第72話 試薬


 翌朝、起床後すぐに、師匠と大家さんの考えをまとめたレポートを読みながら、借りた解毒の本と見比べる。ついでに、魔法による治療の症状についても考察する。


 〈錬金〉で作った試薬は、液体。シロップのようになっている。これを1杯いれると、理論上は8時間分の微耐性の効果があるらしい。飲む量を増やすと時間も増える。

 仮に、兄さんに渡すとしたら、例のお茶を飲むとき、試薬を3杯~4杯いれておけば、毒の効果を軽減して、全てでないにしても、ある程度は体外に排出できる計算のようだ。


 そして、師匠が考えているのは、このお茶を患者本人に飲ませる場合だ。魔力溜りという病は、魔力が溜まっている部分で薬の効果を出す方が良い。そのためには、このシロップを使用して、効果が出る時間を調整する方が良いという推論をしている。


 大家さんが作成しただろう、錬金試薬のレシピも置いてあった。

 素材なども含め、難しすぎることはない。回復ポーションが作れるなら問題なく作れそうだ。状態耐性ポーションの方が難しいようで…………床に散乱している資料に紛れていた。

 う~ん。許可なしで写すことは出来ないが………………このレシピ、欲しいな。



「ひよっこ。起きてるかい?」

「はい。師匠、おはようございます」

「昨夜は悪かったね。つい、年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたさね」

「いえ……師匠は、ギガントスネイクの毒にも効果があると考えているんですよね?」

「そうだね。あの毒が厄介なのは、昔からだよ。早期の治療であればなんとかなるんだが、腫瘍が出来てしまい、仮死状態になれば、血清を使っても助かるかどうかは運次第」

「運、ですか……」


 運か……。流石に、試薬を使っても、運次第とは、言えないな。

 クロウとレウスには助かる見込みがあると伝えたいところだけど……。


「ああ。最後は、運だよ。治療をしたところで、助からないこともある。いままで、何度か、ギガントスネイクの解毒のための血清を依頼されたことはある。だがね……特殊な毒だからこそ、腫瘍状態となってしまっても、その腫瘍の位置次第で助かるかどうかが決まる。すでに仮死状態ではなくなっているんだろう? それなら、試す価値はあるが……問題は腫瘍の場所をどうやって確認するかだね」

「師匠は出来ないんです?」

「ああ。専門の医者か、それこそ医学に通じた神父に見せた方がいい」


 う~ん。〈診療〉で何とか、分からないものか。

 まず、試してみて、それからか。最悪、あの神父様ならわかってる可能性もある。


「それで、血清づくりを始めていいのかい? 先に患者たちの様子を見たいなら行っておいで」

「はい。とりあえず、患者の様子を見てきます。ついでに、軽症者の方も連れてくるので」

「ああ。準備をしておくよ」



 クロウとティガさんは、どちらも1日経過した状態だったが、一人は毒が全身に周りきって仮死状態、クロウはまだ完全に周りきってはいなかった。

 この理由については、分からない。抵抗力が高かったのか、噛まれた場所のせいなのか……そもそも、二人は種族とかも違う。クロウは鳥人族のクォーターらしい。その種族差の可能性もある。


 ただ、完全でなくても、クロウの解毒が成功したのは、まだギガントスネイクの毒の腫瘍が出来ていなかったことが原因だろう。それなら、腫瘍が出来た状態での治療が困難という認識もわかる。


 でも、それだとクロウに試す意味はあるのか?

