第74話 ラズからのお願い


 入れ違いにやってきた来客はラズ様とフォルさんだった。

 そのまま、2階に招き入れ、お茶を煎れる。


「それで、どうしました?」

「うん、直球に言うよ~。君が保護した2人を、君の奴隷にして欲しい」

「二人? ……いや、まあ、そこはいいです、でも、嫌です。治療費の借金について問題があるなら、ちゃんと返してもらうようにするんで」

「……わかりにくかったかな、僕は命令しているんだけどね~。協力者として、協力して欲しい」

「協力者として、必要だとしても……人道的に従えないことは断ると言いましたよね?」

「クレイン様。私から詳しく説明をしてもよろしいでしょうか?」


 こちらの返事に、一瞬むっとした表情をした後、わざとらしくにっこりと笑って返したラズ様に、こちらもむっとした表情を返す。

 そもそも、この世界の制度として奴隷がいるという事はわかっていても、それを受け入れることが出来る訳じゃない。しかも、自分の奴隷とか冗談ではない。


「クレイン様。まず、彼ら2人と、教会にいらっしゃる1人が異邦人であることはわかっていらっしゃいますね。彼らは帝国からの密入国でもあります」

「……はい」


 それについては、むしろ……ある程度、隠すような工作を私の方でしてるの、バレてるかな?

 でも、異邦人っていうのは、少なくとも町人にはバレない方がいいという判断は間違ってないと思うし……ラズ様達に報告しなかったのは、色々と忙しかったわけで……。


「では、具体的な説明に入ります。厄介な点は、密入国者が帝国から返還を求められた場合、わが国としては応じる必要があります。亡命者として受け入れる功績が彼らにあるわけではありませんので」

「……はい」

「さらに、帝国では異邦人狩りが始まっております。これは、先日、第3皇子による反乱が起きた原因に異邦人の影響があるせいですが、その反動で、異邦人を惨たらしく殺すことによって、民の鬱憤を晴らし、政治への不満を誤魔化すように誘導しているようです」


 さらっと反乱とか言ってる。

 いや、帝国の件は色々とお話を聞いてるけどね……帝国の情勢不安。密入国……。たまたま保護された冒険者ってことにならないか?



「つまり、国同士としても、色々と面倒事があって……彼らの処遇を手っ取り早く固めるのが……」

「はい、奴隷落ちしている場合です。鑑定しないと分からない事ですが、称号と呼ばれるステータスがございます。彼らは〈帝国からの密入国者〉ですが、奴隷となれば〈奴隷〉に称号が変わります。また、奴隷落ちした理由が借金であれば、借金を返したら自由になります。その後、どこの国に住むかは自由。密入国した罪は無くなっています」


 折角助けたのを殺されたくないのであれば……それでも、奴隷なんて、自分が所有すること自体が嫌悪しかない。それがわかっているのだろう、それでも譲らない姿勢を崩さないラズ様とフォルさん。

 なんでか分からないけど、焦りみたいな物を感じる。


「こちらとしては、彼らを借金奴隷としてあなたの手元においていただきたい。保護を希望されても、貴方やグラノス様、ナーガ様とは違い、かなり厳しい状況です。さらに、こちらから勧誘をしましたが、お断りされまして」

「クロウに?」

「お二人ともに。その時、貴方のお名前が出て、貴方の奴隷になることについては、一考の余地があるとクロウ殿には言われております。また、帝国の情報、自身の情報も含め、一切の情報提供を拒否した上で、それで殺される分には構わないと」


 いやいや。私が構うけど? 助けた意味は? お金返すって言ってなかった?


