第71話 蛇の毒


 夜遅くで申し訳ないとは思うが、もう一度、教会へと戻った。

 教会に入るとちらりと視線を送り、他に人がいないのを確認して招き入れてもらった。


「おう。連れはいないな? すまんな、嬢ちゃん」

「いえ……治療、出来ないですかね?」

「あの毒を解毒できるとなれば、厄介事しかないのもあるが……嬢ちゃんの治療を上書きするのは荷が勝ちすぎる」

「は?」

「いや、自覚がないならいい」


 何だかよく分からないが、私が治療したことは確認できているらしい。その上で、あの状態であれば、治療困難らしい?

 詳しく説明を求めたいところだけど、冒険者ギルドでも言ったが、治療は私が責任をもってやるしかない。



「とりあえず……私が治療する分には?」

「俺はベッドを貸してるだけだ。まあ、相談くらいは乗ってもいい。嬢ちゃんのおかげで、王国内の光魔法を取得した子どもの扱いに、少し希望が見えたからな」


 領主様に提案した方法を、根回しをしてからになるが、王都にて御前会議まで持っていくと言われたらしい。良かったね。でも、絶対、やり方が悪かっただけだと思うが……まあ、それで恩が売れたということならいいか。

 

 神父様は何の毒かは把握しているらしいが、それを広めることは無さそうだ。

 資料があれば確認したいことを伝えると一冊の本を渡された。『解毒の極意』……うん、まさに求めてる本だ。挟んであった栞の頁を捲るとギガントスネイクの毒について、記載している頁。

 

「助かります、ありがとうございます」


 本の内容を読むと毒が全身を回った後、何か所かに毒が分かれて固まる? それを探り当てて、魔法を叩き込む? いや、回復魔法だよね? 叩き込むの?

 さらっと読んだが、よくわからない。


「えっと?」

「使うこともないから、持っていっていいぞ。終わったら返してくれ」

「はい……これ、いいんですか?」

「助けたいんだろ? 俺が治療に関わる訳にはいかないんでな。お前さんなら何とか出来る可能性もある」


 助けたい……うん、まあ……関わってしまったからには、見殺しは出来ない。

 とりあえず、出来ることはする。ただ、聖職者の教えで、叩き込むでいいの? 


「出来てないから、意識ないんですけど?」

「そもそもが、解毒が困難で知られている毒だからな。聖教国では年に数回、あれの解毒の依頼があるが……魔法だけでなく、可能なら専用の血清を用意した方がいい」

「そっちはそっちで……なんとかやってみます。あと、少しは良くなるみたいなんで状態異常再生〈ディスペル〉を唱えてるんですけど、MP消費が激しいので……」

「解呪〈ディスペル〉? なんで、そんな魔法を使ってるんだ?」

「え? なんか変です? 状態異常回復〈リフレッシュ〉よりも効果があったんですけど」

「まあ、初級魔法より、最初は効果があるだろうが……魔法の根元の意味、理解して使ってるか?」


 神父様からの説明を受けてわかったことは、まず、私の魔法の認識が違ったようだ。

 魔法は、使う魔法の効力を自分でイメージして、そのイメージを実現化するために魔力を練りこみ、発現させているわけで……自分のイメージが大事。そして、イメージと呪文が一体化していなくても、必要な魔力……MPを込めれば発動することもある。


 水の矢〈ウォーターアロー〉であれば、自分のイメージと込めた魔力で、矢を飛ばすわけだが……太くて大きい矢でも、小さい矢でも……それこそ、弾丸であっても、その人のイメージ次第で、敵を攻撃するのである。


 では、〈ディスペル〉は? 