 どうしようかと考えつつ、教会へ向かった。


 教会で、ベッドに寝ているティガさんの容体を〈観察〉と〈診療〉を使って、確認するが特に変わっていない。


「…………」


 状態異常回復〈リフレッシュ〉をかけながら、ゆっくりと全身に回復するための魔力を流し込むイメージをしていると、ふと、行き詰るような感覚になる。

 もしかして、これが毒の腫瘍部分だろうか? 魔力を流して、その先まで魔力を行き渡らせるように流す……しかし、ここで塞き止められていて、良くなった感じがしない。



「嬢ちゃん、どうだ?」

「難しいです……状態異常回復〈リフレッシュ〉で様子を見ていたんですけど、塞き止められている感じがちょっと……」

「解呪〈ディスペル〉で、効いていたのも変だが……塞き止められているか。まあ、様子を見ているが、悪くなるようなことも無さそうだからな。預かっておくから、嬢ちゃんがやれることをやるんだな」



 ギルドに行って、二人の居場所を確認しようと思ったら、ちょうど二人がやってきたところだった。とりあえず、説明しつつ家に向かおうと思ったが……レウスを怒らせてしまった。


 目を吊り上がて、ムスッとした表情でこっちを見ている。


「は? どういうこと?」

「とりあえず、予想よりも厄介な毒ということがわかった。それで、通常よりも効きにくい可能性があるなら、新しく研究していた試薬を使ってみないかという話。ただ、いきなりティガさんよりは、クロウが試すのはどうかという話が出てる」

「なんで、そんな物使う必要があるか聞いてるんだよ! 本当に必要なのかもわからないじゃん! だいたい、毒についても本当の話かもわからない」

「……嘘を言ってるわけじゃない。ただ、そもそも、毒で殺すならともかく、仮死状態にして長期保存するようなヤバめの毒なんだよ。完全に消すのも難しいのかもしれないし……魔法で効き目がない以上、薬で治すのはおかしいことじゃない」

「わかった、わかった。俺が実験台になるのは構わないから、二人ともそんな顔しないでくれ……レウスも絡むな。……すまんなぁ」

「っ……」

「いや……私も良く分かっていない中で、町に来ることを提案しちゃったから。ごめん」


 睨んでくるレウスに謝罪する。

 大切な仲間を任せたのにと怒られても仕方ないのはわかっている。


「……助かるの?」

「…………昨日とは魔法での手応えも変わってるから……正直、わからない」

「なに、それっ……わからないって!」

「落ち着け。彼女に怒鳴るだけの何かができるのか、お前に。必死にやってくれてる人に怒鳴るんじゃない」



 怒りだしそうなレウスを、クロウが冷静に止めてくれて助かった。

 ギルドに行って、素材を取りに行く。昨日のうちにギガントスネイクの死骸を預けていたが、すでに解体は終わっていた。とりあえず、主な素材はそのまま預けておくことになり、血清に必要となる歯の一部と毒を少々貰っておく。


 その後、クロウとレウスを連れて、家に戻り、ギルドに行っている間に大家さんも来ていたので、2階のダイニングにて、5人で顔を合わせて説明をする。


 ティガさんにいきなり新薬を試すよりも、軽症なクロウで試してみないかという話がメイン。どちらにしろ、このままではティガさんの容体が良くなることはない。血清を作り、飲ませることは確定しているが、その費用。ついでに、試薬を一緒に服用することの説明。


 本人の意思確認が取れないため、仲間であるレウスとクロウにどうするかを委ねることになる。


「ふむ……俺は詳しくないんだが、任せるしかないしなぁ。あんたが信頼できるなら構わない」

「師匠はこの国有数の薬師だよ。しかも、魔物については間違いなく第一人者。この町の冒険者ギルドで師匠の名前を知らない奴はいない。あと……昨日預けた教会で、解毒のための魔法をかけることも難しい……昨日、説明を受けたけど、かなり高難度の魔法になる。どちらにしろ、高額な治療費になるよ」

「それで、俺が薬を試したとして……ティガに試すのはいつだ?」

「そうさねぇ……日を追うごとに状態が厳しくなるから、重傷者にも今日中に飲ませたいとこだが、あんたに効果があるのを試してからだと、明日か明後日くらいかね。ただ、あんたは通常の麻痺治しで試すが、あっちは専用の血清になる。これから急いで作るが……」

「わかった。すまないが金については、後日になる……必ず返すので、待ってくれ」

「ああ。構わないよ……わたしが作るかい? それとも、弟子に頼むかい?」


 ん?

