第77話 値段設定


 師匠には患者は、血清が効いたこと、無事に目を覚ましたことを報告した。

 そして、師匠にお願いして、素材や治療のための料金、彼らへの請求額を考えるために、治療についての費用を具体的に教えてもらった。


 素材の値段、出来上がった薬の値段、師匠が取引している値段、そして奴隷のこと。

 師匠は、冒険者に対しては、かなり安く薬を提供している。すでに、師匠に素材を収めるサイクルが完成しているため、素材が潤沢であることと、調合の腕、冒険者達からの信頼があって出来ることだ。


 今回、血清や麻痺治しを作るために師匠に譲ってもらった素材は、私が取ってきた素材と物々交換で済ませたが、私自身も素材のストックをしていかないと今後に差支えが生じる。



「市場での値段とか、ギルドでの採取物の買取も考えていかないと……今回のように、薬をすぐ作れるという状態でないと助からないかも……」

「そうさねぇ……ある程度は融通してやれるが、いつまでもわたしだよりはひよっこのままさね。だが、今回、あんたにとって初めての患者ともいえる。無事に治療出来たことを誇ることだよ。よく頑張ったね」

「師匠……」


 師匠の言葉にじんっとする。

 なんだか、全てが都合よくとはまでいかないけど……師匠と大家さんのおかげで、治療に関してはかなりスムーズだった。師匠はわざわざ私に経験を積ませる形で、フォローをしてくれて……それで、褒めてくれる。とても嬉しい。

 


「納品する薬と違って、患者が目の前にいるからこそ、見えたものもあるだろう? どう感じたんだい?」

「……いろんな面で、勉強不足です。それに、知らなくていいと目を背けていた部分もあったかなと。ギルドに納品する分にはお手軽にお金を稼げていて、すごく順調で……でも、助けを求めてくる人がいて、事前に万全の準備をしてても助かるか、わからないんだと……自分の腕に、命がかかるのだと……重いなとも……ちょっとだけ」

「そうさね……だが、助かったという事実を見るのは嬉しいもんだよ。そこから繋がる世界もある。危険な世界にいるくせに、馬鹿騒ぎしながらも楽しく自分を貫いて生きていく冒険者がわたしは好きさね」

「はい……いい人が多いです。嫌な人もいますけど……師匠やレオニスさんの繋がりで、良くしてもらってます。必要な素材があれば声かけろと初対面でも言ってくれる人がいます。だから、まずは出来ることをします」


 知識については不足を補うには勉強するしかない。

 自分が助けることが出来た人達への対応を考える必要がある。……助けられない命というのも、今後出てくる可能性はあるのだろう。

 そして、この世界で、この世界の人間として生きる覚悟も……。


「そうさね……わたしも、この歳で、勉強不足だと感じたよ。まったく……他の薬師との縁をほぼ切って、自分だけで試行錯誤して薬を用意していた。独りよがりの世界が、ひよっこに教えられるとはね。錬金術の可能性。自分の世界にひたっていたが、あれほど有用とはね。〈調合〉と〈錬金〉が違うものだからこそ、組み合わせることで広がる世界があった。まだ、やれることがあるさね」

「……次は私も参加したいです」

「ああ。週に1度、アストリッドと意見を述べる場を開くから、ひよっこも参加して学ぶといい。どちらもできるその腕が必要となることもありそうだ」

「はい! よろしくお願いします」



 師匠に報告をした後は、家に戻り、今後の治療費用について、自分なりの指針を立てる。


 そもそも、私に調合依頼来るか? 冒険者なら師匠に依頼するだろうし、今回みたいなピンポイントで、助けを求めているような場合を除くと依頼なんて無さそうだけど……それはそれで、考えておかないといけない。

 安くして、依頼を沢山受けるということをする気はない。奴隷とか、増やしたくないので、なんとか支払える額で設定したい。



 まず、薬全体の費用について。


 冒険者ギルドへの納品と、個々に作成する薬の値段は別物。

 ギルドへの納品価格はそのままでいい。他にも、ギルドが売っている薬とか、一般的な風邪薬とかは、ギルドや他の店舗の価格と同額程度で売る。在庫を抱えて、店にいないといけない状態だと採取に出かけられないので、依頼があったら作るでもいいと思う。