 神父様からの説明を受けると、本来は状態異常を解呪する魔法。呪いとか魔法による継続する効果を打ち消す魔法。例えば、眠り続けているとか、呪われているとか……だが、私は状態異常を打ち消す=元に戻す=再生するという認識で、毒や麻痺を元に戻す=状態異常再生のイメージで魔法を使用していた。


 一応、魔法は発動する。その効果も、現れる。

 だが、〈ディスペル〉の効果は、打ち消し。最初の1回は、解呪の効果がある。しかし、それ以上は良くなるものでもないので、打ち消した後には状態異常回復〈リフレッシュ〉で一つ一つ状態を回復させる方が正しいらしい。


「〈ディスペル〉って、すごくMPを喰うなと思ってたんですけど」

「本来の効果と違う、他の効果を無理やり引き出そうとしたからだろう。そもそも、掛け続ける魔法じゃないからな」


 解呪〈ディスペル〉は、呪文や呪いを打ち消す効果。状態異常を治すという効果は状態異常回復〈リフレッシュ〉のが高い。

 今回のような場合には、壊れた組織を再生する方が治るという考えは正しく、再生魔法を唱えようとしていることは間違っていない。

 だが、再生にあたるのは、欠損復元〈リヴァイブ〉という魔法らしい。聖教国では、この手の毒を解毒する場合にも使っているそうだ。なんと、聖魔法のレベル9。覚える人は極少数……。はい、無理な案件ですね。わかります。

 いや、パワーレベリングした効果で、魔法のレベルとかも上がっているけど、聖魔法はレベル5。9まで上げるのは、現状は厳しい。これ以上は、悪目立ちする。

 

 では、状態異常回復〈リフレッシュ〉で何とかするのか? 答えは、状態異常複数回復〈クリア〉が正解。


 ややこしい……しかし、状態異常が麻痺・毒・衰弱など、複数かかってしまい、症状が複雑に絡みあってしまうと、〈リフレッシュ〉では、回復し辛い。それを纏めて回復する魔法〈クリア〉。


 「もっと早く知りたかった」と言ったら、「勉強不足だ」と言われた。


 はい。不足している知識が山のように押し寄せている現状。薬や医学の知識だけでなく、魔法の知識もあやふやと判明してしまった……。これについては、一つ一つ覚えていくしかない……。

 でも、本を読み続けるより、外で色々と覚えておきたいこともある。やりたいことは沢山あるが、やれていないことばかりだ……。

 

「しかし……解呪〈ディスペル〉を覚えて、状態異常複数回復〈クリア〉覚えてないのか」

「……覚える方法とかあります?」

「不足している知識を補って、状態異常回復〈リフレッシュ〉を何度もかけていれば、そのうち覚えるんじゃないか? 正直、解呪〈ディスペル〉を覚える奴のが少ないからな」


 さらに、なにも考えずに、MPを流しておけばいいわけでは無く、その症状を把握して、どう治すのかイメージが大事とのこと。

 それでも、魔法では限度があるから、薬による治療が必要。私の師匠ならそこらへんは心得てるだろうと言われた。


 師匠に相談は必須か……。巻き込んでしまうが、作るのは私がやれば……なんとかなるのだろうか。

 


「完全に症状が固定するのは2週間前後、これは知っているな?」

「はい……ただ、早めに治療しないと、回復の見込みはどんどん下がりますよね?」

「ああ。どうしても厳しい場合には、教会内で症状を固定させない様に一時的に止めることが可能ではあるが……ただし、莫大な金がかかるがな。嬢ちゃんがそこまでする必要があるとも思えん。あの男たちの連れだろう? そこら辺は明日にでも話を聞くしかないな」

「……色々すみません」

「それから、ほら。状態異常回復〈リフレッシュ〉」


 うん? 何故、私に魔法をかけた?

 いや、すごく楽になったけどね? なんで?