 師匠が作るのではないの? 作り方知らないけど?


 顔を上げて、師匠を見ると、苦笑が返ってきた。ちらりとクロウとレウスに視線を向けると二人も良く分からないという顔をしている。


「婆様……どちらが作るかで、何が変わるのか聞いても?」

「そうだねぇ……大きい違いは、わたしとこの子、両方に借金をするか、この子一人に借金をするかさね。あんたも、もう一人もこの子の治療を受けているんだろ? 魔法の治療もそれなりの費用がかかる。さらに、血清の費用もとなると簡単に返せる借金にはならないからね……数年は借金を抱えると考えた方がいいさね」

「えっ……師匠、その前に血清作れるかという問題があると思うんですけど」

「そこは心配ないよ。横について、指示をするさね……まあ、多少は出来は変わるだろうが、わたしが作る場合には、それなりに年だからねぇ……あんた達が借金を返せないうちに、わたしがくたばっちまった場合に少々面倒が起きるよ。説明したほうがいいかい?」

「いや……俺としては、借金は一本化しておきたいんでね。可能なら、婆様ではなくそっちのお弟子さんに頼みたい。レウス、お前の意見は?」

「……よく分からないけど、助かるならどっちでも。でも、早い方がいいなら、さっさと試した方がいいんじゃないの? 助かる見込みが多い方がいい……死んでほしくない」


 レウスのか細い声での発言に、ちょっと頭を撫でてあげたくなった。

 そういえば、見た目通りの年齢ではない可能性もあった。私がフォローをするのも変なので、クロウに視線を向けるとやれやれと肩をすくめた後に、レウスの頭を撫でていた。

 見た目は同じくらいの歳なんだけど、精神年齢はだいぶ違いそうだ。



 そして、話し合った結果、クロウがすぐに試し、その間に血清を作成。

 血清が出来て、その時点でクロウに問題が無ければ、すぐに投与することになった。

 

 薬のせいで、体調が悪くなる可能性を考慮して、私の家にて待機してもらう。私と師匠と大家さんは地下室で血清を作るので、その間は2階のリビングまたは1階の物置部屋にいてもらうことにしようとした……が。


 しばらくするとレウスは不機嫌そうに出て行ったらしい。「何も出来ることないから」と言っていたらしいが、クロウがやれやれと面倒だといった表情で地下室までやってきた。


「少々揉めてな」

「大丈夫なの?」

「俺らの事は気にせず、血清を頼む」



 クロウは、具合が悪くなった時に困ると、とりあえず地下の作業場のソファーにて待機。まあ、大家さんもやることがないので、二人で話をしていた。

 そのまま夕方になって、血清が作り終わってもレウスは帰ってこなかった。クロウは「心配ないさ」と言っていたが、流石に心配する。

 

「あんたが必死にやってくれている事はわかっている。ただ、なぁ……レウスにとって、自分を庇ってこうなった、という思いが強いんだろうなぁ。現実が直視できないようだ。そもそも、あんたには俺やティガを治す義務なんかないし、治すために人を紹介する必要だってないんだがな。どうも、助けてくれて当たり前と考えているようでいかんなぁ」

「……それは」

「俺は運が良かったと思っている。だから、ティガの事はダメでも、あんたが気にすることはない。その上で、ティガの分もきちんと治療費は俺が払おう」

「…………わかった」


 師匠もきちんと治療にはお金がかかることを伝えていた。

 金銭の事を何も伝えずに勝手に治して、後から高額を請求するのでは、フェアーではないし、治せない可能性を伝えていないことにも問題があった。


 レウスに期待をさせてしまったのは……私だ。そのせいで、二人の不和を招いてしまった。


「ひよっこ。血清はきちんと出来ているよ。治療してくるといい。あの坊やが帰ってきたら、教会に行ったと伝えるさね」

「……はい。じゃあ、行ってきます」


 クロウと共に、教会へと向かう。治ることを願いながら……私にとって、薬師として初めての大仕事だ。出来れば……助かって欲しい。

 



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