 


 では、一番納品する傷薬の価格はどうなっているか。

 傷薬をギルドで販売する場合、50G。そして、私が納品した場合の買取価格は、25G。

 作成コストについては、通常、冒険者がセージの葉を納品すると5枚で10Gだが、そのセージの葉をギルド等から購入する場合には、1枚3~5Gとなる。

 傷薬を作る時には、1枚~2枚は使うので、作成費用は通常なら6~10G+諸経費。作業のための薪代、器も用意する必要がある。


 私の場合、器については、今のところ問題は発生していない。

 

 これは、冒険者ギルドと師匠から薬用の器を大量にゲットしたから。

使い切った器は再利用できるが、あまりやらない。そもそも、一般人はあまり薬を持ってない。冒険者は、荷物が多くなって、持ち歩けない状態にならない限り、使い切った器はギルドに返却するらしい。


 そして、実は器の洗浄が、結構大変。

 私のように魔法でお湯を作れるならそうでもないが、薪代もかかるから、お湯を作るよりも、基本は水で洗う。貴族とかはお湯を作る魔道具とかもっているけど、お高いとのこと。しかも、洗剤とかはあるんだけど、薬の素材によっては洗剤と組み合わせるのは危険なこともあるので、使えない。


 新しい薬を入れるときに何か起きても困るから、すごく念入りに洗浄する……結果、手間がかかる。よって、師匠は器を新しく買ってしまう方が楽だと考えている人。器を作成する店(陶器製)とも懇意にしているので、それほど高くないとか。

 お客によっては、器を返却してくるので、多くなると売ったり、冒険者ギルドに渡してしまうらしい。


 冒険者ギルドは、器は溜めておいて、暖かい季節になると子供とかに安い賃金で洗ってもらい、薬師ギルドに渡していたそうだ。


 私の場合、器を購入する費用はないが、器が欲しいわけで……洗ってない器でいいから譲って欲しいとお願いし、そのまま譲ってもらった。今、薬師ギルドと冒険者ギルドが険悪だからこそ出来ることでもあるけどね。

 洗浄作業は、お風呂でお湯を溜めてできるし、万が一を考えて、聖魔法の浄化〈プリフィケーション〉をしてから使っているので危険性はない。


 あと、ポーション系の器は、ガラス製で、冒険者ギルドに頼ることは出来ないんだけど……これもね……大家さんが1階の本棚兼物置部屋の一角に、大量のポーション瓶を放置していたので、こちらも洗浄してから使わせてもらってる。身内に渡しただけなので、瓶とか返却もできるはず……う~ん。兄さん達に渡したやつの回収は難しいかもしれないけど、そのときは買い取ろう。

 大家さんからは、使えるものは使っていいという許可は一応貰ってるということで、問題は今のところ、ないはず。


 こう考えると、かなり恵まれている環境だ。




 では、実際の費用について

 本来の傷薬 セージの葉代+薪代+器代<25G 

 実際には手取り一つあたり5~6Gらしい。稼げる薬ではないという認識。

 私の傷薬  百々草代(0G)+薪代(0G)+器代(0G)<25G 手取り25G。


 ちなみ、素材や器なども含め、全てをギルドに用意してもらう場合には、製作技術料として、納品額の1割~2割くらいの金額が支払われるので、まあ、そんなに変わらない。


 実は薪代についても、町の外で木の枝を拾って、乾燥〈ドライ〉という複合魔法で乾かすということをしているので、購入していない。そのまま全額が利益になっている。私の手間賃は置いておく。



 これが、難しい薬になっていくと、素材代が高くなっていき、薪代以外にも、氷代やアルコール代などの諸経費も増えていく。器はそのまま……にすればいいのに、何故か見栄えがいい器にするらしい。師匠は冒険者相手だと、その必要性はないが、貴族用の高そうなのをいくつか見せてもらった。

 

 さて、前置きはここまで。考えなくてはいけないのは、依頼者に合わせて作るオリジナルの薬。これを無駄に費用を取らずに、売る方法。


 薬が高くなった場合、費用を抑えるためには?

