清           100,000G

錬金試薬             800G

(使用した素材を納品する場合には、素材代は相殺する。素材については別途記載)

魔法治療           500,000G

奴隷契約手続き費用       67,080G

計737,080G

分割支払いの場合、毎月1,000G以上を返済する。


「一応、洞窟内で使用したHPポーション代とか、ここまでの馬車代の請求も出来なくはないけど、私が作った物だし、魔法治療がだいぶ高いから、そっちはつけてない。借り物だったハイポーション代、町に帰ってきてから作った薬、あとは魔法治療で計算してる。奴隷契約の手続き費用は、借金額の10分の1なので、それも盛ってるけど」

「この月1000Gは実際に返済可能なのかな?」

「真面目に冒険者をするのであれば、可能な金額。もちろん、他の職業に就くにも自由だとは思うけど、この町の一般人の平均収入が2,000~4,000Gなので、多少、厳しい可能性はある。あと、Fランクの間は収入厳しい可能性もあるので、昇給までは返済は待ってもいい」


 まあ、実力さえあればD級まではギルド判断で上げてもらえるはず。取り立てについては、来月からにすれば、その間で昇級可能のはず。

 どんな仕事につくかによって、収入は違うからな……冒険者にならない選択をするなら、額を減らすことも検討しないとかな。



「ねぇ、何でクロウだけ、就労義務があるの?」

「今回のティガさんの治療でその能力が役に立ったから。また、お願いすることがあるかもしれないし、ちゃんと働いた時給分はお金払うよ?」

「俺は~?」

「いや。普通に働いて返してくれればいいから。3人の自由を拘束するつもりはない……けど、レウスがいいなら、こちらの事情で1,2週間だけパーティーを組ませてもらいたいかな」

「いいよ。でも、何で?」

「所属しているパーティーから脱退させられたみたいで……事情がわかるまで、仮のパーティーを作って、加入しておく必要がある」

「その事情は教えてもらえないのかな?」


 ティガさんから突っ込みが入った。う~ん。巻き込むのは申し訳ないが、私の奴隷になる時点で巻き込んでいるとも言えるんだけど。


 クロウにバレているから、二人も知ってるかもしれないけど、私が異邦人であることを含め、こちらの情報を渡すと……割と面倒なんだよね。

 今のとこ、敵が誰か分かってないから、何が起きてるかも把握できていないし……。


「なんだ、複雑な背景でもあるのかい?」

「パーティーを組んでいたのが兄達でね。私を脱退させるはずがないので、なにか面倒事が起きている」

「嘘ではないが、隠してる部分がある、と言ったところかい?」


 にっと笑うクロウにイラっとする。

 事実だけどね……。



「それはそう。ただ、あくまでも患者と薬師の立場だからね。全部を説明しないし、仮パーティーも難しいなら断っていい」

「つれないな~あんたに身も心も捧げるつもりなんだが」


 クロウが近寄ってきて、手を取り膝をついて、指先にキスをされた。

 美形だから絵になるから、ついつい頬が赤くなってしまう。手のひらではないのが、また、恥ずかしくなる……指先って、感謝とかそういう意味だっけ? くそう、反応楽しまれているのが悔しい。


「いらないからっ」


 ぱっと手を振り払って、後ろに後ずさると、薄く笑みを浮かべている。からかってるよね、絶対。

 微笑ましそうに見ているティガさんも、わりと腹黒人物かもしれない。レウスは目を開いて驚いてるよ。少し耳の上が赤いし、可愛い反応だ。


「私の方針としては、奴隷となっても、時間をかけても構わないから費用を返してくれれば、3人に何かを強制することはしない。それで、受け入れるかどうか、答えを聞かせて欲しい」

「質問なのだが、私とクロウでは症状が違ったはずだ。それでも、魔法での治療は同額なのかな?」

「それについては、こちらでも悩んだ部分だけど、教会の基準でいうと、症状が重かろうと軽かろうと、使った魔法が基準となるので、それを使ってる。二人とも、同じ魔法をかけたことにしておいた方がいいと考えてる。時間やMP消費には違いがあるけど、そこを考慮して請求した時、今回の毒についても憶測で広がってしまう可能性がある。あ、3人が襲われた蛇についての詳細は話さないで欲しい。希少な毒だから、バレた時に厄介なことになる」

「あの蛇、なんかあるの?」

「治療が難しく、貴族が使用する毒らしい。これについては、深堀りは勧めない。ただ、今回、毒がなんだか知っている人達は、ティガさんが助からない可能性も高いと踏んでいた。実際、クロウの目が無かったら、私も見落としていたから助からなかったと思う。……そういう毒」


 まあ、上手くいって良かったねという、かなり危ない状態だったと今更に感じてる。

 正直な話をすると、かなり運が良かったので助かったのだと思う。


「もし、私達3人が遠出した場合で、クロウが就労できなかった場合はどうなるかな?」

「あ~気になるのであれば、月4回にするとか、その条件を消しても構わない。手伝いが欲しい時はあると思うけど、絶対ではない。それこそ、年単位で顔見せないことがあってもいいよ。他の町からでも、割増になるだけで送金とかできるみたいだから」

「冷たいなぁ」

「クロウ、茶々入れないで。ティガさんは、治療費とか何も聞かされずに勝手に治療を受けた身だから、不満があるなら全部クロウに押し付けるのでもいいと思います」

「いや、すまない。そんなつもりではないんだ。ただ、随分と甘い条件だとは思うけれど、どう考えてるのかな?」

「治療費の額としては、一般人ならかなり厳しい額です。貴方たちのポテンシャルを冒険者で活かすなら返済は可能です。ただ、返したくないというクロウのような考えもあると思うので、そこら辺は各自の判断に任せます。毎月の返済がない場合で、奴隷を売るという事は出来るので、そこまで甘くもない……はず」