 いや……こっちの世界で生きること放棄してるってこと? そんな、自棄を起こしてるようにも見えなかったんだけど。貴族に関わりたくないってことなら、私の奴隷にするって時点で微妙だしな……。


「まず、クロウについて、彼のステータスは聞いてる?」

「麻痺が残っているって話です? 治りましたよ?」

「そうじゃないことは自分でわかってるでしょ~?」

「……」


 能力……ユニークスキルの問題か。情報提供は拒否してるのに、やっぱり能力は知られてるのか……。どうやって調べてるのか知らないけど……兄さん達もバレてたしな。しかし……レウスの方は私、全く知らないけど……二人もレウスのことはあまり気にしてない。クロウの方に重点置いてるな。

 

 クロウは特別な眼をしていると本人も言ってたし、正直……あの能力は助手として欲しい。私では分からない体の中の溜まりを見るだけでわかるというのは、すごく大きい。お医者さんとしての能力が高いということ。それに、〈鑑定・解析〉が高いことで、薬の成分とかも調べられそうで重宝する。


 まあ、それは……私目線だけど。

 貴族の目線では……彼の能力はより重要なのだろう。私が必要とする以上に。


「クレイン様。彼のユニークスキルは貴重です。……意味はお分かりですよね?」

「本人から多少聞いてます。一応、売り込みみたいな言葉もあったので。実際、薬師としては重宝すると思ってますけど…………本人が望まないなら役に立たない……っていう話でしたよね、ラズ様」

「僕はそういう考えでも、他は違うよ~」

「……貴族の問題です?」

「そうだね。彼を他の陣営……さらに言えば、帝国に戻すことは出来ない。最大限の譲歩として、君への借金による奴隷となるのであれば、借金返すまでは君の物。誰も取り上げることはできないから、打診しているだけで……君が断るなら、彼の身柄は保証できない」


 ……嘘がわかるって、為政者からしたら欲しい能力なのか。まあ、相手方との交渉で、自分達は相手のはったりがわかるのは大きいのかもしれない。

 報告してあるということ……今から逃がすことも出来ないのか。


「クレイン様。能力も大きいのですが、彼の持つ帝国の情報……おそらく、価値が高い物なのでしょう。だからこそ、それを無条件に渡すことは出来ないと判断したのだと推測しております」

「……」

「さらに、メディシーア家はかつて、奴隷の所有数は国一とも言われていましたから、貴方が奴隷を持ったところで、名誉が著しく下がることはありません……状況としては貴方に預けて、棚に上げておくということが一番いいかと」

「え? 国で一番? 奴隷もってたの?」

「はい。現国王陛下の即位の際に、徳政令が出され、借金奴隷の方たちは解放されておりますが、それまでは国でも有数の奴隷を所持していました」


 ええっ!?

 何それ? 奴隷たくさん? いや、師匠は自分のことは自分でできるから、そんな奴隷とか必要としてない人だと思うけど? なんか、嘘だったり、間違った情報を与えられてない?


「……一応言っておくけど、パメラ婆様が薬を作って命が助かった冒険者が、借金を背負って奴隷になっただけで、借金返すために、冒険者したり、普通に働いたりしてたからね? 奴隷って言っても、主の使い方次第だよ。君もそうすればいい」


 なるほど。やっぱり、治療にはお金かかる。払えない人も当然いるよね。それなら、納得かな?


 でも、それ以上に気になるんだけど……徳政令? 借金チャラにする奴だよね? 恩赦で刑期短くとかならともかく、借金もチャラにしたの? 政治、大丈夫?


「大丈夫じゃないよ。そのせいで、まともな貴族からはそっぽ向かれてるよ。王宮の金銭面も色々とあるし……爵位を金で買えることで誤魔化したのも悪手だしね~。色々と頭がいたいよ」


 あれ?

 私、異邦人の対応を見て、王家が割と優秀なんだと考えてたけど?

