第76話 目と耳 (クロウ視点)



「泣かせてしまったなぁ……」


 部屋を出て行った少女を見送り、ベッドに腰をかける。

 命の恩人であり、今後はご主人様になるだろう少女。


 少々追い詰めすぎたのか、顔を赤くしたり、青くしたりしながらも、目元が潤んでいた。しかし、何だかんだと保護をするだけでなく、こちらの希望も聞いてくれるらしい。

 いい子ではあるが、それで大丈夫だと考えているなら愚かでもある。


 わかっているのだろうか……俺達がこの世界に来た意味を。


「きみが虐めるからだろう?」

「なんだ、起きてたのか」

「意識はあっても、起きれなかったんだけどね……さきほど、彼女が部屋に入ってきた時から、少しずつだが動けるように……ね」

「それで、起きずに盗み聞きか。俺よりよほど悪趣味だと思うんだがなぁ」


 普段に比べると掠れて、ゆっくりとした声。

 まだ身体を動かすことは出来ないのか、こちらに顔を向けているだけで、起き上がろうとはしていない。



「きみもわたしも何とか生き延びたようだね」

「そうだなぁ……すべて、あの子のおかげだがな」

「わたしも彼女の奴隷になるのかな?」

「あぁ……そうだなぁ、別になりたくないなら俺があんたの治療費も受けもとう。長く側にいる口実になる」

「気に入ったなら虐めるべきではないだろうに……きみも良い歳だろう? 好きな子を虐める子どもではないのだから」


 こいつとは、お互いに、この世界に来てからの顔見知りだ。1か月半程度の付き合いと言われれば、それまででもあるが……それなりに濃密な時間を過ごしたとも言える。



 この世界に来た時、目の前にいたのは騎士。剣を向けられ、「動くな」と命じられ、持っていた武器を奪われ、連行された。

 連行された先にいたのは、帝国の第三皇子であり、大将軍である男。そして、その男に媚びを売って、自分達を拘束させたらしい俺達と似たような恰好をしている男。


 俺達が現れる場所に待機して、この世界に来た俺らを拘束、連行、そして、帝国に従うことを強制。逃げることも出来ずに、訓練場へと連れていかれた。

 その後は訓練に明け暮れる日々。日に2回ほどの食事と睡眠以外は、ほぼ訓練をさせられた。理由については、きちんと説明はされないままに、そのうち外でのレベル上げをすることになった。


 その環境が嫌で、抗議した人間を目の前で殺すところを見せられ、しかも、何故か生き返った。お前達は生き返るのだからと脅し、恐怖政治を引き……何人かが心が折れ、無気力になってどこかに連れていかれたり、脱走を試みて、殺された者もいた。

 そのうちに、他の町にいた奴らも合流し……減らされた人数よりも数は増えた。しかし、最初に皇子とともにいて、皇子に媚びを売っていた奴を除いて、何が起きているかを知る者はいなかった。


 俺は、嘘が見抜けたからこそ、連中が本当の事を言っていないことだけはわかったので、他の奴らよりも何が起きているのかを理解していた。そして、ティガもまた、第三皇子達のやり取りを盗み聞いていたからこそ、事態を把握していたらしい。

 嘘の常識を刷り込もうとしている事に俺が不快そうにしていることに気づいたレウスが近寄ってきて、その会話を盗み聞いたティガが加わって、それからは訓練時にも一緒に居るようになった。

 

 第三皇子が帝国の皇帝の座に就くために……俺らを利用して、反乱を起こす。皇太子である第一皇子と宰相である第二皇子を殺すクーデター計画だった。関わりたくないが、逃げ出すチャンスもなく、時が過ぎていった。


 ある程度の訓練とレベル上げが終了すると、各自の適性に沿った訓練に変えた。能力を申告させ……俺とティガの能力は、とても第三皇子に気に入られた。俺らを厚遇すると言いながら、奴隷にしようとしている。毎日のように、「自分の物になれば良い思いができる」と説得が続いた。……暴力も、な。

 



 だが、事態は予想外に動いた。


『僕らが従う理由はないよね?』

 

 そう言ったのは、普段はぼんやりとしている男だった。

 人数が増えてきた頃、どこからか合流した黒髪に紫瞳の男。何度か会話をした覚えはあったが、かなり、本気で天然な男だった。


『何しているんだ?』

『うん。この葉は回復効果があると聞いたんだ。怪我をしてしまった子に渡そうと思って』

 

 回復効果のある葉を拾っては、男女関係なく、怪我をしている奴に配っていた。


『よくやるなぁ……きりが無いだろう』

『そう、かもしれないね』


 まめに生えている草や葉を拾っては、けが人に渡し、それ以外の時にはぼぉっとしていて、食事の時間も忘れて、貰い損ねたので分けてやることもあった。一人で放っておくのが心配になるような男だった。



 そんな男が、唐突に、俺らに指示を飛ばすいけ好かない同郷の男に歯向かった。


『お前らは俺に従ってればいいんだよ!』


 そう言って、あいつの頬を殴ったのが、切っ掛けだった。その瞬間に、その場にいた人間の不満が噴出した。

 天然のあいつは殴られたことに驚いた顔をして、殴られた頬に手を添えて、何か言葉を発しようとしていた。だが、その前に、殴った男が他のやつに殺された。正直、何が起きたのかがわからないが、確かに、赤い血しぶきが舞った。