 師匠の場合は、素材代。高い素材ではなく、安い素材で同じ効果がでるように研究している。さらに、師匠が薬を作って、救った冒険者達は素材採取については、かなり協力的である。師匠が欲しい素材については、師匠に直接卸したりするため、相場での買い取り代金より安く手に入っている。

 実際に、他の薬師がこの素材を手に入れる場合……たまたま、納品があり、買取できればラッキー。納品されてない場合、冒険者ギルドに対し、仲介料+即納料+納品費用を負担して、依頼をする。素材費用で、おそらく、2倍~5倍の差が生じている。


 では、私はどうするか?

 師匠のような伝手はない。いや、師匠が弟子に卸して欲しいとかいえば、多分、卸してくれるけど、そんな師匠頼みではいけない。自分で解決する必要がある。

 まずは、自分で素材を取りに行く。これが出来ると大きいので、冒険者としても鍛えていく必要がある。問題は、緊急で作成依頼があった時には取りに行けないというのがネックでもある。


 依頼があって薬を作成する場合には、素材を提供してもらう。

 これは、実は結構多いそうだ。そもそも、素材が無いと作れない。素材を薬師が用意するのは大変なので、依頼者が用意して、作ってくださいという依頼も結構ある。


 その方法であれば、先に素材提供があれば、作るのには困らない。

 これの落とし穴は……調合を失敗したときの素材。師匠の話では、成功率5割として、2倍の素材を要求するのは、基本らしい。5回分をもらって、成功した分を全て納品ということもあり得る。

 また、成功率が低い依頼の場合には、調合依頼を断るのも手段の一つらしい。代わりの薬師を紹介できるなら……。

 そういう自分の手に余る時に、薬師ギルドとかが必要な気がするけど。所属していないので、無理。というか、現状は敵対している。


 ここら辺は、もうどうしようもないかなと。事前に依頼者に伝えておくくらいだろう。嫌なら、薬師ギルドに行ってもらう。私から師匠へのお願いは……そもそも、師匠に直接依頼出来ない時点でね……紹介はできないよね、なんかあったとしか考えられないし。



 薬の値段について。

 基本的には、出来上がった薬を鑑定するとおおよその市場価格がわかったりする。ただ、その額で売らなくても、十分に稼げる。

 特に、難しい薬なのに、素材が安い場合。〈調合薬〉は上級薬のため、作れる人が少ないので、市場価格は高い。だけど、この素材は割と安め。キノコのダンジョンで大量に入手可能でもある。

 価格破壊をしないためには、これは素材代以外で金額を作るしかない……。



 値段については、いくつかの要素を複合させて、値段を決める。基本的には、市場価格の8割くらいの値段設定でもいいかなとは考えている。


 素材代。素材の持込の場合には、それを使用。素材の持込が無い場合は、原則、冒険者ギルドでの素材採取クエストを依頼額(冒険者ギルドに支払う仲介料+報酬代)とする。また、薬を納品後であっても、使用した素材の納品するのであれば、その分の費用は借金から相殺という形にするとか……。


 製作技術代。これは、かかった制作時間に応じた時給換算分と制作難易度における+技術料。基本的には初級レシピは、技術料なし。中級以上には、技術料をつける。中級はそんなに多い額にはしないけど、超級だとかなりの額となる。

 

 諸経費。器代とか、製作にかかる費用。これは実費。特に費用が掛からなかった場合には請求しないでもいいと思う。

 冷ますための氷とか、魔法で産み出せるからね。それくらいはサービスでいい。


 これで、市場価格と師匠の薬の値段と自分の値段を確認。結局、素材代の部分が大きいので、素材さえ提供してもらえれば、割と安く作成できるという形になる。

 素材を私が出すと高いね……。まあ、仮想の商売相手が冒険者なので、冒険者には良い感じになると思う。師匠にも意見を求めたが、まあ、もう少し取っても良いとのこと。素材代は後から提供の場合は、2割程度は水増し請求する、さらに提供する期間をあらかじめ定めておくようにと言われた。