 そんなことはない? 王弟派に所属してるわけだが、そっちが優秀ってことかな。


 なんだか、政治の事については聞いて欲しくない様子なので、話を戻しておく。


「フォルさんの言ってることはわかります……ですが、人の命を左右することを安易には決められません」


 メディシーア家。師匠が興した家。養子になった私達の3人の姓。

 師匠は、薬開発の褒美として爵位を得ていて、貴族として、土地を治めたりはしていないので、爵位だけある状態なわけだが……奴隷所有で有名だったのか。


 一応、私は、冒険者フィンと村娘エーヴェルの子であり、パメラ・メディシーアの養子。

 実際、これで私達3人の身は保証されている。奴隷を持っても問題ない、戸籍を手に入れているのはわかっているけれど。そういうことではない。



「1週間待つよ。その間に決めてくれる?」

「…………わかりました」

「それから、君の処遇。上からは君との契約を解除するよう指示がきた。ただ、僕は今のところ解除するつもりはない」


 あ、ギルド長と同じようにラズ様にも指示出てるんだ。

 まあ、普通にこれは、王弟からの指示ってことかな。従うつもりはないって言ってるのをめちゃくちゃ苦笑してるよ、フォルさんが。

 う~ん。一応、双方の合意が条件だから、ラズ様が合意しないと解けないのは理解している。


「……理由は?」

「迂闊すぎるからだよ! 貴族相手に交渉とか出来る胆力もないくせに、色々厄介事を拾いまくってる自覚ある? グラノス達の件もあるし、クランの件もあるし、奴隷の件にしても、貴族の一部から反感買うし、それでも命は助けたいとか甘いこと言うでしょ! これで、僕の手も跳ねのけたら、王弟派、国王派含め、身柄狙われるからね?」

「…………とりあえず、割と心配されてます?」


 フォルさんに視線を送ると思い切りよく頷かれてしまった。なんだか、親戚の困った子扱いされている気がしないでもない。


 ラズ様、だいぶ、情に流されてるな。最初の出会い、多分、私を本気で殺す気だったと思うんだけど……。利用するつもりなのは、ギルド長の方で、ラズ様の方は殺すのを保留しただけだったと思うんだよね。割と……ダンジョンの頃から、態度変わった。

 今は、ギルド長よりラズ様のが信頼できる形になっている。フォルさんは、わからない……でも、この人、中間管理職というか……指示がなければ、こちらに悪意無いという認識。


 そう。実際に、ラズ様の言ってる事は正しいとも思う。

 私は貴族とかの対応は無理という自覚はある。そして、いつの間にか、対立側が結構増えてきている気もする。ラズ様に守られているだろうということもわかっている。


 そう。どうやっても、手を切ることは出来ない気がするんだよね。



「じゃあ、契約変えません?」

「……なんて?」

「いや、今の契約内容って、心身に良くない事もあるんですよね? ……私を心配するなら、内容変えるのもありだと思います。他の契約結んで、庇護下にあるようにすればいいのでは?」

「……普通は契約結んだりしないんだけどね、わかってる~」

「そうですね……とりあえず、身内にはラズ様にとって、私は恩人の子どもなんで、目をかけてるという事にしておいたらいいと思いますよ。対外的には、愛人・妾候補?」


 うわぁ……嫌そうな顔。

 この人、本気で男女関係に嫌気さしてる。モテるというより……地位? に群がってくるのかな。貴族のくせに、貴族っぽく振舞うのが好きじゃないんだろうな、根本的に。

 私が女であると意識はしたくないらしい。フォルさんからそうしろって言われたんだけどな?



「あ~もう! そうだね、君、フィンの子どもだからね! 命の恩人の子どもに構っても文句はでないね!」


 いや、何か急に怒ってるとか、拗ねているか知らんけど……。だって、そういう戸籍用意したのは、ラズ様達でしょう。

 だいぶ、師匠とレオニスさんに配慮して、良い感じの戸籍にしてくれているけど。何だかんだと少し考えておくけど、契約は解除するように動いてくれるらしい。

 ありがたいけど、上の方でどんな方針転換があったのかを教えて欲しいなと思う。フォルさんに視線を送るが、首を振られたので、事情は聞けないらしい。


「ラズ様、とりあえず、これが私の考える案です。検討してください。そういう感じで、よろしくお願いします」


 さくっと考えた条件をメモして、渡そうとするが、すっと間にフォルさんが入ってきた。


「お預かりしても?」

「はい。どうぞ」

「……承知しました。こちらで調整を致します。クレイン様は彼らの事に時間を割いていただいて問題ございません」


 私の条件を見た、フォルさんが少し眉を寄せた。珍しい。基本的にはポーカーフェイスなのに。まあ、私としても危険は伴うけど、悪くない条件のはず。

 一つ目は、ラズ様の妾。

 二つ目は、ラズ様以外と身体の関係を持たない。

 三つ目は、ラズ様付きの薬師(仕事が無い場合には、他から仕事を受けるが最優先はラズ様)。

 四つ目は、ラズ様の協力者となる。


 どちらにしろ、今のところ、私には貴族に対抗する術はなく、庇護が必要。それを形にした場合には、妾というのが一番妥当だろう。私とラズ様の歳の差……10歳超えてるけどね。だからこそ、妾っぽい気がする。