 そして、伝染するようにその場にいた騎士達を殺し始め、混乱が伝染した。何が起きているかを理解することは出来なかった。

 狂気が支配する場で、俺とレウスとティガはまともだった。いや、他にもまともな奴もいたが、8割以上が……狂ったように暴れて、まともな奴が落ち着かせようと止めると殺されるような状況。

 俺とティガとレウスは原因となったのに、今だにぼぉっと立っている男を引っ張り、その場から逃げ出した。



『ありがとう。……あれは、僕のせいかな?』



 そう言って、困ったように笑っていた男は、しばらくは一緒に行動をしたが、「東に向かう」と言い出した。


 俺らも目的はないから付き合うかと言ったが、「西にある王国の方が差別は少ないようだよ」と俺らに教え、共に行くことは無いと別れた。

 俺は目立った他種族の特徴はないが、レウスとティガは他種族の血が入っている見た目をしているため、差別が少ないという王国へ向かうことにした。


 そして、王国に向かう中で、蛇と対峙して餌となる……はずが、運良く生き残った。



「……難儀な世界だなぁ。俺らは自由に生きることは難しい」

「特殊な能力を選んでしまったからね」


 互いに、人を信じることが出来ないが故に、知らなくても良いことを知ろうとした代償。真実かどうかを見極める、隠しておきたい事実すら見破る〈真贋〉。……この能力を欲しい奴など、山ほどいる。それが理解できるからこそ、その能力を求めないという少女が気に入ったわけだがなぁ。



「レウスは無事かな?」

「ああ。と言うか、あんたなら外にいるあいつらの声、聞こえるだろう」


 ふふっと肯定して笑いを返しているが、こいつも性格が悪い。彼女を見極めるために目覚めぬふりをしたこと然り、外で会話してるだろうレウスと彼女の会話を盗み聞いてること然り。


 俺が発言を真実か見極めるのと同じ、こいつは常に聞き取れる会話を盗み聞きしている。そのくせ、それを悟られないように聖人のように微笑みで煙に巻く。



「元気かな?」

「あいつが俺らの治療を頼んだわけだが……あれだけ言っても、考えは足りなかったらしい。確認もせずに、巣に戻ってきたそうだ」

「ふふっ……だけど、そのおかげで生きているとも言える」

「まったくだ。まあ、今後のことはあんた自身でどうするか決めるんだな」


 俺とともに、奴隷生活するのか。

 レウスとともに、逃亡生活をするのか。


 

 どちらにしろ、別れが来る。だが、今更だ。

 帝国で、それこそ何十……数百人の同胞を見殺しに、俺達3人は逃亡したわけだ。

 そして、最後は、レウスだけは生かそうと、俺達二人は、再びの死を受け入れた。生き残ったのは幸運だったが……疲れてしまったというのもある。


「帝国でのことは言ったのかな?」

「いや。そこについては、あんたの意見を聞いてからのがいいと思ってな」

「言わないわけにはいかないだろうね? しかし……彼の事はどうするべきか」

「だろうな。だが、実際に会っていないと、あれの事を説明しても危険人物となるだろうなぁ」

「そうだろうね……彼女はこちらの話を理解すると思うかい?」

「さて……甘いが、人の話は聞けるからなぁ」


 何が起きたかわからないながらも……きっかけとなったのは天然で何を考えているかわからない黒髪の男で……。俺らがわからなかっただけで、何かをしたのかもしれないという思いが消えない。

 だが、悪い奴だとも断定はできなかった。



「レウスと話さないといけないね。どうやら、気に入らなくて彼女に噛み付いているよ」

「たくっ……俺は俺の道を決めただけなんだがねぇ……ゆっくりとした生活の方が合っているんだが」

「まだまだ、冒険したい年頃だろう? 私達も若い身体を手に入れたから、動くのも良いと思うけどね」

「なら、あいつは君に任せる。俺はかわいい子の側でのんびりさせてもらうさ」

「困ったね……私も結論は出ているんだけどね。だから、これからも、よろしく?」


 結局、国にこの能力を渡さないと考える時点で、奴隷一択だからな。

 それに、男に使われるよりも、可愛い女の子に使われた方がましだろう。


「さて、クロウ。レウスを呼んできてくれるかい?」

「へいへい……」



 部屋を出て、目覚めたことを告げると、レウスは嬉しそうに駆け出してくる。



「すまんなぁ、邪魔した」

「いいよ。目覚めたなら、そっちの方が大事だから。じゃあ、ごゆっくり? とりあえず、今日はバタバタするだろうから、明日以降にまた話をしよう?」

「あんたも何かあるのかい?」

「冒険者ギルドに薬の調合と納品。昨日できなかった分も今日やらないと」

「手伝いはいるかい?」

「いらない。……いる時には声かけるよ」


 そう言って、少女は神父と少し話した後に出ていった。

 さて……俺らも宿に移動して、今後について話し合いが必要になるな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る