 ちなみに……魔法での治療について。

 これは、神父様より、各回復魔法をかけるにあたり、教会内での金額が決まっているので、これを参考にする。さらに、実際の回復具合を加味して、成功報酬で考えるらしい。


 たとえば……。

 小回復2回で全回復、中回復なら1回で全回復の場合、MPの使用量は小回復の方が少ないため、そのように治療しても、金額が高い中回復での治療代を請求する。


 今回の場合。

 本来であれば、聖魔法9、欠損復元〈リヴァイブ〉を使用する案件なので、その超法外な金額になる。 しかし、実際には聖魔法5、解呪〈ディスペル〉と、光魔法2、状態異常回復〈リフレッシュ〉を掛け続けるという荒業で状態を保ち、薬で治療した。


 さて、どう請求しようか?

 まず、薬代は先ほどの考え通りに値段を設定する。

 クロウは中級中の麻痺治しを少しアレンジしたので、中級上の薬になっている。素材については、私の手持ち素材+ギガントスネイクの牙を粉末にした物を少々。

 ティガさんの場合は、専用血清だけどレシピは上級の下、素材はギガントスネイクの牙の粉末と師匠から素材を一部もらっている。


 だいたい、薬のお値段は……おおよそ、クロウは20,000G、ティガさんは100,000G。高い。

 高いのはギガントスネイクの素材と技術料。ギガントスネイクの討伐は高額。とはいえ、使った素材は本当に一部なので、それを購入するとしたらの金額にしておきました。

 ちなみに、錬金試薬も込みのお値段。先に、試薬の分は大家さんに私が支払ってあります。


 では、魔法の代金……欠損復元〈リヴァイブ〉のお値段は? 3,000,000G。はい、桁が違う。そして、これは、この毒に対してはこの治療と決まっているので、重症度が関係ないそうです。


 クロウもティガさんも、二人とも、同じ費用がかかると……まあ、そもそも教会に運ばれてきて、治療を開始する頃には〈仮死状態〉となっているから、こういう処置とのこと。

 そういえば、神父様には、〈仮死状態〉を〈ディスペル〉の乱用で回復させたとは言ってなかった。見つけたのが早かったから、二人とも〈仮死状態〉になる前に治療して連れてきたという認識だったようだ。


 そして、今回は、その毒自体を有耶無耶にしたいという事情もある。

 そうなると、私は使えないけど状態異常複数回復〈クリア〉か、解呪〈ディスペル〉の金額で請求する方が自然かもしれない。聖魔法の〈ディスペル〉の方が値段は高くなるけど、

 500,000Gなので、まあ、薬と合わせても妥当……なんだろうか。いや、高いよね。

 

 う~ん。薬の治療効果もあるが、魔法がないと助かってなかったのは間違いない。あと、クロウの能力により、滞りをはっきり認識して、そこに魔力と気力を流し込んで血流? と言っていいか、わからないが、身体の巡りを良くしたのも関係あると思うんだ。


 そして……少なくとも、クロウは奴隷となることを受け入れていて……むしろ、そこで縛っておくことで、他に仕えることをしたくないと考えているから、高い請求額でも構わないとは思うんだけど……ティガさんに対してはどうするか。


 とりあえず、二人に対して見積書を出してみるか。魔法治療後に薬を無料で渡すとかもあるらしいので、魔法治療費だけっていうのも出来なくはないけど……薬師を目指す身としては、そちらでお金を貰いたい……初めての患者、魔法代しか貰わないというのは…………薬で、という実感が欲しいんだよね。


 レウスについては、あの場でのポーション代は請求しよう。どっちにしろ、一度は借金奴隷にしないと、〈密入国者〉が消えない。



 あれ? そもそも、借金奴隷ってどうやって、契約するんだろう?

 具体的な方法を聞き忘れてることに気付いた! そっちも調べないとだ。


 う~。もう一度、師匠の家に行って、聞くのもちょっとカッコ悪いしな……どうしよう。


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