 ラズ様が私に手を出すかは別として、私自身は身綺麗でいることを誓う形になる。浮気は良くないと思うし、それこそ将来的には必要な事だろう。単純に考えると、嘘をつかないという部分がなくなって、協力者であることは残っている。まあ、協力するかは別だけど。


「わかってる? 僕の妾とかになれば、恋愛出来なくなるよ?」

「そもそも、恋愛出来るような環境じゃないですよ。生き延びるために、ラズ様に頼るか、全て投げ出して逃亡生活おくるか……私は、師匠とレオニスさんにお礼出来るようになるまで、ここに居たいんです」

「…………そう。なら、検討するよ」



 とりあえず、ラズ様との関係については、これでいい。

 あとは……奴隷については、クロウとレウスと話をして……師匠からもちょっと話を聞こう。

 兄さん達には……1週間だとちょっと……〈ライチ〉が来たら、手紙を持たせて知らせることは出来るけど、返事を待つ時間はないかな。


 自分で決めるしかない……そもそも、ティガさんはどうしよう?

 まだ、意識がないのに気づいたら奴隷になったとか……受け入れられないと思う。というか、私が奴隷にしないと駄目なのか……? クロウだけってことにはならないか。



「で、話はそれだけです?」

「…………ギガントスネイクの死体、僕に渡してくれない?」

「あれって結構面倒な案件ですよね? ギルドに渡すのはダメです?」

「所有権は君だからね……どっちに渡す?」


 どっちに渡す、ね。

 まあ、これは特殊な毒であることから、貴族が求めるのもわかってしまう。自分が狩った魔物が、誰かを殺すかもしれないということも……。


 ただ、何となくだけど……ギルド長も解体後も買い取りの提示しなかった時点で、こうなる事も考えてそうだしな。


「…………特殊な毒ということは、治療の中で理解しました。ラズ様に必要なんですか?」

「う~ん。僕も上の人も使うことはないよ。あれが、薬になるならともかくね…………ただ、政敵に渡るくらいなら、持っておきたいよね」


 使う予定があるわけじゃない……か。本当か嘘かはわからない。

 貴族はどろどろしているので、近づきたくない。これを提供することで、他貴族から恨まれるというデメリット。

 私が出来ることは、入手した痕跡を消すだけ。これをして貰えるなら渡してしまおう。


「……彼らの毒が何か、わからなくしたいんで、協力してもらえるなら渡します。ギルドに納めるよりも、情報規制をしてもらえるならですが」

「助かるよ~」

「……金銭ではなく、錬金のレシピとか貰いたいです。できれば、耐性ポーションのレシピを一通り」

「流石に全部は無理だね~。ギガントスネイクの死骸は高値でも、錬金のレシピが高額なのはわかってるよね? まあ、中級の物をいくつか用意するよ。好きなのを選んでもらって、あとは買い取る?」

「ぐっ……わかりました」


 錬金レシピ……大家さん頼るのもありだけど。初級レシピは、買ってしまおうかなとも考えてる。何せ、〈調合〉と〈錬金〉は別々に研究されているけど、今回みたいに同時服用をしていく可能性があるなら……数多くのレシピが必要になってくる。

 金で解決できるところはしてしまいたい。

 

 先行投資にはなるけれど……出来るようになることは悪いことではない。

 しかし……お金が…………。クロウ達から取り立てるにしても……しばらくは返済のお金を用意するのは無理だろうしな。



「では、こちらにサインをお願いできますか?」


 フォルさんが用意した、ギガントスネイクの取引について纏めた契約書を読み、不足もないのでサインをした。というか、ギガントスネイクの料金、高っ……。

 ギルドで解体を依頼した時にもらった引換券を渡し、二人は帰っていった。


 レシピは、用意する期間も含めて、1週間後に持って来てくれるとのこと。

 

 とりあえず……兄さんとナーガ君宛ての手紙書くか。ラズ様との関係については報告しておかないと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る