「ポーション中毒になりかけてる自覚は?」

「ああ……いや、もう平気かなって」

「中毒も状態異常だから、魔法で治るぞ。まあ、自分で回復するのは勧めないがな」

「何故?」

「きりがないだろ。お前さんみたいに無茶する奴には。今、治したがこれ以上は飲むなよ?」

「は~い」


 中毒手前の自覚はあったけど……〈診察〉された覚えもないのに、パッと見ただけでそこまでわかるのか。いや、楽になった。怠さも消えたので、感謝だけど。

 ポーションの飲みすぎ、注意か……これ以上はダメとわかってるので、飲まないようにしよう……2,3日の間は……。


 そして、神父から本を借りて、家に戻った。

 ここから、師匠に相談だけど……。


「おかえり、ひよっこ」

「おかえりやす、お邪魔してますわ~」


 家には、師匠と一緒に大家さんがいた。いや、まあ……私の家だけど、師匠に留守番任せているし、大家さんもなんだかんだと良く顔を出すので、構わないけれど。



「戻りました~。師匠、何やってるんですか?」

「ああ、お帰り。いや、あんたが言っただろ? 〈錬金〉で何とかならないかと」

「言いましたね。それで、大家さんを巻き込んだんですか?」

「巻き込まれたわけやないんよ! でも、こんな重要な話、何でしてくれへんの! 〈錬金〉の事ならあちきに聞いて欲しいわ」

「あんたが出発した日の夜にね。たまたま、あんたに採取を頼もうと思ったらしくて来たからね。ちょいと質問させてもらったんだよ。薬師とは違う視点で、発想が違うからね……調合技術ではなんともならないが、錬金の状態異常を防ぐポーションを加工することで、出来るかもしれないと研究中だと言ったら、手伝ってくれてね」


 なるほど……二人とも、楽しそうですね。

 う~ん。こうなると、話し辛いな。

 

 大量の本とメモが床に散らばっている。いや、いいんだけど……この前貰ったばかりの紙の在庫が減った。ちょっと、本格的に自分で紙をクラフトしないと在庫がまずいかもしれない。


「で、あんたの方は厄介事かい?」

「ええ、まあ……巻き込みたくないので、今はやめときます」

「何言ってはるの! ここまで来て、お預けなんて許さへんから。ちゃっちゃっと吐いて、大人しくせなあきまへん」


 ええ~。大家さん、なんか、変なスイッチ入ってません?

 憧れの師匠と作業するチャンスを逃さない的なやつだったりする?


「ひよっこ。半人前が余計な事考えてないで、先人に頼りな」

「…………ええと、ちょっと厄介な蛇に噛まれた被害者? まあ、遭難者を拾いまして……治療中です」

「蛇ってことは毒かい。何の毒だがわかってるのかい?」

「内密にお願いします。……ギガントスネイクです」

「おや、良い実験台が手に入りそうだね」

「早速試せるなんて、いいタイミングやね~さすが、お弟子さんや」


 んんっ?

 実験台? 試す?


 何を?


「師匠、すみません。わかるように説明をお願いします」

「蛇の毒は厄介さね。魔物の種類でもそれなりに多くの種類の毒があり、かつ、個体差もある。治療するには専用の血清が必要となるが……血清を作っても難しいことがある」

「……はい」

「特に、ギガントスネイクは厄介で有名さね。何せ、全身を毒が巡った後は、腫瘍のように固まってしまい、毒を消そうとしても、腫瘍に阻まれ、毒本体がある奥まで届かず、消し去るのは厄介だ。だが、あんたが提案した、患部に直接作用できるように時間を調整した血清があれば? 試してみるのはいい機会じゃないか」

「なるほど? ……その患部を直接治療するということですか? ちょっと面倒な毒のようですけど」

「まあ……手強い毒だけどねぇ。むしろ、絶好の機会だよ。患部に直接効果を出す実験としては、試す価値はあるさね」


 神父様の言った通り、師匠は魔物の毒などに対しては、群を抜いて優秀というだけある。さっき持ち帰った本に記載してあった、内容を網羅しているようだ。ちらっとそんなことが書いてあったけど、すでに知っているらしい

 しかし……実験台。いや、大丈夫なの?