 ちょっと自信ないけど。

 でも、そういう事だって出来るんだから、甘々ではない……多分。


 踏み倒されるなら、売っちゃうよ……という事にしているが、売れないだろうとも考えてる。まだまだ覚悟が足りない。


「この条件への回答はいつまでにすればいいのかな?」

「可能なら今日のうちに手続きまでしておきたいところですけど、答えが出ないなら待ちます。ただ、3人とも称号が〈密入国者〉となっている事、3人の引き渡しを求められた場合に国は、貴方たちを捕えると思うので、その時点でこの話はなかったことにします」

「うん? あんたは密入国者だと知らずに治療したってことになるのか」

「流石に、それは無理だと思うけど……見殺しに出来なかったことと、治療費全額を返してもらうまでは私のモノってことを主張する」

「密入国ってわかるの?」

「〈鑑定〉すればね。そこら辺は詳しくないけど、とりあえず、私と繋がりのある貴族にはバレてるよ。異邦人であることもね」


 クロウからの視線を感じるがスルー。嘘だと見破ってるのだろう、うっすら笑っている。でも、私は異邦人ではない。異邦人とされる人は全て招集されたんだよ。真実ではなく、事実だけど。

 まあ、急がなくてもいいけど……こっちも色々と立て込みそうだから、さっさとすませておきたいというのは本音である。

 とりあえず、経緯を説明しておこう。


「まず、クロウがちゃんと話していないみたいだから、説明しておくけど……奴隷にするという話が何ででたか、これは〈密入国者〉っていう称号が3人には付いてる。密入国の罪に対しては、罰金刑らしいので、お金を払えば罪は消える。ただ、三人の所属は帝国出身になってる。王国にいても、所有は帝国扱いっぽい。ここは、私も詳しい事は知らないので、答えられない。そして、〈奴隷〉という称号は、〈密入国者〉よりも優先される称号だから、〈奴隷〉になったら帝国出身が消えて、所有者に帰属する。この場合は、私の所属の王国になる。そして、借金奴隷は借金を返せば、〈奴隷〉という称号は無くなって、出身についてもその時点で真っ新になる。ここまではわかる?」

「ああ、問題ない」

「わかる、わかる」


 二人が頷いてくれたのにほっとしつつ、クロウをじろっと見る。

 肩を上げて、胡麻化すな。ちゃんと話しておいてくれれば、手間かからないのに。


「それで、密入国者っていうのは、冒険者ギルドを経由して、すでにバレていて、今のところは、帝国から引き渡し要求がない。追加情報として、帝国の政情が不安定で、異邦人は帝国に戻れば命の危険がある。ここまでいい?」

「オッケーオッケー」

「その上で、クロウは割と面倒なユニークスキルを持っているから、貴族に目を付けられた。クロウは縛られるなら、私のモノになることを希望した。貴族は他の貴族や帝国の手に渡らないなら、私の奴隷であることに目を瞑る。ただし、奴隷にしないなら、命は保証しないって……。それで、私にもクロウの能力は利益になるので了承した。二人はどうする? というのが、現段階かな。むしろ、ここらへんはクロウから説明受けてると思ってた」

「聞けば答えてはくれるけど、なんかイラっとするからちゃんと聞かなかった」


 おい!

 いや、わかるよ。私もたまにイラっとする言動だからね。イケメンだからこそ、たまにむかつくよね、クロウって。


 でも、これって割と自分にとって大事な決断になると思うけど、仲間同士で意見交換とかしないのか? なんで?


 ティガさんに視線を向けると、「詳しい経緯は今聞いたね」と返ってくる。

 レウスは自由にしたいとか、ティガさんは一緒に保護して欲しいとか、ただの希望か! せめて説明しておいて。私が説明するの? いや、責任持つならそれが正しいかもしれないけど……。


「とりあえず、3人で話し合うなり、クロウをボコるなりしてください。どうするか決まったら、知らせてください」

「すまないね。もう少し考えさせて欲しい」

「いえ。さっきの料金表については、変更可能なので。クロウの意見で、3人に借金を付けただけで、レウスに借金を付けないことも、ティガさんの分をクロウに付け加えるのも希望に応じます。それと、明日と明明後日は、予定が入っているので応じられません。それと……今日から5日後を回答期限にします」

「その期限ってどこからきたの?」

「……私も色々制限はあるんだよ。そこが貴族から指定された期限。そこまでに決めろって」


 これ以上を説明するつもりはないけど、クロウがどうするかは知らない。勝手に調べた私の情報を口にするもしないもクロウに任せる。

 ただし、私の奴隷になるなら、個人情報をばらさないという条件を加えておこう。


 先ほど渡した料金表の下に、奴隷になった後は、クレインの個人情報を口外しない、という記載を追加しておく。


「この条件は結んでからでいいのかな?」

「任せますよ。ただ、こちらのリスクもあるので、その条件は付けくわえておきます。では、私は掃除に戻るので、ご検討ください」


 クロウとレウスとティガさんについては、返事を待つことになった。

 本人達にとって、大きな決断でもあるだろうから、個々の決断に任せる。


 そして、今後については、治療の時点で、金額の提示ふくめ、手順を決めておかないと……後出しで、高額請求は良くない。


 未熟で、考えなしでは、患者も困るだろう。覚悟を決めて……。

 ……彼らにこれ以上の手を差し伸べることはできない。今後、増えていく可能性がある患者と同じように接しないと。

 特別扱いは……できない。

 私の両手はすでにナーガ君と兄さんで一杯なのだから。全てを助けることが出来るほど……私には力がない。



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