「患部で直接効能が出せるように計算するなら、今までよりも効果が高くなるだろう?」

「えっと……師匠、私がいない間に完成しちゃったんです?」



 確かに、出発前に兄さんのために、毒茶対策のために、そういう話はあった。そのために師匠は泊まり込みで資料調べてたはずけど……あれ? 私はそのための素材を取りに行ってたのでは? もう、出来てるの?


「完成も何も、錬金の技術ならそんなに難しくないって話になったんだよ。状態異常耐性ポーションのように、飲んだら一定時間、状態耐性を付けるってことが可能。また、発動を遅らせるようなデバフ効果のポーションもあるさね。ポーションの効果時間を変え、時間を延長させ、かつ、一定の効果を狙った時間から発動させるなら、最適な技術ってことさ」

「そうなんよ、今まで、そんなこと考えもしなかったけど、薬と組み合わせることで、より効能が高まるっていうなら、錬金の価値も上がるんよ! 是非、試して欲しいわ~。元々あるポーションを加工しているから人体への影響は心配ないんよ」

「薬を飲む以上、管理は必要だろうがね」


 大家さん、テンション高っ。

 まあ、ポーションを含み、〈錬金〉には魔石を必ず使うからね。……少量とはいえ、人体に悪影響のあるもの取り込んでるってことで、一時的な効果は高いけど、取り続けると中毒になるので、慎重に考えた方がいいと思うけど。


 〈錬金〉で作る中和薬とかは役に立つし、錬金で作る洗剤とかの日用品、魔法物質はあるけど……庶民的には敷居が高いんだよね。ある意味、薬よりも使わない。

 冒険者には必須だけどね、ポーション。すぐに効果があるのは大きい……貴重なハイポーションとかは……中毒になりやすいと一長一短あるけれど。



「師匠……大丈夫だと思いますが、一応……私も、その実験投薬する前に、確認したいです」

「ああ。まとめた資料があるから確認しておきな。……簡単な説明だが、当初の目的のお茶の成分に溶かし込んで、一時的に効果を出さない様にして、時間経過で薬の効果が出るように……今のところ、実験には問題がないさね。あとは、試してみる段階なんだよ」

「なるほど? ……その新しい薬を使う必要性は?」

「正直、ギガントスネイクの毒はかなり扱いが難しい。腫瘍ができている患部に効くようにするのが大事だが、血清を飲むことだけで消せるかもわからないさね。まず、腫瘍がある場所の特定、そして腫瘍にたどり着く前に効果が出てしまうことを防ぐこと……これが上手くいけば、助かる確率は上がる。試してみるしかないんだよ」

「……この短期間で、本当に大丈夫なんです? 師匠と大家さんを疑うわけじゃないですけど」

「そうさね……だが、他で試そうにも協力者もいないからね」

「あ……」


 クロウに話してみる? 

 クロウも軽度の麻痺が残ってるけど、魔法で治らなくなっている……まひ消しのために、試してみる価値あるか? 意識ない人にいきなり飲ませるよりも、いいかもしれない。


 本人の意思を確認してからだけど……。



「重症者とは別に、軽症者がいます。明日、本人に話してみるので、そちらを試してみてからにしませんか。重症者の方は、まだ魔法で少しずつでも良くなってるようなので、もう少し安定させてから」

「ほな、明日やな! 楽しみやわ~」

「そうだね……じゃあ、今日は寝ようかね」

「はい……そうしてください」



 その後、疲れてるし、眠いけども……神父から借りた本読んで、師匠のこのレポート読んで……と思ったが……駄目だった。疲れてるせいなのか、全然頭に入らない。


 目まぐるしい毎日……師匠も大家さんも、相談する前に作り出すとか有能すぎぃ……。魔法しか使えないし、知識ないから効率悪いし……何もできていない、自分。

 やれることからコツコツと……でも、やること多すぎないかな。


 ……頑張ろうとは思うけど、ちょっと挫けそう。なんだか、展開についていけてない。

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